状況が一変したのは、ホール社長の子息が高校受験を控え、塾に通い始めたことがきっかけだった。塾へ通い始めて、成績は徐々に上向いていった。
ある日、息子が何気なく言った。
「塾の先生はウチの店で働いている人だよ」
詳しく話を聞くうちに、その人物像が、毎日ホールで見かけるあのアルバイトと完全に一致していることに気づく。ここで初めて、社長は彼の“もう一つの顔”を知ることになる。
男性はその塾の運営者であり、メイン講師だった。対象は中学生で、生徒数は約100人。助手を2名雇い、個人塾としては十分な規模を持っている。成績向上の実績もあり、子息の成績が伸びた理由も腑に落ちた。
後日、社長は改めて本人に確認する。男性は隠すこともなく、淡々と事実を認めた。そこで社長は、子息への個別指導を依頼することになる。提示したギャラは、ホールでの時給の4倍で引き受けることにした。
結果は明確だった。子息の成績はさらに伸び、志望校にも合格。社長の信頼は一気に厚みを増した。
ここで社長は素朴な疑問をぶつける。これだけの規模の塾を経営しているのに、なぜホールでアルバイトを続けているのか。生活のためでは説明がつかない。
答えは意外なものだった。
「ホール経営に興味があるんです」
彼は、パチンコ業界を外から眺めるのではなく、内側から観察したかったのだという。
さらに明かされた事実がある。ホールに提出していた履歴書の最終学歴は私立のいわゆる二流大学。しかし実際は東京大学卒だった。
「東大だと、逆に採用されないと思いました」と明かした。
社長は塾への出資を提案し、規模拡大を後押しする。一方、男性はホール経営や、さらに遊技機のソフト開発へ強い関心を持っていた。ここで両者の利害は一致する。
彼は昔からのパチンコファンでもあった。ただ打つだけではない。興味は常に「構造」と「仕組み」に向いていた。現在、彼が温めている構想は、パチンコやスロットを打ちながら「勉強できる台」だ。対象はホール客ではなく、受験生。遊技と学習を融合させる発想で、数学や歴史の暗記に適しているという。詳細はまだ構想段階だが、理屈は彼の頭の中で完成している。
少子化により塾業界は厳しい局面に立たされている。しかし、彼は「塾がなくなることはない」と断言する。同様に、ホール経営は塾以上に厳しいが、「再生の余地はある」とも言う。
ホールでアルバイト。その背景には、ホール経営だけでなく、勉強と遊技を結び付けようとする、誰も思いつかない発想があった。
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