パチンコ日報

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漁師町とパチンコの記憶

漁港の近くにあるホールで働くスタッフが、常連客の漁師から釣りに誘われた。会社の許可を取り、意気揚々と船釣りに参加したものの、初めての船釣りは想像以上に過酷だった。

波に揺られ、船酔いに苦しみながらも、同船した5人の釣り仲間は皆パチンコファン。中には元漁師もおり、釣りよりもむしろ昔のパチンコ談議に花を咲かせた。

漁師町では、時化で漁に出られない日は朝からパチンコに興じるのが常だった。250台の小規模ホールはあっという間に満台になり、遊技台の掛け持ちも暗黙の了解だった。1人が2台、3台とハンドルに10円玉を挟みながら掛け持ちし、ホールもそれにより大いに賑わった。

「昔は良かったよなあ」と釣り仲間の一人がしみじみと言った。

「今みたいに出玉がどうこうじゃなくて、とにかく遊べた。1回の大当たりで8000円くらいになったし、釘なんか読めなくても掛け持ちしてたらどっちかの台で勝てた。時間もつぶせたし、負けてもまた来ようと思えた。今のパチンコじゃ、そんな気持ちになれない」

「昔に戻してくれたら、かあちゃんだってまた一緒に来るのに。今のパチンコは、どうしてこうなっちまったんだ?」とタッフに詰め寄るように問いかけた。

パチンコ業界の変遷を目の当たりにしてきたスタッフは、この話を単なるノスタルジーとして片付けてよいのかと考えさせられた。

現在、漁師たちはパチンコ店ではなく、個人が自宅庭にプレハブ小屋を建て、そこに12台のパチンコ台を設置して暇つぶしをしているという。かつてホールにとっての太客だった漁師ですら、今のパチンコについていけないという現実がある。

等価交換の加速とともに、客層自体が大きく変わった。昨年末にオープンしたホールが約1カ月で2億円あまりを大放出し、話題になったことが業界誌に取り上げられていた。しかし、そこに集まるのは「専業」と呼ばれる打ち手ばかりで、一般客がパチンコを楽しめる環境ではない。

メーカーが作る遊技機も射幸性が高いスペックばかりで、もはやサラリーマンの小遣いで気軽に遊べるものではなくなって久しい。

「ギャンブル化に拍車をかける限り、業界はじり貧になるだろう」

釣り仲間の言葉が胸に刺さる。かつては生活の一部だったパチンコが、今や特定の人しか遊べないものになってしまったのだ。

本当にこのままでいいのか。かつての賑わいを取り戻すためには、何が必要なのか。業界が生き残る道を探る必要がある。

いっそ、あまりおカネをかけずに遊べるスマートボール専門店でも復活させてみてはどうか。


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