パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第8話 悲しい話 ⑥

心機一転
 
高校生の時分に大分荒れはしたものの秀樹はもともと悪い性格の持ち主ではない。要領の悪さは否めないが人情味に篤く、人を好む。そしてやると決めたことは何が何でもやり通すという根性の持ち主でもある。

新たな職場を探すべく心機一転を決め込んだ秀樹は思い切って頭を刈った。自分の決意が揺らがないようにと殊勝なことに坊主にしたのである。ここら辺の判断の鈍さが要領の悪さを物語っている。世の中はそんな秀樹の思いなどにかまってはくれないのに。
 
今回は当てのない旅ではなかった。理由は知る由も無いのだがストリップ小屋を止める前から次はぱちんこ屋と密かに決めていた。彼は奇しくも一年前にも手にした『KIOSUKU』の紙袋に身の回りのものを詰め、とあるぱちんこ屋の門を叩いた。

「従業員募集してますか」

精一杯の明るさを込めた声で事務所に入っていった。

「何だ、お前は。懲役帰りか。うちは懲役帰りを使うほど困ってねえぞ」
とにべもない返事が返ってくる。

「違います。自分は懲役とか行ってません。昨日までストリップ小屋で働いていました。で、これからぱちんこ屋さんで働きたいと思って来たのです」

「ストリップ小屋だあ?だからどうしたってんだ。お前何一人でそんなに息まいてんだ。態度ワリイぞ」

「すんません、緊張して、つい」

「ほう、一応頭下げることは知ってんだな」

事務所にいたこの不遜な態度の店長風の男は秀樹の頭のてっぺんから足のつま先まで、今にも獲物をとらえて食べてしまいそうな鋭い眼光で観察を続ける。その視線には遠慮の微塵もない。

「ふ~ん、で履歴書は」

「はい、あります。俺、一生懸命に働くんでどうかここで使ってください」

秀樹はここぞとばかりにそのクリクリ坊主の頭を低く垂れた。

こうして秀樹のぱちんこ物語は始まった。しかし彼のその物語はその情熱とは裏腹に順風満帆とは行かなかった。何せガラの悪い連中がたむろする場所である。客からは怒鳴られ、頭を小突かれ、同僚の先輩社員たちからも要領が悪いと叱られた。叱られるだけならまだしも時には鉄拳制裁と言う名の教育もいやというほど受けさせられた。ここでは誰も秀樹に対して優しくする人間はいなかった。
 
しかし不思議なことに秀樹はこの店を辞めなかった。今迄のパターンであればすぐさま辞めてもおかしくないほどの状況であるにもかかわらず、彼は毎日を馬車馬のごとく働き続けるのである。秀樹は実はこの店が好きだった。正確に言うとこの店の喧騒が好きだった。

自分の暗い過去やイジイジした思いも調子のよい軍艦マーチが勇気づけてくれた。ホール周りをしていて足が痛くなっても店の従業員の呼び込みマイクが癒してくれた。水を得た魚のような秀樹は、お客さんが出したたくさんの玉を流しながらこう思った。

「これはやっと見つけた俺の一生の仕事。絶対にのし上がってやる」と。

カルティエこと田中秀樹。人生のまき直しを図り、今日も朝から晩までホールを駆け巡る。お客に愛想を振りまき、ホールに落ちている玉を拾い続け、駐輪場に置かれている自転車の整列からごみ出しと、ぱちんこ屋の仕事は山ほどある。

一日中働き続ければ足は棒のように硬くなり、店内の騒音で耳鳴りが止まらない。お客が吸うたばこの煙を胸一杯に吸い込むと鼻毛はぼうぼうに伸び、仕事が終わる頃には真っ黒い鼻くそが山ほど出る。そんなことを秀樹は鼻にもかけない。ただひたすらに、毎日を懸命に生きる。
 
どんな人間でもまじめにこつこつと日々を送ればその人間の資質は高まる。人間の質の向上はやがてその人の魅力となり周囲の人たちの目に留まるようになる。ぱちんこ店に入社してはや六ヶ月。その間、一心不乱に働く秀樹をじっと見守り続けていたひとがいた。
 
その人の名前は春日玲子。女性である。年はもうすぐ三十に手が届く。この店で店長の妻として八年前から働いているベテラン社員でもある。玲子のトレードマークは一つに結んだ黒髪。艶やかな髪が背中まで伸び、ほどよくぬったファンデーションが持ち前の肌の白さを際立たせる。

一見男好きのする顔立ちだ。この 店に出入りするほとんどの男性客は、玲子の前を通る時に露骨に物欲しそうな視線を投げる。しかし玲子はそんななことにはお構いもせず、黙々とカウンターの仕事に集中する。
 
彼女は極端に口数が少ない。お客がぱちんこ玉と景品を交換しに来てもほとんど口を開かない。話しかけられてもほんの少し口角を上げる程度でその目は笑わない。よく見ると玲子の顔は美人ではあるが、その表情には暗い影が見て取れ、どこか薄幸の雰囲気を漂わせている。

瞳は絶えず憂いを湛え悲しみが漂っている。美人の特権なのだろうか、普通ならば「愛想が悪い」と客から文句の一つも出てくるところであるが、反して彼女にそういったクレームをつけた客は今まで一人もいない。もっとも店長の妻という立場が厳然としてある以上は当然なのかもしれない。
 
何故当然なのか。このぱちんこ屋ではお客は決して偉くはない。偉いのは客ではなくてここの店員なのである。そして店長とはまさに店員の長であるから客はおいそれと店長に文句も言えない。文句など言おうものならば店長の独断でこの店の出入りを即刻禁止されてしまうから、みんな黙っている。

更に言えば、店員は顧客にサービスを施すのではなく、客が店で悪さをしないかの監視をする為に存在するもの。更に店長はその店の法律であり、規律である。当時のぱちんこ屋とはそんな体をなしていた。今では信じられない話ではあるが。

つづく

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コメント[ コメント記入欄を表示 ]

  1. ダイナムの元社長も98年のセミナーでチェーン展開するにあたり大変だったのは昔気質の店長を解雇する事だったと語った。
    猫オヤジ  »このコメントに返信
  2. ピンバック: 猫オヤジ

  3. >今では信じられない話ではあるが。


    今でもその偉そうで横柄な考えの業界人、ここにいますよ?毎日のように不愉快なコメントで顰蹙かってるでしょ。
    信じられない話?現に実在してるんだから信じますよ。
    お客、なんて呼び捨てにしている時点で現代には生きられない人間だろうけど。

    ここにいるあきらかに幼児に退行しているあの老人が特異なのか、それともこの業界を牛耳るトップたちは、まだまだあんなのと変わりないような、作中に出てくるような時代錯誤の人間なのか。
    どっちなんだい!(
    まぁアレが特異なんだと思う事にしよう。

    店長に文句言ったら出禁?
    ここにいるアレの店ならいまだにそうなるのでは?

    店員は客が悪さをしないように監視している、ってのは面白いね。
    今じゃ逆じゃない?
    店の人間が悪さしないように客がカメラで釘チェックしたり監視したりしてますがなw


    この作文は、過去の栄光に浸って楽しむ系なのかな?
    まぁ栄光だと思っているのはいまだに過去に生きている輩だけだと思うけど。
    昔はこうだったけど、今じゃ素晴らしい業界になった!って思わせたい作文なのかもしれないけど全く思えませんしね。
    名無し  »このコメントに返信
  4. ピンバック: 名無し

  5. KIOSUKUじゃなくてKIOSKです。
    しかもなぜか「KIO」の部分だけ全角文字でSUKUは半角文字。

    フィクションだから名前を変えたのかもしれないけど、他のは全部固有名詞そのままだしなぁ。

    もともと昔の話で、そこから更に過去に遡ってるのにJRだったりマクドナルドだったりがあって、一体いつの話?と混乱。

    そんな、どうでもいいことばかりが気になってしまいます。
    添削家  »このコメントに返信
  6. ピンバック: 添削家

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