この話を聞いた店長は、軽く受け流すことができなかった。常連客の鼻水が自店に起因している可能性がある以上、見過ごすわけにはいかない。
店長から報告を受けたオーナーも同様だった。掃除が行き届いていないのではないか、あるいはホコリの中にアレルギー反応を引き起こす物質が含まれているのではないか――そんな不安が頭をよぎった。
そこでオーナーが考え出した対策が、にわかには信じがたいものだった。家庭用の掃除ロボット「ルンバ」を10台ほど購入し、営業終了後の深夜に一斉に稼働させ、ホール全体を掃除させようというのである。
まず驚かされるのは、その発想力だ。業務用の大型清掃ロボットという選択肢もある中で、あえて家庭用ルンバに目を向けた点が面白い。
理由は明快で、パチンコホール特有の問題にあった。業務用ロボットはサイズが大きく、島の下や椅子の隙間まで入り込めない。一方、ルンバであれば小回りが利き、椅子の下や細かな死角まで掃除できる。ホールという空間を知り尽くした者ならではの判断と言える。
そんな矢先、世間を驚かせるニュースが飛び込んできた。掃除ロボット「ルンバ」で知られる米アイロボット社が、米国で連邦破産法11条、日本でいう民事再生法の適用を申請したというのだ。日本では掃除ロボットの代名詞とも言える存在だけに、意外に感じた人も多いだろう。
しかし、世界市場に目を向けると状況は厳しい。
中国メーカーの急成長が、アイロボットを追い詰めていた。2010年代後半、エコバックスやシャオミといった企業が、自動運転技術にも使われる「LiDAR(ライダー)」や、空間を自動で把握する「SLAM(スラム)」を搭載した高性能ロボット掃除機を次々と投入。しかも価格は3万円前後。一方、ルンバは8万円前後が中心で、価格差は歴然だった。
性能と価格の両面で競争にさらされ、ついに再建の道を選ぶことになったのである。
もっとも、倒産ではないため、ルンバそのものが使えなくなるわけではない。オーナーが構想する「深夜のホールを10台のルンバが走り回る光景」は、SNSに投稿すれば話題になることは間違いない。業界的にも、少ししたバズりネタにはなるだろう。
それでも、冷静に考えると首をかしげたくなる。たった一人の常連客の鼻水のために、そこまでの投資と手間をかけるのか。普通なら、そこまでしない。
しかし、その「やり過ぎ」にこそ、このホールの姿勢が表れているのかもしれない。顧客の違和感を見過ごさず、徹底的に向き合おうとする姿勢。それが経営判断として正しいかどうかは別として、少なくとも、このホールが一人の客を軽んじていないことだけは確かだ。
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