この店の店長はでっぷり肥った、小柄な人。カルティエの金縁めがねをかけている。もちろんこの人もパンチパーマであることは言うまでもない。吸っているたばこは『峰』。聞くところによるとその煙草の葉はセブンスターの良い部分だけを選別して巻いた煙草らしい。
どうでもよいことを自慢げに話すことの多い、悪人面したこの店長、意外にも働き者で、自分の人生設計もままならないのに、何とかこの店の秩序を保とうと、必死にホールを駆けずりまわっている。
50歳は超えているだろうと思ってみていたのだが、先輩から聞いたらなんとまだ36歳だという。一体どのようにしたらここまでみごとに老けることができるのだろうか、とこちらが心配してしまうほど老けている。
仕草も見てくれも完ぺきなオヤジ以外の何物でもない店長の朝は早く、7時半には店を開けにくる。店に入るや否や分電盤のスイッチをまるでピアノの鍵盤をたたくように軽やかに、そしてリズミカルに入れていく。
ホールに蛍光灯の明かりがつくと、掃除である。今でこそ掃除専門の人たちがお店に来て仕事をしていくのだが、このころにそんな贅沢なシステムなどあるはずもない。店長の後からぞろぞろと店に入ってくる僕たちは日本手ぬぐいを指に巻きぱちんこ台の清掃に取り掛かる。もちろん店長も一緒に、だ。
掃除が終われば次はお菓子や雑貨商品の発注、特殊景品の納品立会。店長はいつもどおりに日常の業務を次々と消化していく。
「おーい、集合!」
従業員たちはその言葉を合図に今取り掛かっている仕事をほうり投げ、いそいそと景品カウンター前にぞろぞろと、かったるそうに集まる。
「おい、ちゃんと並べ!ぴりっとせんか。ぴりっと!」
ぴりっと、とは店長の口癖だと聞いてはいたがその体型にはあまり似合わない表現である。僕はその異様に出張ったおなかをぴりっとしたほうがよいと思うのだがもちろんだまっている。整列を確認して、本日の連絡事項を一方的にそして早口に告げる。
「はい、じゃあ一服して!」
景品カウンターの上には人数分のジュースと各人の好みのたばこが置いてある。従業員はそれらをまたもやかったるそうに手にしていく。これは無料で配給される。お金がない僕にとってこのシステムはありがたい。
店長はこの後事務所に入り、僕たちは景品カウンターから一番近いぱちんこ台の椅子にすわる。そして戦闘準備を整えるべく、ジュースと煙草を交互に口に運ぶ。天井を見る者、下を向くもの、誰も聞いていないのに一人で何かを延々としゃべり続ける者、僕はその光景を不思議な感覚で見ていた。何か覇気がないのである。ふいに場内放送が館内に鳴り響く。
「開店10分前、10分前!」
店長のダミ声と同時にみんなは今までのけだるさが嘘であったかのように、駆け足で各自の持ち場に就く。開店、である。
つづく

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