木村くんが僕を病院まで送り届けてくれて彼を見送る時何か嫌な予感がしたのは事実だった。しかしその感覚はその一瞬だけにとどまりあとはすっかり忘れていた。店に帰ってカルティエからそんな風に言われるとその嫌な予感がまたぞろその鎌首をもたげだす。
「でも店長、木村君は今日は仕事だからって僕を病院で降ろしてすぐに帰っていきましたよ。おかしいですね」
「だからそのなんだ、おかしいからお前に聞いているんだろうが」
二人は同時に事務所を時計を見やる。そんな時唐突に事務所の電話が鳴り響く。僕はカルティエに促されるまま受話器を取り、聞こえる方の耳にあてがった。
「○○警察、交通課の者ですが、パチンコローマさんですね。お宅に木村翔太という従業員が働いているというのは事実ですか」
警察と聞いただけで気が動転してしまった僕は、受話器を投げるようにしてカルティエに渡した。面食らった表情のカルティエは続きの話を冷静に聞いている素振りだ。彼は「わかりました」とだけ答えると受話器を乱暴においた。険しい表情だ。
無言のまま背広を肩にかけると
「木村を迎えに行ってくる。ちょっと待ってろ」
と短く言い残し事務所を出て行った。
一体何があったのだろうか。警察に身柄を拘束された木村くんをカルティエが迎えに行った。その事実をにわかには信じることができなかった。しかしこの時間まで店に戻ってこないというのはなにか尋常ではないものを感じる。この場所でじっとしているだけの僕には何もできることがない。
事故でも起こしたのか、怪我はしてないだろうか、もしや人身事故ではないだろうか、と不安ばかりが増幅する。命に別状はないよな。たとえ事故を起こして怪我をしても大事には至らないよな。急に木村くんのあの屈託のない笑顔が浮かんでは消える。
三十分も事務所で立ったり座ったりの連続だった。時間が過ぎるのが遅すぎる。不意にグウゥーとお腹がなった。考えてみれば今日は朝から何も食べていない。それまで忘れていた空腹感はその卑しい音と共に増していく。こんな時に腹をすかしている俺は拙僧のない奴だと一度は思いとどまったものの、二度目に腹がなったときはもう事務所を出て店の隣にある掘っ建て小屋へ足を向けていた。
ここには僕より2つ年上のサムちゃんという人がうどん屋を経営している。なんと二十五歳で経営者なのである。社長といっても従業員がひとりもいない単なる立ち食いそば屋なのだが、それでも社長は社長なのである。僕と大して年が変わらないのに独立して自分で生計をたてていることそのものが尊敬に値する。だからだろうか、サムちゃんはかなりの貫禄を持っている。
「お、坂井主任いらっしゃい。こんな時間に珍しいね」
いつもどおりの元気な声でのお迎えだった。こんばんはと挨拶をした僕はその笑顔が一瞬にして曇る。
「坂井くん、今日はいつもの元気がないじゃあねえか。どうしたんだい」
カウンターの端っこに子ガメが座ってビールを飲んでいた。こいつは僕が自分のことを嫌っていることを知っていてわざとこういう口の利き方をする。全く嫌味なやつだ。そんなときは思い切って「べつに」と平気を装って切り返せばいいのに、僕はどうしても子ガメに対して卑屈になってしまう。幼少の頃近所の悪ガキに媚びへつらう自分の姿と重なりどうしても自己嫌悪に陥る。
「いや、別になんにもないっす」
僕は消え入るような声で答えた。
「何もないわけ無いでしょう。天下の主任様の勢いはとどまるところを知らないって巷ではもっぱらの噂ですよ。何かあったんでしょお兄さん、僕に言ってごらん」
ヘラヘラと嫌味笑いを浮かべながらこちらの方に向き直る。そのまま回れ右をして店を出て行けば何事もおきないのだろうがそういうわけにも行かず、僕は自虐的な愛想笑いを浮かべ子ガメの死角になるテーブル席に腰を下ろした。なぜか鼓動が激しく波打つ。
「すいません、天玉うどんとおいなりさんふたつお願いします」
「はいよ。ちょっと待っててね。坂井主任のだから特別に美味しく作ってあげるからさ」
この人のあだ名が何故サムちゃんなのかは知らない。しかし彼が僕にとってとびきり良い人であることは間違いない。何より笑った顔がほっとさせてくれる。
「ちょっとサムちゃん、主任だからってそれは差別じゃん。俺にも何かサービスしてよ」
また子ガメが会話に割り込んできた。
「子ガメは根性悪いからダメ」
にべもなく言い切ったサムちゃんの言葉に耳を疑った。確かに子ガメというあだ名は本人も知っているのだろうが、それを本人に向かって言った人間を僕は今まで見たことがない。
「サムちゃんも意地が悪いよな。ま、根性腐りきってるのはこの俺がよく知ってるけどさ」
僕はさらに驚く。あの子ガメがなんでこんなにも従順なんだ、と。僕の驚きとは裏腹にサムちゃんはニヤニヤ笑いながらうどんをゆがいている。なんなのだ、この存在感の大きさは。
「なんかこれ以上ここにいると何言われっかわかったもんじゃねえから帰るわ。それにしても坂井くん、今日は全然玉出てねえよ。店長に出さなくてもいいからもう少し遊べるように釘調整しとけって言っといてくれよな」
子ガメはコップに残ったビールをぐいっと飲み干すとごっそさんと付け加えて店を出ていった。僕は優しい口調の子ガメに当惑していた。
つづく

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正に今のパチンコはコレ。
言い訳が醜すぎる。30年前、お前らは円高だから出せないとかホザイていたんだが。
円安だと出せるはずだろ。円高を言い訳にしていたんだから。
それなのに何故出せない?
だからお前らはホラ吹きって言われ続けるんだよ。
見えなかったら何をしても良い、ってのが世界中に認識されたから信用がどんどん無くなっている。
お前らに出来ることはホラ吹きであることを利用してホラを吹き続ける位だな。
ホラ吹きがまたなにかホラ吹いている、と
そう思われた方がマシって事をし続けてきたんだから今更方向転換しても無駄。
さて。これからどんなホラを吹いてくるか傍から見てるよ。
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大多数の人は、そうなんじゃないかな?
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