パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第7話 本当の恐怖 ①

意気揚々

主任になってからほとんど良いことがなかった。子ガメから殴られたせいで顔がジャガイモのように膨れ上がり、おまけに片方の耳の鼓膜が破れた。そしてそんな僕を病院まで送り届けてくれた木村くんは道交法違反で警察に捕まりボコボコにされて帰ってくる。そして木村くんもジャガイモになった。
 
主任としての自覚をもって少しでも店の役に立とうと仕事に熱を入れ始めた矢先のことだったから僕は見事に出鼻をくじかれる形になった。人生試練の連続である、なんて誰が言ったのか知らないが僕がこの店に入ってから試練の無い日は本当になかった。一度は本気で辞めようともしたのだが、なぜか流れに逆らう事が出来ずに今日も朝からせっせとホール周りをしている。
 
若い奴は経験がないからせめて体を使って仕事を覚えろ。身体だけが若人の財産だ。年取ったら今みたいに動けなくなるから今のうちに体を使っておけ。だからお前は馬車馬のごとく、ボロ雑巾のごとく地べたに這いつくばって毎日を経験しろ。とカルティエは軽々しく僕にお説教をする。

そんなものは自分が楽する為のへ理屈であって、いかに僕をこき使うかという非常に解りやすい意図が見え見えなのだ。それでも僕は相変わらずカルティエに反論できない。理不尽なことを言っているように感じられるのだが、後々カルティエのその言葉をかみ砕いて考えてみると案外的を外していないと思えるのである。

カルティエが好きか嫌いか、と言えば僕は即効嫌いだと言い切れる自信がある。しかしそれだけならばこの店をいとも簡単にやめることが出来るのだが、なぜか彼には言いようのない魅力がある。そして僕はその得体の知れないカルティエの魅力に絆されて、今日もまた変わり映えのしない日々を送っているのである。
 
件の不幸な事件が起こってから十日ほども過ぎた頃、僕は今日もホールに出て開店準備に追われていた。今日は店長のカルティエが組合会議で夕方まで帰ってこない。加えて経験豊かな木村くんと関口さんは昼過ぎからの出勤予定になっている。幹部社員がいないパートでホールを取り仕切るのは僕一人という形になった。

「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。本日もぱちんこローマへごひいきご来店いただきまして誠にありがとうございます」

といつの間にか詰まることのなくなったマイクパフォーマンスで朝一のお客さんを呼び込む。マイクで売り上げは一割変わるのだ、というのがカルティエの持論。仕事はできなくてもマイクパフォーマンスだけは徹底的に練習させられた。僕はそれが案外嫌いでなかった。
 
マイクを通して五分、十分とお客さんに語りかける。時間がたつにつれて僕のテンションもハイになる。誰もいないこんな時こそ僕は主任として頑張らなければいけない。そう思うと手に持つマイクにもさらに熱がこもってくる。

そして三十分ほどに及んだマイクパフォーマンスが終了すると店内を流れる音楽が、軍艦マーチから演歌の有線放送にと切り替わる。ここら辺の一連の動作は何の打合せも無くカウンターレディーの連獅子こと松本さんがササっと慣れた手つきでアンプのスイッチを切り替える。
 
僕は習慣通りに店内の環境整備に取り掛かる。島の中に入るときコーナーランプが点滅していないかを瞬時に確認した後、一列目の島に入り雑巾で空き台をササっと拭いて回る。コースの中間まで来たら後ろを振り向き、ナンバーランプをつけて従業員を呼んでいるお客さんがいないかを再度確認する。

よし、大丈夫。 雑巾がけと同時にお客さんが一度座って立ち去った形跡のある台は椅子の位置が乱れている。そんな椅子は僕の手にかかれば一瞬のうちに整然と元の位置に直される。
 
空いていている紙コップや空き缶の回収も忘れてはならない。お客さんがいつでも気持ちよく遊べるようにするためには下手くそなおべんちゃらや愛想を振りまく前に徹底的に機械台の周りをきれいにしろ、と教わった。僕はそれに応えるべく一連の動作の流れを止めることなく、川の水が流れるように、軽やかに、リズミカルに、そして仕事そのものを楽しむようにホールを一周して回る。
 
それが終わったら今度は先端に強力な磁石がついた棒を取り出す。開店して一時間もたっていないのに、床を見渡すとここかしこにぱちんこの玉が落ちている。僕はそれを目ざとく見つけてはその磁石の付いた棒で玉を拾い上げる。まったく仕事の流れに淀みがない。

僕の仕事は何てスマートなんだろう。ホールをミツバチのように飛び回る僕の姿はさぞかし輝いているのだろう。こんなに一生懸命に働く奴は僕をおいてほかにいないのではないだろうか。自画自賛の妄想はとどまるところを知らない。先日の自己嫌悪はいったいどこへ行ったのか。今日の僕は自己満足の塊である。
 
そんな矢先のこと。何度も何度も、飽きることなくホールを巡回しているとある光景に出くわした。平和のブラボーコーナーにあまり見掛けたことのない、よぼよぼの爺さんとその隣に恐らくその爺さんの連れ合いなのだろう、およそ釣り合いのとれない一見チンピラ風の若いあんちゃんがいた。

それ自体は大したことではないのだが、僕がふとその二人に目をやるとあんちゃんがよぼよぼの爺さんに自分が持っている玉をザザーっと横流しした。僕はすぐさま二人のいる席に向かい注意を促す。

「お客さん、玉の横流しは禁止ですよ」

ルールを重んじ悪を許すことのできない性格の持ち主である僕は怒りの感情を押し殺し、とりあえず失礼のないように振舞う。しかし、しかしである。どうして神様はこんな僕にひどい仕打ちをされるのか。悪をさばき正義を貫く迷える子羊をどうして神様は史上最大の恐怖でさらなる試練を与えるのか。そんなことを僕はまだ知る由もない。

つづく

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コメント[ コメント記入欄を表示 ]

  1. 木村のどこに主任とか以前に人と
    してのルールすら守れない。
    人として終わりだわ。
    負け組  »このコメントに返信
  2. ピンバック: 負け組

  3. 見て見ぬふりをせず、正直に注意したらこんな恐怖体験に出くわした。
    だからルール違反などの悪は、悪は悪でも時には見逃す場合も考えられる、ってことかな?
    パチンコに当て嵌めて考えると、釘曲げも法律上はやってはいけない悪だが、客が面白く遊ぶためにやってあげてるのだから、突っ込んでとやかく言うな、ってところですかな?
    なんでもかんでも馬鹿正直に言うのは確かに敵を作りやすくはありますよね。
    来週の続きを待ちましょう。
    そういや最近気付いたんですが、この小説って毎週土曜日なんですね。
    仕事柄曜日とかに疎いのでわからなかったです(笑)
    通行人  »このコメントに返信
  4. ピンバック: 通行人

  5. 臨機応変な対応が必要です。
    何でもかんでもルールで縛るのは違うと思うね。
    コロ助  »このコメントに返信
  6. ピンバック: コロ助

  7. 横流し、1回交換の残し玉、開放台への玉の持ち込み、一般台からセブン機、1発台への持ち込みは禁止がデフォルト。
    猫オヤジ  »このコメントに返信
  8. ピンバック: 猫オヤジ

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