パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第7話 本当の恐怖 ⑤

沈黙の扉
 
「いいにゃ、やくじゃもんひゃひとみゃえではじをかかしゃりぇることを・・・・」

倒れこんだ僕は恐らく必死の形相をしていたに違いない。今までこんな恐怖を味わったことがない。
世話役が何やらわけのわからない言語を口にしたと同時に、いきなり上あごから入れ歯がはずれたのである。

間違いなく日本語でしゃべっている。しかしそのほとんどの音はふがふがとしか聞こえないのである。おまけに骸骨のようにカタカタと音を立てたかと思ったら、今度は入れ歯の半分が唇から飛び出してはひっこみ、飛び出しては引っ込みをくり返す。

しかし世話役は何故かその状況に気づいていない。それどころか表情はいたって真剣であり、僕にさらなる恐怖を植え付けようと名調子よろしく、これでもかというくらい凄みを利かせているのが目を見ればわかる。そんな状況でも今の僕に笑える余裕などあるはずもない。できることは世話役が言わんとしていることを暗号の解読をするかのように必死になってその意味を探ることであった。

「いいか、やくざもんは人前で恥をかかされる事を死ぬほど不名誉に思う。今日この爺さんはお前さんに二回も恥をかかされた。ということはだ。やくざとしての致命傷を二回負わされたということだ」
と言ったのだろう。

いやきっとそうに違いない。そう解釈してこくりとうなずく僕はそれ以外身体が固まって動けない。

「世話役、お口元が」
と言った若い衆が世話役の口に自分の手をもっていった際、少し腰をかがめた。ほっとしたのも束の間、僕の目に若い衆が着ていた長袖シャツの胸元から古風な紋様に極採色の刺青が入ってきた。筋金入りの本物のもんもん(刺青)。僕はもう観念せざるを得なかった。何を言おうがこの状況を作った原因は自分にあるの だから、あきらめて事務所についていくしかあるまい。

「わかりました。お爺さんの言うとおりそちらの事務所に伺います」

僕は蚊の鳴くような小声でつぶやいた。入れ歯を元の位置に納め威厳を取り戻した世話役は「うむ」と言って着流しの襟元をピシッと整えると、ついて来るよう目で合図をした。
 
僕は嫌も応も無く二人のあとをとぼとぼと歩き始めた。外はまだお昼であり日差しが暖かい。反して僕はかなり危険な状況におかれているのであって、最悪のシナリオを自分で勝手に書き始めていた。

監禁されたらどうしよう。事務所で待機している本物のやくざたちにボコボコにされて、簀巻きにされて川に流されるのは江戸時代の話。今はコンクリート詰めにされて東京湾に沈められてしまうのか。この日の光を除いて明るい材料は何一つない。
 
僕の首はうなだれ、肩はがっくりと落ち死刑宣告をされた死刑囚のように駐車場を通る。何の因果でこうなったのか。自分のせいとはわかっていても僕はこの運命というか人生そのものが恨めしい。
 
世話役の言う事務所は店から歩いて十分ほどの距離だった。そしてそれは小さなマンションの一階に門を構えていてここがそうなのかと、意識してみなければ 通り過ぎてしまうほどこじんまりとしていた。

但し近くに寄ってみてわかったことだが、入口の扉はかなり頑丈にあつらえられていて、それらしき雰囲気は充分に 表れている。おまけにドアの脇には『稲山会上州田上一家八幡組』という仰々しい看板が掲げられており、ここに入るものを拒むかのような佇まいであった。
 
ああ、とうとうここまで来てしまった。事務所で感じた恐怖心は不思議となかった。だがそれにとって代わる絶望感がかなりの重さをもって僕の胸を押しつぶす。

重たそうなドアを若い衆が開け、世話役が当然と言わんばかりの体で黙って中へ入っていく。僕は若い衆の目配せを合図にそれに続く。事務所の中は静かで 中には誰もいなかった。ねずみ色のスチールでできた事務机の上には黒い電話が一台あるだけだった。これは映画でも見た風景である。僕はさらにその奥の部屋へ通される。
 
重厚な感じの年季の入った赤いソファー、いかにも高そうなブランデーやウイスキーがこれでもかというくらいひしめき合って陳列されているサイドボード。 ウミガメや鹿の頭の剥製。あるものはそれなりに揃っているのだろうが見た目の印象はいたってシンプルな応接間だった。僕はこうして周囲を観察できるほどの 自分の冷静さに少し驚いた。

「そこに座りなさい」

世話役は落ち着いた声で僕に声をかける。言われるがままにふかふかのソファーに身を沈める。彼はしばし沈黙を重ねる。置時計のコチコチという音だけがやけに大きく聞こえる。
 
十分も過ぎただろうか。先ほどの若い衆がコーヒーをもって入ってきた。

「飲みなさい」と世話役が短く声を発した。若い衆が黙って部屋を出る。

「若いの、力道山が何故死んだか知ってるか?」

「いえ」

知る由もない。そして唐突な質問に多少たじろぐ。ズズズーとコーヒーをすする音。世話役はほっとした面持ちで天井を見上げる。そしてまた沈黙。
 
僕はこの時初めて無言ほど怖いものはないと知った。何か言葉を発してくれればそれに応えることもできる。叱られればすみませんと言って頭を下げることもできる。殴られれば歯を食いしばって耐えることもできるだろう。しかし沈黙には沈黙をもって応えるしかない。それが怖いのである。

つづく


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コメント[ コメント記入欄を表示 ]

  1. 何か情け無さ過ぎてなんかモヤモヤしますね┐⁠(⁠´⁠д⁠`⁠)⁠┌ 
    相手が例えヤ○ザだろうが何だろうが一昔前は店が舐められたら本当に終わりでしたよ(⁠^⁠^⁠)
    もと役員  »このコメントに返信
  2. ピンバック: もと役員

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