ドタバタ劇のあとから寝床に着くまで何をしていたのかあまり覚えていない。そして今日起きた様々な出来事が生々しい。未だに信じられないカルティエと関口さんの公金横領。木村くんがしたことだって金額が小さいっていうだけで立派な横領である。どうでもいいことだが連獅子が西田と連れ込みホテルに行ったということもショックといえばショックであった。
どうしてみんな嘘をつくのだろう。嘘をついて人の目をごまかして表向きでは格好つけて生きていく。そんな人生を生きていて何が面白いのだろうか。彼らをなじってみる。なじった後で僕は矛盾を感じる。それは自分自身も機械に細工をする共犯者として横領に加担しているからだ。僕が人を責めることの権利なんてあるはずがない。だいたい自分が満足な人生を送れていないのに、他人様に対してバツ印をつけること自体がナンセンスである。
考えてみれば好き好んでこの業界に入ったわけじゃない。たまたまの巡り合わせでこの店の門を叩くことになっただけだ。特別な技術や能力があるわけでもないし、この仕事に対する思い入れや執着なんかさらさらない。でも何かのめぐり合わせによってこの店に入った僕は『出会いは必然だ』なんて格好のいい言葉の響きに半ば共感しながら、それがいいんだ、正しい道なんだと自分の感情をごまかしながらなんとか今まで働いてきた。
最初は夢もあったし、希望もあった。初めて社会に出て一端の社会人として、一人の確立された大人としてどう生きていくべきか真剣に考えてもみた。しかし今はそんな思いなんて欠片ほどもない。やめるべきかな、と真剣に考えた。
眠れない夜と煙草はつきもので僕は相も変わらず万年床の上にあぐらをかいて、煙を吐く。ドアの向こうから足音が聞こえてくる。仕事が終わってみんな戻ってきたのだろう。いつもなら食堂の前あたりでその足音は止まるのだが二つの足音が僕の部屋の前まで来て止まった。
「坂井さん、起きてるでげすか」
木村くんの声はいつもよりトーンが低い。黙ってドアを開けると関口さんもそこにいた。「よう」と言って当たり前のように部屋に入ってくる。
「酒飲みしょうよ。コンビーフと牛肉の大和煮とチーズ味のカール買ってきやしたぜ」
二人はコンビニの袋からビールとつまみをいそいそと取り出し勝手に飲み始めた。僕も無言のままそれにつきあう。
最初は酒のつまみにという軽い気持ちで木村くんのこれまでの面白い話を聞くに過ぎなかった。今までだって彼の話はいつも陽気で笑える話ばかりだったから、今日もそんなノリで始まったくらいにしか思っていなかった。
暴走族上がりでいつもいきがっている木村くんの話は、幼少の頃どもりがひどくて近所の悪ガキたちからいじめられていたところから始まる。中学を卒業する間際にそいつらに報復をしてやりたいのだが自分ひとりの力ではどうにもならないことを知っていたから暴走族に入っ たのだという。屈折した考えではあるが僕にはそれを批判することはできない。なぜなら幼い頃に背負った傷は本人が克服しない限り癒えないことを知っていたからである。
彼の話は僕に少なからず悲しみと小さな感動を与えた。小さい頃からいじめられていた木村くんは、ここでもそのトラウマのせいで自分の意見を言うことができず、周囲に対して卑屈なまでに腰を低くし、先輩たちはおろか後輩たちにまで馬鹿にされ、通年使いっぱしりをさせられ ていた。
木村くんの二の腕には煙草の火で皮膚を焼くいわゆる根性焼きの跡が無数にある。一体何をしでかしたのかと聞いてみて呆れてしまった。
普通は自分に根性があるところを見せるために行うものらしいが、彼の場合は先輩たちからお仕置きをされて出来たものだ。本人は自分の失敗に落とし前をつけた証だというが、要するにそこでもいじめを受けていたわけである。
僕が到底理解できないのは、そんな仕打ちを受けながらも本人はそれでもチームから抜けようとは思わなかったということである。どうしてなのか、と問うと小学生の頃のいじめは全くの孤独を強いられたものであったが、ここに入っては同じいじめでもどこかに連帯感が有り、一人ではないという安らぎがあったと木村くんは言った。それが仲間というものだという彼の理論には正直かなりの無理を僕は感じた。
つづく

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。
をよこせ」とか言わない所が何か面白いですね(^-^)
木村君の過去話は何ともやるせない気分になりますね(-_-)
性根は間違い無く良い人間だと感じますので、入社する
法人や上司&周りが悪く無ければ意外と伸びそうなのに
残念ですね(-_-)
続きが気になる(*´ω`*)
ピンバック: もと役員