パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

数字は嘘をつかない!

「数字は嘘をつかない! 数字こそが真の正義!」

これは数学で戦艦大和建造計画を阻止しようとする映画「アルキメデスの大戦」のキャッチコピーである。戦艦大和を日本海軍の威信をかけて建造したい平山忠道造船中将の計画に反対する山本五十六海軍少将が東京帝大の天才数学者櫂直のずば抜けた計算力で、何ら資料のない大和の建造費を正確に弾き出し、建造費が法外に安いことを暴くのだが…。

確かに数字は嘘をつかない。そのために企業は1年間の会社の成績表として決算書を発表する。財政状況を明らかにするのが貸借対照表であり、経営の成績表が損益計算書である。収益から費用を引いたものが当期純利益となる。収益とは経営活動によって資本を増加させた原因のことで、反対に費用とは経営活動によって資本を減少させた原因である。

数字で業界を見ると時として残酷にも見えてくる。

マルハンはこの10年間の財務状況を公表しているが、10年前よりも店舗数や設置台数は増えているのに、売り上げ、経常利益は下がっている。

2011年3月期で売り上げは2兆389億4300万円、経常利益は487億9900万円、店舗数269店、設置台数16万4592台、従業員1万2730人だった。

それから10年、2021年3月期ではどうなったかというと以下の通りだ。

売り上げ1兆1055億8400万円、経常利益166億7500円、店舗数315店、設置台数21万8798台、従業員1万1141人

店舗数は46店舗増、設置台数は5万4206台増にも関わらず、肝心の売り上げは9333億5900万円減、一番重要な経常利益は321億2400万円減となっている。

業界が右肩上がりの時は店舗数を増やすことが売り上げを増やすことに直結していたが、衰退期では店舗を増やすことが売り上げを増やすことのイコールではなくなっていることが数字から読み取れる。

店舗数が増えて売り上げ・経常利益が減るということは全体的な稼働低下と低貸しコーナーが利益を阻害している。

稼働低下はコロナ前から進んでいたことであるが、その打開策もないままにコロナに突入してしまった。一連の数字を見ているとやはりパチンコは4円、スロットは20円で成り立っていた業界であることを思い知らされる。低貸しを廃止して4円でも遊べる環境を整えなければならないことは分かっているのに、ギャンブル化に舵を切った業界では成す術がないのか?

コロナ禍も3年目に入り、依然として収束のメドは立っていない。コロナ前の業績に戻すには来店客数を増やすなり、稼働時間を上げるしかないが、お客さんはコロナ禍で給料も減り、コロナが長引けば長引くほどパチンコどころではない人も増えてくる。



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パチンコ業界は学びたい一番攻めているEテレの番組作り

1978年、山口百恵がNHKでプレイバックpart2を歌う時、♪緑の中を走り抜けてゆく真紅なポルシェ♪という歌い出しに対して、車名が入っていることが企業や商品の広告宣伝を禁ずる放送法違反になるとしてポルシェを真紅な「クルマ」と歌詞を強制的に改変させたことがあった。ただ、紅白では原詩通りにポルシェで歌っている。
皆様のNHKは公平中立であらねばならないという立場から、当時はニュースでさえ企業名が出ることはなかった。

時代の変化と共にNHKも変ってきているが、驚愕するぐらいに変貌しているのがEテレだったりする。チャンネルをザッピングして時に偶然「ねほりんぱほりん」という番組を観た。派遣型風俗のドライバーが、デリヘル業界の実態を明かしているのに腰を抜かした。

この番組のコンセプトは「人形だから話せる!? 人形でしか話せない!? 人形劇×赤裸々トーク」でMCもゲストも人形になって、あまり表には出てくることはない業界を深堀していく。

この番組で明らかになったのが、風俗業界へ入る理由は大まかに3つのパターンがあることだった。

■ホストやアイドルに嵌り男に貢ぐパターン

カネになる風俗で働くものの、元々好きではないから働いていてもストレスが溜まる。その発散のためにホスト遊びに嵌る。ホスト遊びはおカネがかかるので、さらに風俗で働く…無限連鎖地獄に陥る。

アイドル好きは全部のコンサート会場に足を運び、グッズも買い漁る。1回のコンサートでは70~80枚のチェキを撮り、アイドルに貢ぐ。その原資は風俗で稼がなければ足りない。

■生きるため

無職や借金、さらにはバイトのシフト減などで生きるために日払いのデリヘルは魅力的だ。生きるため、おカネのために働くのが風俗だ。日給をもらって「これでやっと生きていけると思った」と切迫した生活だった子も少なくない。

■天職

元々Hが好き。100人に1人ぐらいは「天職」とばかりに嬉々として働いているケースもある。

こんな赤裸々トークが展開される。民放のバラエティー番組よりはるかに面白い、と思った。

その他、バリバラでは下半身に障害を持つ若い女性のお漏らし問題も衝撃的だった。下半身が麻痺しているために尿意や便意を感じない。出演者は美系の人ばかりだったが、1週間分を排せつするのに5~6時間もかかるため、ウンコ休暇をもらっている人から、いつもおしめの様に大きい尿取りパッドを付けているために、カワイイ紐パンが履けないなどと乙女の下の事情を赤裸々に告白していた。下の悩みをテレビでやることに意義がある。同じように悩みを抱えている人はこれで救われたりする。

2011年5月末まではNHK教育テレビ、と実に固い名称だったが、Eテレに替わって10年余りでここまでチャレンジするとは思ってもいなかった。今、日本で一番攻めている局はEテレである。

時代の変化と共に変わらなければいけないのがパチンコ業界なのだが、過去の成功体験が通用しなくなり、変わろうにも変わり方が分からなくなっているのが、今のパチンコ業界の現状だったりする。

例えば、新規出店する際の市場調査がそうだ。出店地域の人口や駅の乗降客数、競合店数などで出店を判断したが、そのセオリーが通用しない。旧来の方法で出店した結果が失敗に終わっていることもある。今までのやり方を踏襲してもダメだ。それだけ、遊技人口そのものが減っているということで、パチンコに興味を示さなくなっている表れでもある。

コロナ禍で稼働は下がる一方で、コロナ前に業績が回復したホールもあまり聞いたことがない。釘を開けたから稼働が上がる時代でもない。その手法は遊技人口が多い時だから通用したぐらいでしかない。コロナ禍で給料は下がればパチンコどころではない。

業界首脳がパチンコの依存症対策の方法として個人認証の統一カードを提案していた。自己申告で来店回数と使用金額を設定すれば、「月5万円しか使わないと設定すれば、5万1円目から機械が動かなくできる」と持論を展開していた。この月5万円という設定感覚が世間一般からかけ離れている。こんなにおカネのかかる遊びでは遊技人口は増えることはない。1万円もあればひと月遊べるぐらいじゃないと給料の上がらないサラリーマンは遊べない。

日工組が昨年6月から「パチンコのイメージ向上」を目的に大正大学表現学部の中島和哉准教授のゼミと共同で、学生たちと業界のイメージ向上を考えるプロジェクトを実施している。遊技人口が増えない理由の一つにパチンコのイメージがあまりに悪すぎるために、パチンコをやらない学生がどうすればパチンコに興味を示すようになるかの研究だ。

学生たちから数々の提案があったが、実際に取り入れなければ、業界は変わらない。パチンコ業界にはEテレのように攻めの改革を期待したい。




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じいさんと俺の釘 〜藤本と私〜

森羅万象。生けるものは死に、死は何かをもたらす。

父の死も藤本の死もこの世に残るべくして残された私に何らかのメッセージを残した。

そう思っていたもののそれらは時間によって忘れさせられる。

気がつけば私の歳は六十一歳。藤本が癌にかかった歳だ。彼は私に気づかれることなく最後のメッセージとして「俺の口になってくれ」という言葉で結んだ。そして私はその意志を継いだ気でいる。
 
藤本から教えられた釘の技術と理論の数々は山田塾の研修という形で今なお生きている。

釘研修のやり方は其々だが私のやり方を元にして山田塾を超える業績を上げる釘学校が二社ある。いずれも藤本とそして私ともゆかりのある方々だ。
 
藤本に紹介して貰った岡山の企業では近頃、山田塾のノウハウを店長たちが半年かけて、部下や後輩の為にと二冊のテキストを作成し終えた。それはとても嬉しい出来事だった。

こうして藤本の釘に対する考え方は死して尚、場所と人と形を変えて伝わっている。

成功には二つある。自分が死んだ後も誰かがそれを引き継ぎ世に広めることを大成という。一人だけの理論と技術を武器とし、自分だけしかできない成功を小成という。その意味において藤本は紛れもなく前者であろう。と、ある本を読んだ時そんなことを思った。

私は藤本から受けた恩を何かで報いるという極めて稀有な課題を掲げながら、この二十年ほどを生きてきたわけではない。ただ自分が生きるために生きてきただけだった。

私の人生はそのように高尚なものとは程遠く、極めて俗っぽいものだ。ただ自分が何かに押しつぶされそうになり、人生を諦めたくなった時に藤本を思い出し、彼から授かった課題を継続するという身勝手で一見正しい理屈を掲げながら、かろうじて生きてきた。
 
ただ、彼がこの世に存在した。その存在が私の生き様に大きな影響を与えたという事実は紛れもないものだし、それ以上でもなくまたそれ以下でもない。それをどう解釈するかは自分の問題であり、誰かに押し付けたり、共感を促したりするものではない。
私はパチンコの未来のために生きようとは思わない。そんな器量を私は持ち合わせていないし、そのことに対する熱情もない。分不相応なことはやらないのである。

では私ができることは何か。目の前にいる塾生たちに良いと思えることを伝え続けること。それだけだ。

毎年新規顧客の申し込みがなくなれば廃業しようと心に決めているのだが、まだその時期ではないようだ。つまり藤本と私の関係はまだこれからも続くということらしい。

時に人生は生き難い。
 



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