パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

スタート7個返しで業界を変えろ

2016年3月2日のエントリー「原発避難者からみたパチンコの光と影」から抜粋した、奇想天外なエピソードをご紹介しよう。原発避難民の補償金が、どのようにして人々の生活を変えたのか、その一端を垣間見てみよう。

2011年10月から、赤ちゃんからお年寄りまで、避難者全員に1人当たり月10万円、いや、時には12万円もの「精神的損害補償」が支払われていた。しかも、震災前の収入まで自己申告すれば全額補償されるという、まさに太っ腹な政策だった。

60代の男性のケースを見てみよう。この方、自宅や田畑の補償金として約2000万円を手に入れ、家族全体の精神的損害賠償金が70万円、震災前の収入補償を合わせると、なんと一時は月収が200万円に膨れ上がったのだ。しかも、家賃は無料、医療費は免除、所得税や地方税も払わなくてもよかった。

その結果、福島県の某市では、ベンツやBMWの高級車が飛ぶように売れ、不動産市場も活況を呈した。その9割が避難者による需要というから驚きである。さらに、避難者の急増によって、福島のパチンコホールは大盛況。この現象はまさに「避難者特需」とも呼べた。

ここで登場するのが、80歳になるおばあちゃんだ。このおばあちゃん、元々は農家で8人家族だったが、避難先ではやることがない。そこで、おばあちゃんが始めたのが…そう、パチンコだった。

「パチンコがあって、本当に精神的に助けられた」と語るおばあちゃん。家族が避難先で毎日顔を突き合わせていたら、喧嘩が絶えなかっただろうが、パチンコのおかげで心の平穏を保てたという。

補償金は毎月しっかり入ってくる。おカネの心配がないので、家族もおばあちゃんが毎日パチンコへ行くことに反対しなかった。

おばあちゃん曰く、「自分の小遣いでやるなら、少しでも増やそうと打っていたが、今は勝とうという気がなくなった。ただ、することがないから毎日行っているが、年間で200~300万円は使った」とのこと。

一方で、普段は酒を飲まなかったおじいちゃんが、お姉ちゃんのいる店に通うようになり、家庭内には不協和音が生じた。人間、自分が汗水垂らして稼いだおカネを使うのが一番幸せ、ということだろうか。
そして、1人1カ月10万円の慰謝料は18カ月以上続いた。被災地では瓦礫の撤去作業が長期間にわたり行われ、その作業員たちがパチンコホールに足を運び、特需をもたらした。

震災特需の恩恵を経験した福島県内のホール関係者はこう話す。

「パチンコが衰退している理由は、優秀な機械がないからではない。遊技客におカネがあるかどうか、この1点に尽きる。復興特需を経験したから、余計に痛感する。おカネがあれば、パチンコをする。なければしない。政府の愚策も影響している。サラリーマンの給料が今の2~3倍に上がる政策を取っていたら、パチンコ業界はこんなに苦労することもなかった」

偶数月の年金支給日にホールがにぎわうのも、やはりおカネがあるかどうかに関わる話だ。人間の心理として、おカネが入ってくれば使いたがるし、おカネがなければ我慢する。

そして、お客さんの懐具合を悪化させているのはホールの営業方針である。スタート1個返しの機械がホールに設置され、利益を確保するには手っ取り早い方法ではあるが、お客さんの財布のひもは緩まない。等価・高価交換営業では、おカネが続くはずもなく、分かり切った事実であるが、業界はこの悪循環を断ち切れない。

おカネを使わないようにする手始めとして、日工組が7個返し以上の機械しか作れないように内規変更でもしたらどうだろうか。当然、ベースが高くなれば等価仕様の機械も作れなくなる。それぐらいの荒療治で業界を変えなければ、お客さんが少ない小遣いで4円で遊べるようにはならない。


人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える


※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。
記事一覧

コメント[ コメント記入欄を表示 ]

コメントする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA