パチンコ日報

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入社10年、店長になったばかりで粗利を求められすぎて退社


週刊誌の企画で東大卒の異色の人物にスポットを当てる特集を組んでいた。対象者を探している時にぶち当たったのが40代前半のAさんだった。Aさんの話は面白かったが、本誌に載ることはなかった。いわゆるボツネタだが、日報向けだということで伝わってきた。

東大を出ると都内の私学の教師になった。両親が教師だったこともあり、子供のころから教師になるのが夢だった。勉強していたら東大に合格してしまった。

20代まで勉強一筋の人生を送ってきたAさんは女性とも付き合ったことがなかった。高校の教師になると女子生徒からモテるようになった。バレンタインデーではチョコレートの山ができた。顔は俳優にもなれるほど良かった。ここでAさんの女好きが開花してしまった。

モテモテのAさんは有頂天になっていた時に、高校時代の同級生に誘われて行ったのが、歌舞伎町のポーカーゲーム屋だった。ここで今度はギャンブルに目覚めてしまった。遠隔操作もバンバンにあるポーカーゲームで、ビギナーズラックで5万円勝ってしまう。それがきっかけでポーカーゲームに嵌ってしまったAさんはたちまち借金地獄に落ちてしまう。

借金返済のためにAさんが取った行動はサラ金でおカネを借りるのではなく、裏の仕組みを知るためにもそのポーカーゲーム屋で働いて200万円あまりの借金を返済する道を選んだ。業界側にいないとギャンブルは勝てないことを悟った。

学校が終わってポーカーゲーム屋で朝方まで働き、そのまま学校に出勤し、学校のシャワーを浴びて授業に出るような生活が始まった。

ギャンブルに嵌ると同時にモテモテのAさんは女子生徒にも手を出してしまう。これが学校にバレて解雇されてしまう。2人の女子生徒と付き合っていた。

教職を失うのは26歳の時だった。

履歴書には女子生徒に手を出して解雇された、とは書けない。

紆余曲折の後、Aさんが腰を据えたのが都内のホールだった。ホールでは真面目に働いたが、ギャンブルの虫は治まっていなかった。この頃は競馬に手を出して、給料は競馬に突っ込むような生活を送っていた。

借金もこしらえていた。

ある日、3連単で奇跡が起きた。

120万円の万馬券が出た時だった。マークシートを塗り間違い自分が買った馬券は外れたものと思っていたが、外れ馬券を改めて見返すと、間違って塗った馬券が当たっていた。何十回もその馬券を見返した。

確かに3連単を的中させていた。Aさんは5000円買っていたので、配当金は6000万円となった。

借金もこれで完済できたことから、Aさんはキッパリと競馬から足を洗った。それからはホールの仕事に邁進する。

そんな働きぶりが認められて今年で入社10年目になるAさんは、去年暮れに晴れて店長に昇格した。その矢先にコロナだ。

業界全体がコロナ禍の影響で、前年対比で6~8割の客の戻りの中、業績を上げるのは難しい時期に店長に就任してしまった。

オーナーからの指示は粗利を取ることを重視される。コロナとは関係なしに稼働が下がっているのに、コロナのWパンチである。ここでさらなる粗利を取れば、ますます客が飛ぶのは火を見るよりも明らかだ。

「会社が求めるのは粗利、粗利。俺は客の立場で苦労してきたので、そんなに抜きたくない。今のパチンコには負けても大逆転がないのでお客さんが可哀そう。冬のボーナスも出ないので辞めた」(Aさん)と10月初旬に退社してしまった。

で、次の就職先として考えているのが学習塾。幸い大学時代の友達が塾をやっているので、そこで暫く講師として働いて、ノウハウを身に着けた時に独立を考えている。

ただ、塾には女子生徒が大勢いるので、そっちの虫が湧いてきそうなところが心配事のようだ。




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