パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第1話 ぱちんこや ⑤

店長の涙

僕が入社してから2週間ほど経った頃だろうか。チェリオの息子が満面の笑みを浮かべてカウンターの前に姿を現した。

「おかあさん、郵便局に就職決まったよ」

ヌシはその言葉を聞くやいなや、その場で泣き崩れた。少し遅れてチェリオも二人に寄り添いおいおいと声を上げて泣いた。親はしがないぱちんこやのホールまわり。倅は立派な公務員。一体どこの誰がそんな話を信じるか。

いやいや二人にとってそんなことは関係のないこと。夢のような現実だけが今は大切なのである。あとで聞いた話だが二人の給料は合わせて27万円。出来の良い息子を持つこの両親は、一切の無駄使いをせずに毎月18万円を貯金していたそうだ。

人の財布を勘定するなんてことはあまり褒められたものではないが、18年そんな生活をして貯めたお金はかなりの金額になるはず。それもこれも息子のためだけにこの夫婦は質素な生活を全うし、現在に至るのである。一人前になった息子の就職が決まっての涙は二人にとって今までの努力の結晶ではないか。
 
その日は店長の呼びかけでチェリオとヌシのための祝賀会が開かれた。久しぶりに食べる焼肉の味は格別だった。社員総出で飲めや食えやの大騒ぎ。みんなお腹をすかして夜の12時にもなろうというのにここのテーブルだけ大騒ぎ。

「今日はいいからねぇ。みんなどんどんたべてねぇ」と途中参加の社長もご機嫌な様子だ。

そして最後には社長からのお祝いの金一封が二人に手渡された。なんとも感慨深いものがあった。僕はこの日の一体感を肌で感じていた。みんな一癖も二癖もある人たちだけれど、こうして見るとまんざらでもないな、と心が温かくなるのを感じた。
 
好事摩多し。それから三日経ったある日のこと。自分の人生を一人息子の為に一生懸命働いて、さあ、これからだという矢先にチェリオは胃をこわした。ヌシの話では癌であるという。なんということだろうか。まだ42歳だというのに。

当時の癌という病気は今と違ってかなり深刻な病気であった。チェリオはいろいろ考えた末に退職を決意した。会社のみんなに迷惑をかけるから、というのがその理由らしい。

「そんなことはないだろう」というのが僕の気持ちなのだが実際にチェリオがホールで充分な仕事ができないのであれば、新しい人材を補給しなければならない。チェリオの為に一人分の人件費を増やすことはできないという事情があるという。
 
ぱちんこやは儲かっているのにそれくらい面倒見てあげてもよさそうなものだが、現実はそうはいかない。結局、わずかばかりの退職金を握り締め、二人はこの会社を去っていく。一人息子はこの場所にアパートを借りて残るそうだ。そしてふたりは故郷に帰るという。荷物をまとめて寮を出て行く姿を見て僕まで泣きそうになった。

慰めの言葉が見つからずモジモジしている僕を見たふたりは、
「坂井さん、元気でね。仕事頑張ってね」と歩み寄ってくれた。

頼り無さ気なチェリオのかすかな微笑みがやけに悲しく写った。悲痛な思いで一晩過ごした僕にも今日という日は容赦なくやって来る。いつもどおりに目が醒めて、いつもどおりにホールに顔を出す。掃除を終えて事務所に用事があるため、ノックをしてから扉を開けた。そこには金無垢のローレックスをはめ、これまた金のカルティエの眼鏡をかけた悪人ヅラの店長が何故か一人で泣いていた。

店長は僕の顔を確認すると「坂井、おまえはあんなことすんなよ」とひとこと告げ、さらに激しく泣いた。

僕にはなんのことだかさっぱりわからない。二人しかいない事務所に沈黙の時間が過ぎていく。ひとしきり泣いたあと店長はやっとその重い口を開いた。

「あの夫婦はなぁ・・・」

僕は今までこんな悲しい声を聞いたことがない。そしてそのあとに続く衝撃的な事実を知って僕は絶句した。

林さんは店長が釘調整をした後、よく出る台を顔見知りのお客さんにこっそりと教えては謝礼として現金をもらっていたというのだ。僕はその話は嘘だろうと何度も、何度も店長に聞き返した。あの善良そうな人がそんなことをするはずがない。

十八年も真面目に働いてきたのにそんなことはありえない。心で反発した。しかし数日後、社長からの伝達があった時に僕は事実を認めざるを得なかった。林さんが癌だと言ってやめていったのは真っ赤な嘘だったのです。そして僕は人が信じられなくなる。



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コメント[ コメント記入欄を表示 ]

  1. パチンコ屋あるあるの定番ネタですね(こう言う事があるから、釘や設定を他社に委託するオーナーが増えた)
    メーカーの営業マンなんかも会社に言えないごにょごにょしてたりとか、この手の話は尽きませんな
    名無しの打ち手  »このコメントに返信
  2. ピンバック: 名無しの打ち手

  3. 確かに当時の三行広告では夫婦手取り30万上!即入寮、準2部などの文言がズラリと並んでいた。その店の社長さんは良い人ですね
    猫オヤジ  »このコメントに返信
  4. ピンバック: 猫オヤジ

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