ホール周りを一緒にしながら私に仕事を教えてくれた人がいる。
林さんという当時42歳のおじさんは、夫婦で働いている。林さんはとても真面目で口数が少ない。当時ホールにペプシコーラの自動販売機が置いてあって、そこにはオレンジ色の炭酸飲料も一緒に売られていた。
渦巻き状に型取られた瓶が特徴的で、ペプシコーラより若干安い。
チェリオ。
僕もそのチェリオは学生の頃よく飲んだ記憶がある。そのチェリオを林さんは一日に5本も6本も飲む。まるで何かにとりつかれたように暇さえあればよれよれの小銭入れをズボンのポッケから取り出し、ちまちまと小銭をより分けてそれを買う。
そこで皆が付けたあだ名はチェリオ。チェリオはとても痩せていて、見た目にも貧弱なおじさんに見えた。突風でも吹こうものなら世界の果てまで飛んでいってしまうのではないかというくらい頼りなさ気な佇まいだ。
そんな林さんには高校三年生になる一人息子がいて、奥さんと三人一緒に二階にある社員寮で住んでいる。
チェリオは23歳でこの店に入った。(僕と同じ歳だ)入って三ヶ月目でカウンターを取り仕切る、レディーと呼ぶには程遠い容姿の女性と結婚したそうだ。それがヌシである。なぜヌシなのかは入ってすぐにわかった。店長を除いてヌシに逆らう者はおらず、その絶対的、圧倒的存在感は来る者を何人たりとも寄せ付けない風格を持っているからだ。
カウンタレディー?のヌシはホール業務のことは全てに精通していて時には店長さえも強気に出れぬ程だ。ヌシが妊娠した!という一大ニュースがホールに流れたとき、従業員のみんなは林さんを哀れんだ。間違いなく狙われたに違いない、と大いに同情した。
が誰もそのことを口にする者はいなかった。妊娠したヌシはますます強大な体躯をゆっさゆっさと揺さぶりながらアルプスの少女ハイジのような真っ赤なほっぺで出産直前まで仕事をしていたらしい。
店長が止めても言う事を聞かず、生まれてくる子供の養育費を稼ぐのだ、と言っては豪快にホールを走り回っていたとか。思い起こせば僕は今迄この様に豪快でタフな女性を何人も見てきた。ぱちんこやで働く為には女性は女性であってはならないのか。
僕はこの林さん夫婦が好きである。ぱちんこの「ぱ」の字もわからない僕に二人は良くしてくれた。店長がそれを汲み取ってかどうかは知らないが、昼の食事休憩はたいてい僕とチェリオとヌシの三人で食べた。
食事の最中だけチェリオの口数が多くなる。僕が尋ねてもいないのに勝手にべらべら話し出す。あまりお話が過ぎると「うるさい!早くご飯食べれ!」と、ものすごい剣幕でヌシに怒鳴りつけられる。
チェリオはその時だけバツが悪そうにして一気にご飯を掻き込む。ヌシの命令は絶対だ。僕はそんな光景を微笑ましい気持ちで見守っていた。春まだ浅い、ある日そんな二人に朗報が訪れた。
つづく

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