これで大衆娯楽と言えるはずもない。
今のゲーセンを覗いてみるとクレーンゲームが大挙占領して、中にはクレーンゲーム専門店まである。クレーンゲームの歴史も古いが、クレーンゲームがゲーセンの主役の座になっているのは、遊んで終わりではなく、景品を獲得できるチャンスがあることに加え、100円から遊べることだ。

パチンコもクレーンゲームも元は100円で遊べたのに、パチンコは売り上げが上がったので、さらに売り上げを上げるために射幸性を追及してきた。その結果、100円で遊ぶことができなくなってしまった。
「パチンコ店は必要とされる意義を勝手に作っているだけ。ストレス解消の場などとは、独りよがりもいいところ。そうやって自分たちのやっていることを正当化してきた。昔は2~3000円で1~2時間遊べたから良かったが、今は違う。ギャンブル依存症を作っただけ。100円で遊べる感覚をパチンコは完全に忘れている。100円で遊べたから大衆娯楽だった。その感覚を取り戻さなければいけない」と手厳しく指摘するのはシンクタンク関係者。
1パチが主流になる中、大阪・ナンバにあったホールは、台間サンドを100円が使えるように復活させて、遊びやすさをアピールしたこともあった。それで稼働が上がることもなく、そのホールもいつの間にか閉店を余儀なくされた。
そもそも論だが、今の遊技機は100円単位で遊べる仕様でもない。
こういう時はチャットGPTに100円単位で遊べるようにするには、どうすればいいか聞いてみた。
それによると、遊技機の値段を下げて、1発入賞した時の払い出し個数を増やす。
目から鱗。原点回帰ではないか。
その一方で遊技機メーカーはチャットGPTを使って画像処理をしようと研究しているようだ。手間のかかる映像編集など人間がやっていた作業をチャットGPTにやらせれば、人件費が抑えられるからだ。そのうちプログラムだってお手の物になることだろうが、人件費を抑えることで安い機械を出してもらいたいものだ。

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ピンバック: トク・メイ
チャットGPTがどのような答えを出したかは疑問が残る、「台の値段を下げろ」それが言いたいだけにしか聞こえない。
台交換のペースが昔と今では全然違う、それは問題ないのかな?
大当たり確率も昔と違うし大当たりラウンド数も違う、その辺は問題なくて台の値段が問題なのは最近よく聞くね。
もうホールで新台作ればいいのに。
ピンバック: 自分で作れば問題ない?
これが「目から鱗」に感じる時点で、あっ(察し
って感じだわ
まぁ個々の能力差があることは理解しているが笑わせてくれる
一応言っとく
どんな良案名案もやらないから意味なんてないよ
いや、できないと言った方が適当か?
メーカーが主導権を握ってる限り良くはならん
寧ろ悪くなるな
いつぞやの記事で見たが確か機械を長く使われないような仕組みを作るんだっけ?
検定後3年最長6年とかいう規則もそうだよな
あれで地域密着中小ホールはだんだんと消えていった
これからもメーカー主導である限りこの業界に明るい未来なんて来ないよ
おつかれさん
ピンバック: 生涯現役
って表現と何故かクレーンゲームが引き合いに
出て来る所、何となく言いたい事は分かるん
ですが私はあまりピンと来ないですね^_^;
「200円じゃダメなんですか?100 円じゃなければダメなんですか!!?」某レンホウ議員を思い出して
しまいますね( ´ー`)y-~~
だって1円って確か殆どの店で200円から遊べる
様な( ´Д`)?
新台価格40万からする様な台で更に1/99なら
2〜3千円でほぼ確実に2時間位遊べるのでは?
“思い出補正”間違いなく多いと思いますよ?
ALL13、40玉交換、約3000定量羽根物。
プロが打つ開け台で定量までの平均投資額は
約2000円強で打ち止めまでの所要時間約2時間半、
その他は40玉交換にてほぼ出率100%以下…
これが間違いなく現実でしたよ( ´ー`)y-~~
比較的に昔と比べ易いのはスロットAタイプかしら?
2〜3号機(裏除く)7枚交換360枚で交換約5000円
千円30G位がデフォだった様な?
6号機、等価250枚で交換約5000円、千円40G強
2〜3 号機には最低設定出率80%なんか普通に
有った訳ですから今の方が間違いなく打ち手に
有利なのでは( ´Д`)?
なのに何でユーザー数はジリ貧なのかは
良く分かりません^_^;
ピンバック: 見守る持って
以下、当時の出来事を年表形式で。
S40年代 部品のプラスチック化、電気パーツの増加に伴い遊技機価格が上昇
S44年 標準的な手打ち台8,000円
S47年 同等機種が15,000円、メーカー、ホール間で揉め出す
S48年 インフレにより18,000円へ高騰
同年初夏 全遊協→日工組へ15,000円にせよと反発
同年10月 オイルショック勃発
同年暮れ 原価高騰、日工組→全遊協へ25,000円のラインを逆に申し入れ
S49年1月 全遊協が3ヶ月の不買運動を決議
S49年6月 23,000円以下のラインで双方妥結、不買運動解除
『機械代たけーんだよ!VS んなこたねーんだよ!』世にも奇妙なこの戦いは半世紀前から今日までまったく同じ図式のまま延々と続けられている。
なんでね、こないだも言うた気しますけど機械代の話はもうせんでもよろしいんちゃいまっか。業界が存続する限り逃れられん宿命ルーティンですわ。
50年も終末のワルキューレの如く戦い続けたらそら共々血みどろになってますわな。理性残る人は何の商売を続けとるんかもう訳がわからんやろうね。
ピンバック: 三味唐辛子
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