東京の換金システムは長らく、他地域とは一線を画してきた。警視庁は「換金の事実そのもの」を認めることはしない一方で、「景品として十分な価値を持つものが流通しているならば、三店方式の理屈は成り立つ」という立場を取ってきた。その象徴が金地金である。
誰が見ても価値が分かり、換金所が買い取る理由も明確。いわば換金システムを正当化するための「最適解」として金地金が選ばれた。
しかし、その合理性は「金価格が安定している」という暗黙の前提の上に成り立っていた。
平成3年にスタートした時は1gの大景品が2500円で、誰もが金価格がその後10倍以上になることを想定できなかった。
その前提が、いま完全に崩れている。金価格は2万円台後半まで高騰し、特殊景品としての金地金は「すぐ換金するもの」から「保有すべき資産」へと性格を変えてしまった。1gの大景品は廃止の憂き目に。去年10月から0.3gが大景品(9000円)に昇格した。
結果、客は換金しない。抱え込む。流通量は減る。ホールは必要な特殊景品を確保できなくなる。換金システムは、客の合理的行動によって内側から崩壊し始めている。現に貯玉率が極端に下がったホールもある。貯玉していても利子は付かない。それなら全部引き出して特殊景品と交換して、手元に持っておく。制度違反でも不正でもない。ただ、経済原理に従っただけだ。
銀地金への切り替えは、苦肉の策だった。しかし、これも同じ問題を抱えている。銀価格も上昇局面に入り、「いずれ値上がりする」という期待が生まれれば、再び抱え込みが起きる。素材を金から銀へ変えたところで、「価値が上がる特殊景品」という根本構造は何一つ変わっていない。
ここで直視すべきなのは、警視庁モデルそのものの限界だ。金地金は確かに「価値がある」ことで換金の理屈を補強した。しかし同時に、価値があるからこそ換金されないという矛盾を抱えていた。これは制度設計上の致命的な欠陥である。
本来、特殊景品は資産であってはならない。価値が保存・増大するものであれば、誰も急いで手放さない。特殊景品とは、「換金されて初めて意味を持つ消耗品」であるべきだ。ここを履き違えた瞬間、循環は止まる。
打開策は貴金属そのものからの脱却だ。金・銀という国際相場と連動する素材を、特殊景品に使うこと自体が誤りである。外見上の信頼性を保ちつつ、価値の低いメッキ素材へ切り替える。これだけで抱え込み動機はなくなる。
また、スマート遊技機時代を見据えれば、ICタグやQRコードを使った「デジタル特殊景品」への移行も現実味を帯びてくる。流通量を完全に管理でき、抱え込みや横流しを防げる点で、制度の安定性は飛躍的に高まる。
今回の問題は、金価格の高騰という外的要因で表面化したが、本質はもっと深い。警視庁が「価値」を重視しすぎた結果、「循環」という換金システムの生命線を軽視してしまった。その歪みが、いま噴き出している。
価値のある特殊景品で換金を正当化する時代は、終わりを迎えつつある。これから求められるのは、「価値」ではなく「機能」を基準にした制度設計だ。その転換ができなければ、崩れるのは地金ではない。東京の換金モデルそのものである。
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