舞台となったのは、地域密着型の繁盛店。日々、同じ顔ぶれが訪れ、地元の常連客たちで成り立っている、そんなホールだ。
ある日、そのホールの店長に思いがけない知らせが舞い込んできた。なんと、長年通っていた常連客同士が結婚することになったというのである。どちらも高齢で、年金生活者と見受けられるような世代。見た目にも質素で、身なりに華やかさはなく、どちらかといえば生活に余裕がないような印象を与える人物だった。実際、2人が打つのは1パチだった。
そんな2人から結婚式の招待状が店長に手渡された。常連客とはいえ、あくまで店の客。だが、出会いのきっかけがこのホールだったこともあり、「縁のある場所の代表」として出席してほしいという申し出であった。
ホーナーに出席の許可を取り、店長は礼服を新調し、式に出席した。
ところが、この結婚式は店長の価値観を根底から揺るがす出来事となる。会場に到着してまず目に入ったのは、ずらりと並ぶ高級車の数々であった。レクサスやベンツ、果てはフェラーリまで停まっていた。
式場に集まった招待客も、一見して只者ではないことがうかがえる装いで、いかにも地元の名士たちといった風情であった。
やがて始まった披露宴で、店長は新郎新婦の素性を知ることとなる。新婦は地元でも有名な大規模コメ農家で、現在はその息子たちが跡を継いで農場を運営。自家製米をインターネットでも販売しており、全国に顧客を持つほどの規模を誇る農家であった。
一方、新郎は、かつて東北一円に展開する自動車ディーラーの創業者であり、現在はその会長職を退き、悠々自適の生活を送っていた。ホールで見せる控えめな姿からは到底想像もつかない背景が、そこにはあった。
「人は見かけによらない」という月並みな言葉の重みを、店長はこのとき身をもって痛感する。これまで抱いていた「1パチを打つ年金生活者=貧乏人」といった先入観が、いかに浅はかで偏ったものであったかを思い知らされたのである。
式が終わった後、店長はこの驚きの事実をホールのオーナーに報告した。オーナーもまた驚きつつも冷静に対応した。
店長は続けてこう相談した。
「従業員たちにも伝えていいですか? 本当はあの2人、大金持ちなんだ、と。そう知れば、接客もさらに丁寧になるでしょうし、もしかしたら4パチも打ってくれるかもしれません」
しかし、オーナーの答えは明快だった。
「それは結婚式という私的な場で知り得た個人情報だ。たとえ事実であっても、本人たちの了解なしに広めることはすべきでない。万が一、従業員の態度が変われば、本人たちも気づくだろう。うちのホールは誰であっても同じ接客をする。それが我が社のやり方だ」
店長はその言葉に、再び価値観を揺さぶられることとなった。客の外見や遊技スタイルだけで人を判断し、態度を変えることは接客業にあるまじき行為である。資産の有無にかかわらず、どの客にも公平に接する。それが店としての矜持であり、地域に根ざした営業を続けていく上での基盤なのだと改めて胸に刻んだ。
もしあなたが、同じ立場だったらどうする?
見た目や遊技スタイルだけで判断していた相手が、実は大金持ちだったと知ったとき、自分の中の何が変わるだろうか?

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