冷たい声だった。それが妙に他人事に聞こえた。言葉が出なかった。ただ話を聞いていた。
じいさんはだいぶ前から癌にかかっていたのだという。
『あいつは新しい会社を興して、今が一番大事な時期だから、山田の気持ちを揺さぶってほしくない。意外と脆い奴だから。ただ俺が死んだら真っ先に知らせてやってくれや』
「藤本はそう言っていました。最後はお金も貰わず北海道や沖縄の小さなホールに行ってホールの主任さんたちに釘を教えていたのです」
電話を切ってドシンと椅子に腰を下ろした。目の奥が熱い。まだ状況をうまく把握できていない。何故だという気持ちが浮かんでは消え、また浮かんでは消えた。隣の部屋では塾生たちが叩く釘の音が響く。思い直したように無表情のまま俺は研修室へ入った。
塾生に投げる言葉がいつもよりきつい。それは自分でもわかっていた。しかし止まらない。
「握りが甘い!」「目線がずれているから角度がずれる!」「ハンマーはもっと優しく握れ!」「お前らそんな気持ちで釘叩こうと思ったら大きな間違いだぞ!」「逃げるな!打ち切れ!」
檄を飛ばし続けていないと自分が崩れ落ちそうで怖かった。
研修の都合で通夜には行けなかった。それでも告別式にはなんとか岡山まで飛べた。すでに式は始まっていて式場の中は黒い人の森だった。じいさんが眠っている棺の中に好きだったゴルフの道具とハンマー、それから一緒に開発した角度ゲージも入れられてあった。
藤本さん、藤本さんと心の中で呼んでみた。そしたら涙がぼたぼた落ちてきた。
こんなのってないだろ。俺の人生を変えたのはあんたなのに何も言わず死んじゃうのかよ。
山田には言うな?ふざけんなよ、かっこよすぎだろ!俺はよ、今まで生きてきて人を信用したことなんか一回もなかった。でも年寄りのあんたが俺の口になってくれって頭下げた時、正直嬉しかった。こんな俺でも人から頼りにされることがあるのかって。だから嫌いな釘も一生懸命やったよ。これから山田塾もっともっとでかくして藤本さんの老後のことも考えていたのに、あんたから借りたこの恩をどうやって返せばいいんだ。
霊柩車がホーンを鳴らして葬儀場を後にした時、俺はその場にへたり込む。心は裳抜けの殻で足に力が入らない。気がつくと藤本さんと一緒に仕事をしていた会社の社長が俺の後ろに立っていて「山田、もういいよ。もうそんなに泣くな」と言いながら俺の肩にそっと手を置いた。俺は無言のまま見上げた。社長は真っ赤な目で俺を見下ろしていた。

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