Aさんは若い頃は一介のサラリーマンだったが、同時に始めたのが株式投資だった。これがきっかけで後にホール経営に携わることになる。
今から60年ほど前、まだ花札やトランプしか作っていない任天堂の株を買ったわけだが、会社四季報を読みながら着目したのは、任天堂の純資産の多さだった。ファミコンが登場するのは今から40年前の昭和58年。つまり、ファミコンが登場する20年前だから、株価も安かった。ちなみに任天堂が大証二部に上場したのは昭和37年のことだった。ファミコンが出てから上場したと思っている人も少なくないだろう。
任天堂株は30年間で400倍になった株として有名だが、まさにAさんがそれだった。安く仕込んでいた任天堂株を9億円で売却した。それを元手に急成長が始まったパチンコ業界に着目。ホールを買収して経営に参画する。
CR機ブームにも乗り、12店舗まで拡大したが、儲けたおカネで、同時に不動産投資にも向けていた。
Aさんはこれまでの投資で失敗したことがないのが自慢でもある。それはホールオーナーという反面教師を近くで見ていたからだ。
儲かっている時のホールオーナーの失敗組は、女や酒、高級外車におカネを費やしてハチャメチャな生活を送った人たち。体を壊したりして転落して行った人を何人も見てきた。
それだけではない。儲かる機械の買い方にも随分、無駄なおカネを使っているのを見てきた。絶対に稼ぎ頭となる超人気機種ともなると、ホール同士で台数の奪い合いとなる。その時にオーナーたちがやっていたのが、メーカーの営業マンでも力のある営業マンをおカネで手なずけて、割り当て台数を増やすことだった。優秀な営業マンにコーポレートカードを渡して自由に使えるようにしていた。それでビルが建った営業マンもいた。
Aさんはそんなやり方には見向きもしなかった。そういうやり方が嫌で、その分を不動産に投資した。売ってくれる台数だけで営業した。店長は不正に加担しないような身元がしっかりした人を業界相場の1.5倍の給料で雇った。
子供には小学生の時から投資を教えた。今は株の投資の世界で手腕を発揮している。
「あの時任天堂の株を買っていなかったら、今のボクはない」と振り返りながら、今は健康を一番心掛けている。ホールも売却して、不動産投資に切り替えたが、不動産を持っていると強い。
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