トラブルの現場に駆けつけてみると、でかい体の木村くんがその身体の半分以上を『島』の中に押し込んでいた。こちらから見えるのはその大きく醜いお尻だけ。
「あった、ありました」と言って取り出したのはねじ曲がった五寸釘である。おそらく新しい台を設置する際に、古い機械から抜け落ちたものであろう。木村くんが真っ赤な顔をしてゼエゼエしていると、『島』の中に詰まっていた膨大な量の玉が勢いよく吸い込まれていく。
これでもう大丈夫と思った。しかしこれでトラブルは終わらなかった。「おーい、玉が出ねえぞ」「こっちも出ないわよ」何人かのお客さんが大きな声をはりあげる。僕はその客さんの台まで行ってはみるものの、対処の仕方がさっぱりわからない。
そこで件の木村くんが再登場。全身汗まみれになって、機械台を開ける。台の裏側には上部に一定量の玉をストックしている箇所があるのだが、そこに玉は一切なかった。隣の台も、そのまた隣の台にも玉はストックされていない。
ここで少々ぱちんこ屋さんにおける玉の循環システムについて説明を要する。この店のぱちんこ玉は、お客さんが打ったすべての玉が『島』の一箇所に集中して地下へと流れる。地下には大きな鉄製の箱があり(人の背丈もあるほど)そこに全ての『島』から流れてきた玉がストックされる。さらにその玉は大きなリフトによって天井裏へと導かれ、天井から『島』にトヨを伝わって分配される仕組みになっている。
『島』にたどり着いた玉は更に内部にあるトヨを伝って各台へと導かれるのである。このような仕組みを専門用語で『全環』という。ちなみにこの『全環』システムは現在使用されていない。今回のトラブルが発覚したのは『島』内部のトヨに玉がなかったところから始まった。
「店長、玉の補給が下りてきてません」
「なに!木村、お前玉場行ってこい!坂井、お前もだ」
僕と木村くんはホールのほぼ中央にある、床の蓋を持ち上げ地下へ降りた。蓋を開けただけでゴー!という凄まじい音が聞こえてくる。僕たちは玉場に降りてみて唖然とした。本来ならば大きな箱から玉が溢れるなんていう事はないのに、今は、玉が溢れて地面に玉が散乱しているのである。上からカルティエのダミ声がする。
「どうだあ」
「店長ぉ~、玉が溢れちゃって大変っす。どうしましょおお」
その大きな体からは想像できない女みたいな声で木村くんが伝える。
「リフトは動いてるのか」
「はい。あー!リフト止まってます」
「リフトの電源は!ONになってるか?」
「ひえ~、オフ、オフです」
「ばかやろう!ひえ~じゃねえ!早いとこ電源入れろ!」
そういえば今日は新装開店だというのに、玉場担当の向井さんが無断欠勤していた。それで誰も玉場に入らなかったのだ。木村くんがリフトの電源を入れる。するとどうでしょう!リフトは正常に動き出し、大きな箱に溜まった玉たちは次々とリフトに乗っかって天井裏へと姿を消していくのです。
ホッとするのも束の間、またもやカルティエのダミ声。
「おい、坂井。こぼれた玉、全部拾ってタンクの中に入れとけよ」
これをひとりでするのか。僕は途方に暮れる。
ホタルノヒカリが流れて閉店を合図しても僕はまだ玉場にいた。「キーン」という音が断続的に鼓膜を容赦なく襲う。腰はパンパンに張って、その痛みさえ麻痺している。鼻の穴は埃で真っ黒。最後の玉をタンクに入れ、床を掃く。
思考がほとんど停止状態の僕はやっとの思いで地上に這い上がった。トイレで顔と手を洗う。鏡を見ると情けない顔をした僕がいた。
やっぱりやめようかな、この仕事。わからないことばかりで、何のための作業なのかも教えてくれない。ただ言われたことをはい、はいとバカみたいにこなすだけ。言いようのないやり切れなさでいっぱいになる。
とぼとぼとうなだれながらホールに戻ると
「ほら、ヤクルトタフマン。これ飲むと元気が出るぞお」
「ニン!」
「がはははは」
カルティはそれだけ言うと下品な笑いを響かせながら事務所に入っていった。
僕はそれにまた腹がたった。タフマンは飲みもせずそのままゴミ箱に捨てた。なにが「ニン!」だ。この状況で伊東四朗モノマネなんかしやがって。考えれば考えるほどカルティエがだんだん憎たらしくなってくる。
「本日も当ホール、ローマへご指名ご来店いただきまして誠にありがとうございました。本日はあと10分少々をもちまして閉店とさせていただきます。お帰りの際はお忘れ物、落し物などございませぬよう・・・」
開店前には客から冷やかされ、営業中はずっと激しい騒音と埃の中で過ごした僕の存在ってなんだろう。単なる小間使いじゃないか。ゴミだらけのホールの清掃をすべく言われるままにホウキを取り出し、家路につくお客さんたちを横目で見送る。
「何がありがとうございます、だ」僕は独りごちた。
つづく

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ピンバック: 猫オヤジ
仕方無いので埋もれた靴が引き起こす二次被害が無い様に祈りながら営業(^^;
幸い無事に閉店を営業を終え、閉店後にタンクの玉を抜き靴を取りだしましたが大変でした。
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スマパチになればこの活気もなくなるのか?
ある意味淋しい。
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