なぜかというと「騙し!」がユーザー(視聴者)にバレてしまったからだ。
テレビでいうと、ドッキリカメラというある人をビックリさせる番組があったが、殆どが台本通りのやらせ演出であること(現在のモニタリングも同じ)。
旧くは、川口浩の秘境探検シリーズなどは(洞窟に人類初で足を踏み入れる!)、最初から洞窟の奥からカメラをセットして撮影していた。宇宙人、ネッシー、ビッグフッド、ツチノコ、口裂け女などなど実証もできないモノをゴールデンタイムで放送する。ドラマの視聴率のために、あえて男女の共演者が交際してるような放送前の事前報道(番宣だった)。
あくまで娯楽と言えばそれまでだが、演出とばかりに視聴者を舐めた番組作りを続けてきた。
プロレスも衰退してしまっているが、当初はNHKが力道山の試合を毎週放送していた。しだいに日テレやテレビ朝日といった民放が放送するようになり、その民放もゴールデンタイムでは扱わないようになってしまった。
当初、プロレスもテレビを見る視聴者は試合が真剣勝負だと信じ込んで熱狂をしていたが、しだいに“ショー”であることが分かりはじめ、今では物事にあらかじめ筋書きのあることを称して「それはプロレスである!」という言葉さえ誕生させている。
そらそうだ、ボクシングや空手のように真剣勝負の試合は毎日できるハズもない。
体力や傷の回復まで何週間、いや何か月も要するのである。
大相撲も一部プロレスと似たエンターテーメントとして見る方がよかろう。
その意味でK-1やプライド、総合格闘技へ人気がシフトするのも無理もない。
しかしながら、平成のはじめまでは情報源といえばテレビぐらいしかったのである。
テレビの悪性は、国民共有の財産である電波を利用して行う事業者であることから、一定の公共性と公平性が求められるのは当然のことである。
今のテレビ局にはこの意識が著しく欠如している。
視聴者を馬鹿にしたようなくだらない番組を作り続けるのは、国民への背信行為であるといっていい、電波を私物と勘違いしてるのではないのか。
悲しいかな、この過剰演出による「騙し!」も演出という名の下に、テレビのようにパチンコにも浸透してしまったのだ。
本来、パチンコとはそれぞれの入賞口に球を入れる遊びなのだ。
1970年代後半フィーバー機、ハネモノ機と役が連続できる台として登場し今日に至る。
当初は同じ図柄が三つ揃えばあたりという分かりやすいシンプルなものだったが、時が進みにつれ液晶動画により様々な演出が主流となり、入賞口に入れるということがあまり重要ではなくなってきた。
さらに、今日では釘調整ができなくなって、良台か否かの判別すらしにくくなった。
加えて、映像中心の演出動画が意味もなく過剰なアクションを頻発させるというおおよそ“パチンコ”とは程遠い代物になっている。
激熱! 激熱!と画像で演習してもハズレのあるような台が主流では、信頼性のない過剰演出はテレビと同じく白けるもモノの象徴となってしまった。
過剰演出はテレビもパチンコも共通するものがある。
インターネットの時代に入り様々な情報が容易に入るようになった。
制作者側のあらかじめ書いた筋書きと違う情報を得ることで、「騙し!」に気づいてしまったユーザー(視聴者、パチンコ客)は冷めてしまったのか今日だろう。
パチンコは球を入賞口に入れるモノ!
騙し画像を眺めて“喜んでいる”というようなモノではない!
ユーザー舐めているから斜陽産業となる!
オンラインカジノなどが普及すると、今のようなパチンコではひとたまりもないだろう。
了
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