パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

日本一接客の悪い飲食店とパチンコ業界の共通点と相違点

名古屋に「the LAZY HOUSE」という、日本一接客態度の悪い飲食店がある。この店は、通常の飲食店が重視する「おもてなし」の精神とは真逆のコンセプトで、意図的に客に対して悪態をつくことで話題を集めている。

例えば、注文した品は無造作にテーブルの上へ音を立てて置かれ、注文はメニューの品名ではなく番号でしか受け付けない。また、ビールは紙コップに注がれ、そこには「飲んだら早く帰れ」と手書きで書かれている。

会計時にも、通常の飲食店なら「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」といった一言を添えるものだが、ここでは「もう用はないから早く帰れ」と罵倒される始末である。

この極端な極悪な接客態度が若者にウケており、「他と違って面白い」とSNSを中心に話題になっている。

しかし、実際のところ、この店の食べログの評価は3.17と低く、飲食店としては致命的とも言える水準にとどまっている。飲食店において、料理のクオリティが低いことは最大の欠点であり、話題性だけで長く営業を続けるのは難しいだろう。いずれこの店は流行が去り、フェードアウトしていく可能性が高い。

一方で、パチンコ業界では、これとは真逆の現象が起きている。現在のパチンコ店は、出玉を抑える代わりに接客サービスを向上させ、リピーターを増やすという古典的な戦略を採用している。スタッフの接客態度を重視し、清潔な店内環境を整え、顧客満足度を向上させることで、出玉の減少を補おうとする動きが顕著だ。

しかしながら、パチンコユーザーの大半は、そもそも接客サービスを重視しているわけではない。彼らが求めているのは、出玉、つまり勝てるかどうかであり、それがパチンコにおける「料理の味」に相当する。いくら店員の態度が丁寧であっても、肝心の出玉が悪ければ、ユーザーにとっての魅力は大きく低下する。

パチンコ業界は、一般の飲食業とは異なり、ギャンブル産業としての性質が強いため、通常のマーケティング戦略が必ずしも通用するわけではないのだ。

ここで、「the LAZY HOUSE」のような極端なコンセプトの店とパチンコ業界を比較すると、見えてくるものがある。もし、パチンコ業界をエンターテインメント産業と捉えるのであれば、単なる接客サービスの向上ではなく、より大胆な「遊び心」を導入することも一つの手ではないか。

例えば、「the LAZY HOUSE」が接客の悪さを売りにしているように、パチンコ店も「接客態度は日本一悪いが、出玉は日本一」というスタイルを打ち出すことで、逆にユーザーの注目を集める可能性がある。

もちろん、これはあくまで一例に過ぎないが、現状の「出玉を抑えつつ、接客サービスで補う」という方向性が行き詰まっているのならば、別のアプローチを模索する価値はあるだろう。

パチンコユーザーが求めるものは、あくまで出玉であり、接客ではない。業界がエンターテインメントを追求するのであれば、「お客様第一」の精神にとらわれるだけでなく、思い切った戦略を打ち出すことも必要だろう。



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パチンコ業界の新たなイメージ広告戦略:誰を起用し、どう訴求するか

昨年末、大手広告代理店の関係者から興味深い情報がもたらされた。パチンコ業界のイメージ広告に関する新たなプロジェクトが浮上し、複数のCMプランナーによるコンペが予定されているというのだ。この動きの背景には、2023年にKIBUN PACHI-PACHI委員会が制作した柴咲コウを起用したTVCMの効果が期待ほどではなかったことがある。

KIBUN PACHI-PACHI委員会は、一昨年、スマパチの認知度向上を目的に発足し、そのプロモーションの一環としてTVCMを展開した。柴咲コウという人気俳優を起用し、洗練されたビジュアルとキャッチーなメッセージでパチンコの楽しさを伝えようとしたものの、その効果は業界の期待には届かなかった。

2023年5月17日付のZAKZAKの記事でも、このCMに対する業界関係者の厳しい意見が紹介されている。

「いくら業界のイメージアップや新規ファン開拓が狙いとはいえ、マッチしていないというか…。パチンコ好きはもとより、私生活で打ったという話も聞こえてきませんからね。先日行われた新CMの記者発表会にも肝心の柴咲さんの姿はなかったようですし。母親の影響でパチンコにどハマりしていることを公言する藤田ニコルさんをはじめ、正直このCMにはもっと適任がいたと思いますが…」(パチンコメーカーのスタッフ)

このような意見を受け、業界はより効果的なイメージ戦略を模索することとなった。

今回のプロジェクトでは、「出演料が安く、知名度があり、若者への訴求力がある」人物を起用することがテーマとなっている。これにより、従来のような高額なギャラを要求する芸能人ではなく、影響力のある文化人が候補に挙がることとなった。

例えば、実業家でありインフルエンサーでもあるホリエモンや、最近政治の世界で話題を集める石丸伸二のような人物は、SNSでの拡散力があり、CMの影響を最大限に引き出せる可能性がある。特に石丸伸二の新党「石丸新党」の都議選候補者公募には490人もの応募が集まったことからも、その影響力の大きさがうかがえる。

さらに、ギャラを抑えつつ効果的なCMを作る手法として、実在の人物ではなく動物キャラクターを起用するアイデアも浮上している。過去には消費者金融のアイフルがチワワのくぅーちゃんを起用し、強烈なインパクトを与えた成功例がある。

今の時代にマッチする動物キャラクターとして、TBSの朝の情報番組「THE TIME」で人気のシマエナガが候補に挙がっている。シマエナガはその愛らしい見た目からSNSでも話題となっており、パチンコ業界のイメージアップに一役買う可能性がある。


また、あるプランナーは、パチンコの「玉」と「タマ」を掛け合わせて、サザエさんに登場する猫のタマを起用する案を提案している。このような親しみやすいキャラクターを活用することで、老若男女問わず幅広い層にパチンコの魅力を伝えることができると考えられる。


CMの効果は一過性のものではなく、長期的な戦略が必要である。例えば、マクドナルドの「M」のロゴマークを見るだけでハンバーガーが食べたくなるように、パチンコのイメージキャラクターを継続して起用し、定着させることが重要だ。


昔のホールでは、新装開店の際に店頭に花輪が並べられることが一般的だった。その結果、花輪を見ただけで「新装開店=新しい台が導入されている」というイメージが形成されていた。これと同じように、特定のキャラクターやビジュアルを通じて「パチンコ=楽しい、やってみたい」と思わせる仕掛けが求められている。

今後、どのようなCMが展開されるかは未定だが、過去の失敗を教訓にし、より効果的な広告戦略が打ち出されることが期待されるところだ。



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中央線グリーン車で加熱式たばこを吸ってしまったホール社員の業界常識

JR中央線快速にグリーン車が2両連結され、去年10月13日からことし3月14日までの間、グリーン料金なしで乗車することができる。これは、グリーン車のサービス開始までの「お試し期間」として、全席自由席で普通車扱いで運行されているためだ。

無料でグリーン車に乗れることから、早くも乗客のマナーが問われ、喧嘩に発展するケースも起こっている。

例えば隣に他人を座らせたくない心理が働き、荷物を置いて他の人が座れないようにするケースが散見される。特に2階席は荷物を置く棚がないために、大きい荷物は座席に置くか、通路しかない。通路に置けば完全に通行の妨げになってしまう。

ある日の夜、四谷から乗ってきた少し酒が入った中年男が、荷物を置いている人に「空いていますか?」と声を掛けた。ところが、声を掛けられた男がこれを完全無視してしまった。

酒が入っている中年男は「無視するな!」と一喝。「これはお前の鞄じゃないんだな」と言葉をつづけた。

すると無視を決め込んでいた男は「俺のだ!」と応じた。

鞄をどけて席を空けろと口論に発展した。すると、第三者が仲裁に入ると共に、咄嗟に「非常ボタンは押さないで!」と大声を挙げた。

車内でトラブルが起きると、中には非常ボタンを押して列車を止めてしまうケースがある。一度電車を止めると簡単には運行を再開できない。みんな帰宅を急いでいるので、そんなことにならないようにする配慮だった。

そのほか、グリーン車で弁当を広げビールを飲んでいる客に対して、「これは通勤電車なんだから弁当なんかくんじゃねえ。無料だから食ってんだろう。この田舎者が!」と喧嘩を吹っかけられたりする。

前振りが長くなったが、ここからが業界にまつわる本題だ。

グリーン車内で加熱式たばこを吸っている若い客に対して周りの客が注意した。すると「加熱式たばこは吸ってもいいんですよ。うちの会社や店では加熱式たばこをOKにしています」と応じた。

この反論に「お前、パチンコ店の従業員だろう。お前の低俗な店ではOKでも、JRはダメなんだよ! お前、何勘違いしているんだ」と詰められると相手は黙り込んでしまった。

この一部始終を目撃していた業界関係者がとある駅で降車した彼に声を掛けた。ホール企業に勤めていると確信して、やまかんで、具体的ホール名を上げ、「〇〇〇〇の人だよね」と呼び掛けると「はい」と応じた。

これがビンゴだった。

「オレ、業界人なんだよ。めし、おごるからちょっと話を聞かせてくれない?」

店に入って30分ほど話した。

新卒入社だった。年齢は20代後半。

普通の会社の一般常識が学べないことにギャップを感じていた。会社から教わるのは接客だが、それは一般常識とは異なる。

社会人になって一般常識が学べていない自分を恥じた。ホールという小さい社会に閉じこもっていたら、自店の常識を当てはめて、こんなことになってしまう。


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1983年の業界誌を振り返る――パチンコ業界黎明期の熱気

ネット検索をしていたところ、偶然にも前職の業界誌が1冊丸ごとPDFで読めるサイトに出くわした。それは1983年9月号であり、ちょうど筆者が入社して2カ月目の時期に発行されたものだった。当時、駆け出しの新人として担当していたのは、ホールのオープン記事の数々である。写真の記事でも分かるように、子供連れでも黙認される牧歌的な時代だった。

 

もちろん、当時は原稿は原稿用紙に手書き。まだ、その頃はタバコを吸っていたので、灰皿はいつも満タン。はかどらない原稿にイライラしていた。

 

 

この号を改めて読み返してみると、時代の空気を色濃く感じさせるものが多く、特に広告の数々が印象的だった。たとえば、SANKYOはまだ「三共」と漢字表記されており、見開き広告にはグラビアモデルデビューしたばかりの斉藤慶子を起用していた。広告に並ぶのは「フィーバー」と「キングスター」。いずれも当時の同社の主力機種だ。発売からはだいぶ時間が経っているが、時代を象徴するラインナップだ。

 

 

業界の動向と市場規模

 

業界ニュースを振り返ると、1983年は業界全体が急速に成長していたことが分かる。その一例が「遊技産業経営専門高等学院」の開校である。この学院は業界の釘学校とも言える存在で、メーカー各社の協力のもと東京に設立された。学院理事長は開校の目的について、「この業界は年間売上が3兆円とも5兆円とも言われ、急激に発展していますが、経営教育部門の立ち遅れがあるため、多くのメーカーや商社の協力のもと設立されました」と語っている。

 

ここで注目したいのが、当時の市場規模である。三共の「フィーバー」が登場して3年あまりが経過し、各メーカーからもセブン機が次々と発売されるようになった。しかし、この頃の市場規模は3兆円から5兆円とされていた。当時のホールオーナーたちは成功を実感し、ようやくクラウンに乗れるようになった時代だった。ゴルフ場はクラウンで埋め尽くされ、業界の発展を実感できる時期だったのだ。

 

その後、1995年には全国のホール数が1万8000軒、市場規模30兆円、遊技人口3000万人という黄金時代を迎える。1983年は、まさにその爆発的成長の前夜とも言える時代だった。

 

手打ち式パチンコの人気

 

この号を読んでいて特に目を引いたのが、大阪・道頓堀の「マルタマ」で手打ち式パチンコがいまだに設置されていたという記事だった。「ヤングにも好評! 根強い人気の手打ち式パチンコ」という見出しが躍る。

 

 

ホール店長のコメントも興味深い。

 

「もちろん採算性を考えればホールにとって大きなメリットはない。しかし、他店にない機種を取り揃えることは、多様化するニーズに応えることになり、ゆっくりパチンコを楽しみたい年配客には結構好評です」

 

この言葉からも分かるように、当時はまだ手打ち式パチンコが一定の需要を持っていた。1980年代初頭はセブン機が普及しつつあるものの、従来の遊技スタイルに慣れ親しんだ層に向けたサービスも必要だったのだ。

 

イメージ刷新でDJブース

 

従来のホールイメージを刷新するために、ホール内にDJブースを設けたのが兵庫・姫路市の「アップル」だ。従来のホールのBGMといえば演歌が中心だった。幅広い客層を取り込むためにBGMを変えるだけでなく、そこにDJを採用する、というのがホールオーナーのアイデアだった。

FMラジオで活躍する女性アナウンサー2名を起用した。音楽機材だけで500万円かけ、スタジオの天井ライトは音楽に合わせて点滅するディスコ調に仕上げた。

放送は1日2回。最新の情報や地域のトピックスを織り交ぜながら、音楽はロックやポップス、ニューミュージックを流した。

「おかげさまでヤングや女性客にも評判上々です」と店長もご満悦だった。

 

 

アレンジボールの時代

 

また、当時の新機種動向を振り返ると、太陽電子がまだアレンジボール専門メーカーだったという点も面白い。アレパチという商標登録で、玉が出るアレンジボールだった。例えば、大阪・豊中市の「ヘリオス」では総台数250台のうち、35台に最新鋭のアレパチ機「スロットル5号―15B」を導入していた。従来は最高得点が10点だったものが15点にアップし、より高得点を狙える仕様になっている。

 

 

新機種紹介コーナーを見ても、掲載された8機種のうちセブン機はわずか1機種であり、残りはハネモノやアレンジボールといった多様な機種が占めていた。現代のパチンコ市場はセブン機一辺倒になっているが、当時はまだ多様な遊技機が市場に存在し、選択肢の幅が広かったのだ。

 

 

業界誌の編集事情

 

当時の業界誌は郵便料金が安くなる第三種郵便で発送されていた関係で、広告と記事の割合を半々にする必要があった。今では考えられないことだが、とにかく広告ページが多かったので、記事スペースを確保するためにホールのインテリアを見開きで紹介するコーナーで埋め草ページを作っていた。当時はまさに出店ラッシュの時期であり、設計事務所や島飾り、装飾関連の広告も非常に目立っていた。

 



 

40年前を振り返って

 

こうして1983年の業界誌を改めて振り返ると、市場規模は3~5兆円と現在の15兆円よりもはるかに小さいが、そこには確かな成長の手応えと未来への期待があった。現在の市場規模15兆円という数字は、業界の成熟とともに停滞を感じさせるものでもある。当時の3~5兆円は右肩上がりの発展途上の数字であり、今の15兆円は下降線をたどる中での数字である。その違いは決して小さくない。

 

1983年の業界誌には、当時の業界の熱気や期待感が詰まっている。それを知ることは、現在の業界の状況を理解し、未来を考える上で貴重な手がかりとなる。

 

 

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遊技機メーカーから水筒メーカーへ転職した男が語る「ものづくり」の本質

遊技機メーカーから水筒メーカーへ転職したという一人の技術者の話が届いた。 彼は転職後、2社の経営方針や開発姿勢の違いに驚きを隠せなかったという。

「遊技機メーカー時代は『一発当てろ!』『ヒット機を作れ!』と上から檄を飛ばされ、常に緊張の中で働いていました。今の現場では、地道なものづくりを大切にし、お客様の立場に立ったデザインと機能性を追求しています。この違いは非常に大きい」と彼は語る。

遊技機業界は、ヒット作の誕生が収益を決める。新台のリリースごとに「当たり」を狙う開発が求められるが、一度当たったからと言っても、それが安定したパフォーマンスを発揮することはないのが現状だ。

国内の水筒市場は、年間約2000万本が販売され、持続的かつ安定したニーズがある。例えば、2023年5月時点のNintの推計データによれば、Amazon、楽天市場、Yahoo!ショッピングの3モールにおける水筒の市場規模は、いずれ同時期と比較して103%を記録しております、堅調な成長が続いている。

また、環境意識の課題を背景に、マイボトル市場も拡大している。 2021年のアンケート調査では、持ち歩き可能なマイボトルを使用している人の割合が75%に達成し、習慣として定着しつつある。

それに加えて、子供が保育園や幼稚園に通い始めるときに水筒を購入する家庭が多く、小学校に入学しても低学年と高学年では、成長段階に応じたサイズやデザインの変更により買い替え需要も生まれている。

これに対して遊技機メーカーの開発姿勢は、短期的なヒットに依存しており、地道な積み上げよりも派手や話題性が優先される傾向が強い。

実際、遊技機業界で安定して売れ続けている製品は限られている。その代表例が三洋物産の「海物語」と北電子の「ジャグラー」だ。これらが長く愛されている背景には、オリジナル版権であることにも注目した。

一旦、版権に依存した機械開発は、一時的な集客効果があっても、長期的には版権を提供する企業を潤すだけ過ぎない。

「遊技機メーカーには、もっと腰を据えて安定した機械作りを考える発想が必要だ」と彼は指摘する。

いつまでもあると思うな親とカネ、という諺がある。その言に倣えば、メーカーもいつまでもホールが機械を買ってくれるか分からない。儲からなければ新台の入れ替え頻度も台数も減って行く。ホールとしては長期に亘って運用できる機械を望んでいる。

ホール側の運用にも問題はある。

昔は稼働が悪くなれば、割を上げて稼働を掘り起こしたものだ。それは40玉交換だからできたことだが、等価では簡単に割を上げることもできない。今は稼働が落ちれば、すぐに諦めてしまう。稼働が悪いのはホールが玉を出さないことが根本原因でもある。

話しを戻そう。

彼が水筒メーカーで学んだのは「ものづくり」における安定感の重要性だ。目先の流行や派手な話題に頼るのではなく、顧客に長く愛される製品を追求する姿勢こそが、真の成功を生む原動力になるという。遊技機業界がこの視点を取り入れることができれば、さらなる発展の可能性が広がろう。

遊技機メーカーから水筒メーカーへ転職した技術の言葉は、「ものづくり」の本質を考えさせる機会を提供している。業界全体で共有することが求められる。



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