新装開店の初日は玉をたくさん出したという理由で閉店時刻をいつもより1時間ほど早く閉めることになったらしい。しかし、疲労困憊で思考能力のほとんどを失っていた僕にとって、そんなことはどうでもよかった。早く終業作業を終えて2階の社員寮に戻りたかった。
終礼を終えたあとに僕は錆びれた鉄製の外階段を急ぎ足で登る。怒りにも似た感情を代弁するかのように足音がやけにガンガン響いた。僕はそんなことに構いもしない。誰とも話なんかしたくない。早く一人になりたい。それしか考えなかった。
部屋に入ってユニフォームを乱雑に脱ぎ捨て、敷きっぱなしのカビ臭いせんべい布団にその身を潜らせる。そしてふっ、とため息をつきながら今日起きたことをまたいちいち思い出す。腹立たしさだけがこみ上げる。このぱちんこ屋も人間もすべてが気に入らない。
そして店の周りには何もなくて、真夜中にすることもない。そんな環境に身をおいている自分にも腹が立ってきた。本当にすることがなく、仕方なしに会社から支給された14インチの古いテレビのスイッチを入れる。
閉店時刻はいつもより早かったもののその後の作業に手間取った関係上、部屋に上がってきたのは午前1時を少し回っていた。いつもならギリギリ間に合う深夜放送の「イレブンPM」も今日はすでに終わっている。別に頭の悪そうな女性の水着姿が見たくているわけではないが、それでも見ないと少し損した気にもなる。
映りの悪いテレビだけが唯一の慰めとは誠に悲しい限りだ。僕はため息をつきほとんどまんじりともせず、この部屋をじっと見渡してみる。西日で焼けたレースのない、ねずみ色した古いカーテン。擦り切れた畳にはいくつものタバコの焦げ跡がある。
何かの霊でも移り出てきそうな壁のシミたち。部屋の隅でたむろする綿ぼこり。そして中古屋で買ってきたセンスの欠片もない家具。三段がさねの緑色したカラーボックスに足の短い、いかにも安物の匂いがするテーブル。これなんか乳児一人が食事をするのに丁度いい大きさだろう。それから数少ない洋服をかけておくのに必要だと思って買ったビニール製のファンシーケース。キリンの絵がこれでもか、っていうくらい全面に描かれている。全くどれもこれも僕の人生同様、さえないものたちの集りだ。
僕は小さなテーブルの上に置いてあるショートホープを一本取り出し、溜息と一緒に苦い煙を力なく吐き出す。買った当時は綺麗な赤色をしていたラークのロゴが入った灰皿も既にヤニでどす黒く変色している。そこに山のように積もった吸殻を事も無げに見つめていると部屋の外から僕を呼ぶ声がした。
「坂井さん、今から食堂で一杯やりやせんか?みんな集まってるでげすよ」
木村君の声だ。僕はダンマリを決め込んだ。本当に誰とも会いたくないし、話もしたくない。今まで寂しい憶いは結構してきたけれど、今回のそれは寂しいのではなく辛いのである。世の中のことなんか何もわからない。
親も友達もいないこの片田舎に来て楽しいことなんかなかった。考えてみればこの店に来て僕は腹の底から笑ったことがない。頼る人もいないし、それにみんな何を考えて生きているのかわからない。大学の時はあれほど楽しかったのに。僕はこの店に来て初めて涙が出た。そしてこの店の従業員たちやお客がやけに幸せそうに思えた。

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私も最初に業界デビューした直後はお客さんはともかく、働いて居る方達のインパクトに中々馴染めずに苦労しましたねw
一年経たずに店長職になってしまったので
クセ凄の先輩部下を従えるのが大変でしなよw
給料、福利厚生etc、もの凄く良くて初任給25万でしたけど30万を越える感覚でしたね、初年度で賞与も3ヶ月分は出ていましたし。
ただし不良客に対しては例え相手がモノホンのヤ○ザ者で有っても警察等に頼る様なみっともない真似はせずに一歩も譲らず強硬に対処する様な社風でコレまた大変w
捕まえたゴト師なんかは100%ぶん殴ってましたね(^^;
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