パチンコ日報

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第8話 悲しい話 ⑦

崩落

新潟の片田舎で生まれた玲子は二十歳になるまではごく普通の家に育った平凡な少女だった。実家は農家を営み両親と祖母、そして二人兄弟の長女として生まれ、家族五人は何の心配も無く毎日を過ごしていた。そんな彼女がどうして物憂げな顔をしてぱちんこ屋で働いているのか。それにはそれなりの理由があるわけで、人さまの生い立ちはその蓋を開けてみないことには他人にはわかるはずもない。
 
玲子の平凡な家庭にも貧しい家庭にもそして裕福な家庭にも正月は平等にやってくる。あときっかり二週間で長女の成人式を迎える一月一日。決して経済的に裕福とは言えないが、取り立てて不自由のない春日家。日々行うべきことを淡々と、そして懸命に家族が各々の本分を全うして生きて行く。案外幸せの尺度はそんなところにあるのかもしれない。
 
玲子の家が春日家の本家である為に元旦は多くの人たちの出入りでにぎわう。年老いた彼女の祖母はそれが何よりの楽しみであり、今年の正月も例年通りの 素朴なおせち料理に箸をつけ、地元の酒に舌鼓を打つ。あまり変化のない毎日を送るこの家族にとって正月という日は、家族はもちろんのこと親族一同にとってもかけがえのないひと時を過ごすことのできる数少ない大切な日でもあった。

長寿を祝い、今年も皆の健康と豊作を祈る集まった顔はどれも幸せそうに見える。酒を浴びるほど飲む大人たちの顔はみんな赤く、農作業で日に焼けて強張った肌もこの時ばかりは緩んで見えた。玲子はそんな大人たちの笑顔が大好きだった。宴は今年も夜遅くまで続く。
 
しかし楽しい時は永遠に続くわけではなく、名残惜しい別れの時は必ずやってくる。それぞれがこの日の締めくくりのあいさつを交わし散会する時間だ。親戚たちはそれぞれの家路につき、春日家もめいめいが寝床の支度をする。にもかかわらず玲子の祖母はまだ酒を飲んでいた。

「今年の正月はいい。うちの玲子が成人する年だ。本当に目出たい」

満面の笑みをたたえちびちびと日本酒を口にする祖母の顔はまさに恵比須顔であった。

「ばあちゃん、また明日もあんだから今日はこれくらいにしねえと」

と祖母をたしなめる玲子も笑みを浮かべ、口にはしたが本気で酒を止めるつもりはさらさらなかった。一年に一度のことだから。今日はめでたい日だから。
 
だのに現実はこうも無情なのか。この世に神がいるのであれば、何故このような惨い仕打ちをしなければならないのか、と問いたい。
 
祖母を除く春日家の家族四人が深い眠りに就いたころ、祖母は寝しなの一服をつけていた。したたかに酔った祖母はいつものように煙草の火種を器用な指さばきで、枕もとに置いてある灰皿の中に落とした。はずだった。しかしこの小さな火種が家族五人の人生を滅茶苦茶にしてしまったのである。

灰皿に収まるべき煙草の火種は祖母の意思に反し、畳の上に転げ落ちた。あれほどの酒を飲んでいなかったならばすぐにでも気付いたかもしれない。しかし酩酊状態の彼女にその判断力はなかった。
 
何というあっけなさであろうか。結局全焼してしまった家に残ったのは真っ黒に焼けた骨組と四つの焼死体だった。奇跡的に一命を取り留めた玲子は自分だけが生き残ったという現実を呪った。いっそのこと自分も何も知らずに全てを奪っていった炎にこの身を焼き尽くされたかった、と何度も慟哭した。
 
成人式の晴れ着も二十年間の思い出も家族の愛情も一瞬にして失ってしまった玲子は、その後親せきの家を転々としたが、人知れずこの地を去った。亡くなった家族を思うとここにいること自体がつらかったのだろう。殆ど焦点の合わない瞳を携えて彼女は上京していったのである。
 
自分の人生などはもうどうでもよかった。ただ今は東京と言う大都会の真ん中で見ず知らずの人の塊の中に身を沈め、あの忌まわしい過去から逃れたかった。 群衆の中の孤独感。幸せとはほど遠いところにいたが、自分だけが生きているという浅ましさを忘れさせてくれるものだった。
 
玲子がぱちんこ屋に就職したのに特別な理由はない。ただ単に金も無く、住む家も無かったからだ。働いてみてわかったことだがここで働いている人たちの大半が人に言えない何らかの事情を隠し持っていた。それは玲子にとっても同じことであり、自分の過去を詮索されないで済んだことが一番ありがたかった。

思い出したくない過去は軍艦マーチがひと時でも消してくれる。店の喧騒は玲子の傷口を少しだけふさいでくれた。玲子は働き始めてひと月もたたないうちにその店の店長に見初められ、乞われるままにその体を許し、一緒に住み始めた。貞操観念、プライド、将来の人生設計。そんなものはとうの昔にあの焼けただれた家に葬り去ってきた。だから誰でも良かったし、何でも良かった。

つづく


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コメント[ コメント記入欄を表示 ]

  1. 家事の怖さと、ホール企業の人情が光ります。
    文学の事ばかりは私には不得意ですが、私には今回は今までよりさらに小説の文章がうまく感じました。
    徳名人  »このコメントに返信
  2. ピンバック: 徳名人

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