パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第2話 失意 ⑦

カルティエ

食堂では既に酒盛りが始まっていた。

「おーい、坂井。おそいぞお、おまえかけつけ三杯だからなあ」

真っ赤な顔をしたカルティのダミ声。飲みたくもないビールを本当にコップ三杯一気に飲まされた。テンションが低い時の酒はあまりその結果が芳しくないことを僕はよく知っている。心乱れないように気を遣いながら飲む酒ほど不味いものはない。

そして面白くない。もともと酒を好んで飲む方ではないからやはりこの場は苦痛の極みなのである。

「なんだ、坂井元気ないな。初めての経験で疲れたか?」

カルティエの言葉には引っかかるものがあった。僕の心を見透かしてわざと言っているのである。

「いえ、べつに」

うつむきながらふてくされて言った。するとカウンターで働く松本さんが怪しい呂律で僕を擁護する。

「店長さあ、新装開店初体験の坂井さんにさ、入場制限ひとりに任せるのってさあ、ちょっとひどいんじゃない。あたし全部見てたけれどさあ、あれじゃあやる気なくすわよ。ね、坂井さん」

それもショックだった。松本さんはその一部始終を見ていただけでそれで助けもしてくれなかった。同情されても少しも嬉しくない。

「たしゅかにちょっと可哀想だったっしゅね。ひゃかいしゃんにはヒョット荷が重かったかもでヒュよ、店長」

ひょろっとして幸薄そうな関口さんも合いの手を入れる。土気色した顔の関口さんはギョロっとした目が極端に離れている。その顔は痩せたコオロギのようにも見える。前歯が四本もないからしゃべると空気は漏れるわ唾は飛ぶわで迷惑極まりない。当然のことながら正しい発音ができないから自分では坂井さんと言っているつもりでも、どうしても「ひゃかいしゃん」になってしまうのである。

「おまえらなあ、お前ら甘いんだよ!ぱちんこの仕事はこんなもんじゃないことくらいわかってんだろうが。これからやらなきゃなんねえ仕事は山ほどあるんだ。それができないんだったらこんな業界辞めりゃあいいだろが」

吐いて捨てるようにカルティエが言った。

「でもさあ店長、モノには順序っていうものがさあ、あるじゃん」
「あのなあ松本。お前だって最初から仕事覚えるのに誰かから教わったか?だいたい教えてくれるような頭を持った社員がこの店にいるか?ただ言われたことを自分でやって、それで間違えていたら注意されて、それからまたやり直して、の繰り返しだったろうがよ。初心者だからって俺がお前のこと甘やかしたか?三年前を思い出してみろ」

カルティエが松本さんの顔をジッと見据える。

「お前が入社してから一ヶ月は特殊景品の文鎮の数が合わないってこの俺に怒鳴られてばっかりで、お前はそれが悔しくて泣きながら何回も数え直して、また数え直しての毎日が続いたろ?今はもう忘れちまったか?え?でもお前はそこから頑張った。頑張った結果が今のお前の姿だろうが。今じゃもう誰もお前のこと心配なんかしねえし、それどころかみんなお前の仕事に一目置いてるじゃねえか」

松本さんが急に黙り込む。

「坂井、おまえだ。誰もがこんな仕事不安だし、嫌だし、辛いよな。でも俺たちぱちんこ屋の店員はもともとおつむが弱いのばっかりだから体で覚えるしかないんだよ。なあ、木村。お前もそうだろ?うちの店に来てすぐに辞めたい、辞めたいって言ってただろうが。でもお前はほかに行くところもねえし、雇ってくれるところもない。今は仕方なくここにいるんだろうがよ。でもな、そんなお前も俺にとっちゃあ必要な存在なんだぞ。お前は馬鹿だけど俺に怒鳴られても、ど突かれてもずっと俺の後をついて仕事を覚えてきたよな。人間そうやって成長していくもんだ。俺は馬鹿なお前が誇らしいぞ、木村」

いつしかカルティエの声は穏やかになっていた。そして木村くんの目にはうっすらと涙が浮かぶ。松本さんは泣いている。そして関口さんはどこを見ているのかわからない。

「大学卒業してネクタイして会社勤めするのがエリートなら俺たちゃそのエリートになれない世の中のハミ出しもんだ。まあ、別にエリートになりたいとは思わねえがよ。でも俺は奴らより下の人間だとは思わない。所詮ぱちんこ屋の店員だろうって馬鹿にされても俺は悔しくなんかない。俺はぱちんこが好きなんだ。なんか辛気臭いのが嫌だから賑やかな場所で仕事して、客と出るの出ねえのってやり取りが好きでそれを楽しんでいるのさ。ガラの悪い客もいるけどよ、あいつらもああ見えて結構人は悪くねえよ。俺たちみたいなハミ出しもんでもまともに相手してくれるからな」
 
僕はカルティエのまだ見ぬ部分を垣間見た。そして何故かいとも簡単にまだこの店にいてもいいかな、とそんな気持ちにさせられた。

こうして見るとかなり強烈な個性だけど、ここにいるみんなはそ、れほど人は悪くない。自分の育ちの良さを鼻にかけるつもりはないが、僕より何倍も苦労してきた人たちばかりのようだ。僕はまだ何もしていない。世の中のことを何も知らない。僕は自分の甘さを痛感した。

「さあ、そろそろ三時も過ぎたし寝ようや。明日も忙しいからな。坂井、あすもお前に入場制限頼むからな」
「はい、わかりました」

と言ってしまった僕は自分に驚いた。と同時にこれで良いのかもしれないとも思った。カルティエも結構思いやりがありそうだし、何よりも皆が優しい。今はさっきよりはっきりとこの店にいてみようと思った。

「おい、坂井。明日子ガメにズボン脱がされないように気をつけろよ。ガッハハハァ~」

やっぱりこいつだけは好きになれない。「いつか復讐してやる。いつか辞めてやる」僕の心にはメラメラと呪いの青白い炎が灯った。
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  1. 牛丼(匿名人)コメントお待ちしております。
    パチンコ業界は、ホワイト業界です。  »このコメントに返信
  2. ピンバック: パチンコ業界は、ホワイト業界です。

  3. パチンコ屋の店員は仕事として頑張ってる
    のはいいが、パチンコは家庭を壊してしまい
    まともな娯楽から逸脱して金を儲けてきた。
    無くて助かる人はいてもパチンコがプラスに働く
    事なんか少ない。パチンコは悪でいいと思います。
    パチンコ屋ってなんで馬鹿にされて嫌われるかを
    真面目に考えたら今みたいな事は無かったよな
    負け組  »このコメントに返信
  4. ピンバック: 負け組

  5. 客と出るの出ねえのってやり取りが好きでそれを楽しんでいるのさ。

    今は、もう無理やな。全ては、差玉、差枚数がどれだけ店のプラスになっているかだけ。
    客は、金儲け目的だから。金儲けが出来ないから客が減る。その1台の生涯稼働において客のプラスなのか、もうその基準に来ている。客は、その1台の生涯稼働において客のプラス、根本的に客がプラスなのかその基準だ。パチンコならば試験上、アウト6万発(10時間)で約2万発の客のプラスであればアウト12万発(20時間)で約4万発の客のプラスになっているかだけ。

    客も、その1台の生涯稼働において客のマイナスでなければ営業出来ないんだろ?
    という考え方になっているから、客が減るのは当然やろうな。毎日、全台、客のプラスにさせる気は一切なし。目先だけではなく、その1台の生涯稼働においても。だから、客は減るのである。客が金儲けが出来るの施設であるかどうかだけ。それが業界の社会貢献であり、業界の発展や成長やな。
    匿名希望  »このコメントに返信
  6. ピンバック: 匿名希望

  7. そんな時代もあったよね~。
    思い出すな…。
    従業員はみんな刺青入ってるし小指は無いし。
    名前はほぼ全員が偽名だしw
    偽名なのに社会保険入れちゃうしw
    給料日翌日には必ず誰かいなくなっちゃうしw
    夫婦が入れ替わっちゃうなんてこともあったな~。

    古き良き時代だったな。
    名無し  »このコメントに返信
  8. ピンバック: 名無し

  9. 懐かしいですね(-_-)
    時期は後何年か後に成りますが、この様な方達を手なずける(言い方は悪いですが)のは本当に大変だった記憶が有りました(^^;
    カルティエみたいなのも若輩が頭から押さえないと行けないのですが差玉のみで営業してきて、まかり通って来た様な人達ばかりだったので何も言えない様に数字で納得させるのは激しいストレスを伴いましたが数字が出る(当たり前)と快感でしたね(^-^)
    もと役員  »このコメントに返信
  10. ピンバック: もと役員

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