パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第5話 新世界 ⑥

安堵

「お前はしばらく壁に向かって反省でもせい」

カルティエは吐き捨てるように言うと自分の机に向かって仕事を始めた。僕はその冷たい仕草を横目にやりながら朝からのことを思い起こしてみる。確かに今日は朝から変なテンションだった。主任という響きになんだか引きずり回されていたというか、異様に気負っていたのは間違いない。

役職の重さと仕事に対する不安がない交ぜになり、僕はすっかり浮き足立っていたのだ。店はいつもと何も変わっていない。でも僕だけが少し変だった。すっかりしょげかえってしまった僕はこの場所にいることすら気まずかった。仕方なしにホールに出ようとして、半分椅子から腰を浮かしかけたときカルティエがこちらを見ずに声を発した。

「それで、加藤さんはどうなったんだ」

「あ、木村くんが関口さんを呼びに行ったところまでは知ってますけど」

「なあにぃ?お前は本当にボンクラだなあ。主任がそのザマでどうするんだ。今ここで泣いてる場合じゃねえだろがよ。関口呼んでこんかい!」

再び殴られてはたまらじ、と僕は急いで扉を開け走り出す。背後からはカルティエの罵声がやまない。

「ばかやろう!くそやろう!この唐変木!」

このままでは後ろから延髄げりでも飛んできそうな剣幕だったので、ホールに出るやいなや関口さんの姿を見つけ、彼の手を半ば強引に引っ張り再び事務所へと戻ってきたのであった。

「おう、関口。加藤さんの件はどうなった?まだもめてるのか?」

「いや、それがですねえ。どうやら一万円を両替機に入れたっていうのは加藤さんの勘違いだったみたいで、後で確認したら千円しか入れてなかったことに気づいたらしいんですよ。ま、よくあることですけどね。それで本人は自分が原因で坂井くんが殴られたのを見て申し訳なく思って、今でもカウンターの前で待ってますけど。どうしますか」

カルティエの瞳孔が一瞬開きっぱなしになった。血色の良い顔からは血の気が引いていくのが肉眼で見ていてもよくわかる。反対に僕の胸は俄然張り出し始める。どうだ、と言わんばかりの僕の態度を見て一瞬たじろいだカルティエはコホンと一つ咳払いをする。

「やっぱりそうか。加藤さんもいい加減にしてほしいよな。あのお客さんはそういうことがしょっちゅうあるんだよ。関口、お前も結構そういう場面に直面したことがあったろう」

「いえ、あんまりないすけど」

関口さんは事も無げに一言でスパっと切り返すと、僕の方を見てにやっと笑った。立場は逆転して今度はカルティエがあたふたし始める。

「まあそう言うなよ。しかしだな、坂井。お前も主任初日からついてないよな。もっとも雨降って地固まるとも言うしな。 お前にとって今日は良い教訓になっただろう。これからは何事も謙虚が一番だぞ、謙虚がな。まあ気を落とさずに主任の仕事を全うしなさい。頑張るんだぞ、坂井。おっと、もうこんな時間か。銀行に行かなくちゃな、銀行、銀行っと」

言うが早いかカルティエは逃げるようにして事務所を後にした。どす黒い怒りがまたぞろこみ上げてきた。

僕は関口さんの「気にするな」の一言でなんとか救われたような気がした。そして何より加藤さんの金銭トラブルが何事もなく単なる勘違いだったことが良かった。
 
関口さんに促されカウンターに行くとバツ悪そうにした加藤さんが立っていた。彼女は僕の手をとってベルミーの甘ったるいミルク缶コーヒーを握らせるとひたすらに謝り続けた。先ほど僕に投げかけた罵倒の数々を思い出すと再び腹が立ってくるのだが、僕はそんな気持ちをなんとか抑えて愛想笑いでごまかした。そう、この人は悪気があって難癖つけたわけじゃないのだから。
 
僕はこの日スタッフのすすめによって一日休みをもらうことにした。心も傷ついたがそれよりも今は体が軋むように痛い。この痛みには覚えがある。中学校の頃煙草を吸っているのを父親に見つかって、しこたま殴られた。父の顔はまさに鬼の形相だった。必死にこらえるも五発、六発と執拗に繰り出される父親の鉄拳は容赦がなかった。

その当時はなんでここまで殴られなければならないのか、と反発もしたが今となってはほろ苦い思い出で父に恨みもつらみもない。殴られた痛みは現実的には覚えていなくてもその感覚は残る。しでかした失敗やその時の出来事はあまり良く覚えていなくても、事の重大さは心に刻みつく。殴ることに対しては賛否両論あるだろうが、僕はカルティエのビンタに父親のそれを重ねていた。そしてある部分で肯定もしていた。
 
主任としての職責や立場。正直言うとそれがなんなのかはよくわからない。だがカルティエの言わんとしていることをあんな状況でも心のどこかで必死になって分かろうとしていた。それは僕自身が『今日の僕は傲慢であった』ことを密かに自覚していたからに他ならない。僕は部屋に戻り万年床に横になり、制服も脱がずそのまま深い眠りについた。何も考えず、何も求めず、ただひたすらに眠りたかった。

つづく

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