完全に陣取り合戦が終わり成熟していたプリペイドカード市場。東日本、中部、西日本の3ブロックに大手商社を母体とするカード会社3社がきれいに棲み分けしていたために、第4のカード会社が隙入る余地など残されていなかった。
ここへ6年の歳月をかけて果敢に攻め込んだのがクリエイションカードだった。
警察の肝いりで設立した先行カード会社は、その後大量の偽造カード問題やカード会社への警察の天下り問題、さらには独禁法などの絡みで門戸を明けざるを得ない状況に追い込まれていたことは事実。
濱野凖一社長の強いリーダーシップのもとにプリペイドカード開発が進められてきた。
ところが、スロットは作れてもカードに関しては業界歴は0。知識も乏しかった。これを技術面で助けたのが松下電工㈱電子材料分社だった。
成熟している市場へ切り込むためにはよほどのメリットがなければ、普及しない。そこでクリエイションは先行カードが散々破られたセキュリティには、特に万全を期した。
加えて、ランニングコストを抑えるためにカードは300回繰り返し使えるようにし、1枚当たりの値段を0.093円まで下げることに成功した。
さらに普及に拍車をかけたのが座ったままカードが買えたために、売上げ、稼働が伸びたこと。大阪を中心にまたたくまに全国へ普及していった。
その結果、親孝行なクリエイションカードは、親会社の高砂電器の株価を9000円台まで押し上げたこともあった。
紆余曲折を経て、孝行息子は結局売りに出され、ピンチが続く親の台所事情を助けることになる。
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この話の先はありますか?非常に興味があります。
しかしあの頃のカードのセキュリティーは今では考えられないレベルでしたね。
ピンバック: 元店長
全国共通で使えたなんて…それが被害を拡大
ピンバック: Unknown
偽造し放題のテレカの技術をそのままに、全国共通で1万円カード。狙われないはずがなかった。NTTはあの頃は官僚体質そのものでした。
ピンバック: 営業1号