パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第2話 失意 ①

おおがめ、こがめ

林事件が発覚したあともいつも通りに店のシャッターは上がる。ただいつもと違うのは開店時刻が朝の10時ではなく、夕方の6時であるということ。そう、今日は1年に2回ほどある新台入替。ぱちんこやさんにとっては、250台もある機械の大半を入れ替えるまさに一大イベント。新装開店である。

新聞の折込チラシも入り、チンドン屋が数時間にわたって賑やかな音色を奏でながら近所をねり歩く。二階の社員食堂から見下ろすとお店の外は長蛇の列。ざっと200人くらいはいるだろうか。競馬新聞を読みふける人。スポーツ新聞のいやらしい記事を読みふける人。近所のお仲間で新台の話題に花を咲かせるおじちゃんやおばちゃん達。タバコを吸う人、缶コーヒを飲む人等々実にたくさんの人が思い思いの格好で新装開店を今か今かと心待ちにしている。と、誰かが大声で怒鳴る声がした。

「早く店開けろ!もう6時間も待ってるんだぞぉ!」

嘘である。そんな時間には誰も並んでなんかいなかった。しかしその声に呼応して他のお客もここぞとばかりにはやし立てる。

「そうだ、そうだ。早く開けろ!」

カルティエ眼鏡の店長がイライラした表情で僕に指示を出す。

「おい、坂井。お前、表にいって客を静かにさせて来い。全くあいつらは開店となるといつもこうだ。早く行ってこい!」
 
静かにさせろと言われても、新装開店の経験がない僕にとって何をどうしたらよいのかわからないではないか。なんという理不尽な言葉だろう。と思ってはみても店長に歯向かう勇気もないのでそのまま僕は重たい足取りで店の外へ出た。

うつむきながら行列の前に立ち、勇気を振り絞って「静かにしてください」と言うつもりだった。が、機先を制せられた。僕の前に厄介な奴が立ちはだかる。パンチパーマに一見シルク調のシャツを着て、そのボタンは上から数えて三つまで外れている。そしてその胸元から覗く地肌には紺色の模様が描かれている。(それは筋彫りだと誰かが言ってたっけ。情報によるとこのての刺青は模様に色をつけ、完成させるまでには相当の時間とお金が必要らしい)

黒いズボンに白いエナメルのベルト。そのベルトのバックルには稲穂のマークが浮き出ている。どこかの組のトレードマークだとこれまた誰かが言っていた。遠めに見てもすぐにわかるこのおっちゃんの名前を僕は知らない。が、あだ名だけは知っている。

通称『おおがめ』。全体的に丸いシルエットの体型に不自然なくらい短い首。顎のすぐ下に鎖骨があって、耳のすぐ下に肩がある。肩の筋肉が異常に発達していてその先についている腕は極端に短い。眉毛は剃っているわけではないのにほとんど無いに等しい。その下にはその風体からは全く釣り合わない長く流麗なまつげが天を向いている。鋭い眼光を一生懸命に光らせてもその眉毛のおかげで威圧感はない。

「このスミ(刺青のこと)はなあ、今から30年前、俺が16歳の時にいれたんだ」
と『おおがめ』は言う。僕はそこに多少の疑問を感じる。

その話を要約すると
「私はお金がなくて30年間、色を入れることができなかったんです」
ということではないのか。どうやらこの人は頭があまりよくないらしい。問題はこの『おおがめ』の後ろを腰巾着のようにつきまとっている『こがめ』だ。

現に今も『おおがめ』の後ろからその狡猾そうな顔を突き出している。このふたりはいつもセットで行動をしている。そしてこの店では10年来の常連客だそうだ。僕が苦手としているのは『おおがめ』ではなく『こがめ』のほうだ。初めて制服を着てホールに出たとき声をかけてきたのは『こがめ』だった。

「おい、しんまい。お前なんていう名前だ」

亀のあだ名がついているのにキツネ目をした『こがめ』が僕にいきなり凄んできた。

「坂井です」と答えると、
「そうか。おい、坂井。ぱちんこやの従業員はお客様がクビにするんだからな。お前もクビになりたくなかったら俺たちの言うことをよ~く聞けよ」
「はい」と答えた。本当は蹴っ飛ばしてやりたかったのだが、僕にはそう答えるしか他に術はなかった。この日も『こがめ』は僕に難癖をつけてきた。

「あと15分ほどで入場となりますのでもう少し待っていてください」
やっとの思いでそれだけを言うと
「あと15分ほどで入場となりますって、坂井お前はオカマか!男ならもっと堂々としろ!」

間髪を入れずに『こがめ』が僕の声色を真似てキッと睨みつける。

「いいから早く入れろって店長に言ってこい!言うこと聞かねえとお前のズボン脱がすぞ!」
周りからどっと笑いが起こる。何もこんなことでズボンまで脱がさなくてもいいじゃないか、と僕は怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になった。

でも新米の僕には何もできることがなくただその場に立ち尽くすしかなかった。「こんな仕事、今日にでもやめたい」僕は何度も心の中でつぶやいた。

つづく


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