
ある女性スタッフは高校時代にクラスメイトに2度も裏切られたことが原因で、高校を中退。人間不信の中で距離を置くようになっていた。
この店に入った時も遠慮がちに仕事をしていた。オープンから1年、お客の数も減り、自分自身が仕事に遣り甲斐も感じられず悩んでいた時期でもあった。
そんな自分に店の皆は明るく接してくれ、仕事でわからないことがあると教えてくれた。辛いときも皆で力をあわせて色々な壁を乗り越えてきた。
「これが本当の仲間なんだとそう思うようになった。今では自分の思ったこと、感じたことを素直にいえる。今では皆は失いたくない大切な仲間です」と断言できるようになった。
スタッフの藤沢さんは、玉三郎に入社するために秋田から出てきた。パチンコは未経験でこれといった理由もなく入ってきたので、仕事は辛いとしか思えず、最悪な日々を送っていた。
入社して早々に辞めたい気分で働いていたが、気持ちが変わったのが玉三郎で再スタートを切ってからだった。
その時、カウンター責任者という役職がついた。
重圧から同僚や上司に泣きついたことが何度も合った。そんな藤沢さんをスタッフは煙たがることもなく、助けてくれたり、支えあったりしてくれた。入社2年で絆はどんどん深まっていった。
「会社の人というより家族みたいな温かさがあり、凄く居心地がいい。いつまでもチームワークが最高の店にしていきたい。仕事が楽しい、と本気で思える環境を大事にしていきます」といえるまでに成長した。
男性リーダーは他店勤務を経て玉三郎へ。
以前の店では「おい! これやっとけ」と命令するばかりでろくに仕事も教えてくれない職場で、一緒に店を良くして行こう、という仲間もおらず、相談する相手ももちろんいなかった。
仕事の不満が募り何のために働いているのか分からなくなって会社を退職。そして、転職先が玉三郎だった。
「この会社では自分の話を聞いてくれる。自分を信頼して仕事を任せてくれる。上手くいったら褒めてくれ、失敗したら叱ってくれる。当たり前のことかも知れないけど、自分にとっては初めての経験で、毎日やりがいを持って仕事ができるようになった」
それだけではない。MIDジャパンの社員は、スタッフのことを想って涙まで流す。
「亘理店のスタッフはこんな自分でもリーダーとして認めてくれ、慕ってくれている。このスタッフに出会え、この会社に出会え、この仕事が続けられて本当に幸せです。亘理店のスタッフは変わった、という確信がある」
では、ナゼ、亘理店のスタッフは変わったのか?
普段の取り組みはこんなことをしている。
お客さんに対する情報発信は、分かりやすく、シンプルに表示している。
遊技に必要な情報は、機種名、大当たり確率、連チャン率を遠くからでもはっきり分かるように大きく表示している。
スタッフコスプレは特別企画で、白鳥の全身タイツに身を包んだスタッフがお出迎えする。
女性スタッフは月1回、レシピの作成をしている。レシピは持って帰れるようにしていて、作ったお客さんからは「おいしかったよ」とよくいわれる。
お客さんに楽しんでもらうために、スタッフが楽しみながらホールで仕事をしている。

お客さんのことは名前で呼ぶようにしている。
そのためにお客様リストを作成し、名前、好きな飲み物、よく着く島などを記入し、スタッフ全員で共有。新しい情報は追加している。
リスト作成の結果、お客さんに合わせた会話ができるようになった。
スタッフはお客さんのところへあいさつに行って、話しをする。ちょっとした友達のような関係が出来上がっている。
シフトの都合でしばらくスタッフの顔を見ないと、常連客からは「辞めたのかと思った」と声をかけられる。お客さんから心配されている、と思うことに嬉しさを感じ、また頑張ろう、という気持ちになる。
玉三郎には「マインド・メディシャン」という店舗理念がある。
心の町医者という意味で、お客さんは心の状態がいつも快調とは限らない。
来店したすべてのお客さんに笑顔で帰って欲しい。また来て欲しい、と思いながら日々ホールを走り回っている。
そして、お客さんからの「ありがとう」が溢れる店を目指している。
ありがとう内容は景品を車まで運ぶ、という些細なことだが、お客さんから「ありがとう」を貰ったスタッフは、内容をインカムで報告して全員で共有する。他のスタッフは「おめでとう」と祝福の言葉を贈る。
お客さんからの「ありがとう」の数はこの1年間で1万8000回に及んだ。
この取り組みで気づいたことは、お客さんから「ありがとう」の言葉を貰って自分たちが元気を貰っていることだ。
その結果、どんな些細なことでもお客さんが喜ぶことをしたくなる。
ところが、はたと気づいた。自分たちを支えてくれている身近な仲間には感謝の言葉を伝えていないことに。そこではじめたのが感謝の手紙だ。
自分が一番ありがとうを伝えたいスタッフに手紙を書き、皆の前で発表する。
秋田から出てきたスタッフの藤沢さんが、原主任へ宛てた手紙の朗読が始まった。
「原主任へ。
初めて会ったときの印象は優しく頭がよさそうという感じでした。2年前の研修へ行き、話しをした時にそう思いました。
まさか、その直後に亘理店で一緒に仕事するとは思ってもみませんでした。
私の支えになっている言葉があります。去年、私が泣きながら電話した時のこと。私は一杯一杯で辞めたいと思っていました。
仕事も上手くいかず、そこまで頼れる人もいない。本当に仕事自体が嫌で嫌でしかたなかった。涙が止まりませんでした。
その夜、原主任から貰った言葉は今でも忘れません。
『オレはお前に辞めて欲しくない。お前はお店に必要なんだ』
その言葉が本当に嬉しくて心に響きました。人に必要とされている感覚は初めてでした。素直に嬉しくて、この人に付いていこうと思いました。今でも心の支えになって、力になっています。
人に必要とされていることって、こんなにも力になるんだ、と教えられました。
この1年、一緒に仕事をした中で、原主任にはたくさん話し、相談してきました。自分のプライベートの話や将来した職業を話し、これからどうしたらいいのかな、と気を使わずに気楽に話せるところがとてもいい感じです。
最後になりましたが、情熱リーグ決勝に一緒に立ててよかったです。会社で一番支えになってくれた原主任。本当に本当にありがとうございました。人生でこんなにも大きな存在を見つけられるとは思ってもいませんでした。これからも私のよきお兄さん的存在でいてください」
昨年11月に着任した新田店長は、その時決意したことがある。
「玉三郎亘理店を地域で一番愛される店にする!」
そう決意したのはお客さんからの言葉がきっかけだった。着任早々、お客さんへあいさつ回りしているときのことだった。
「あんたが頑張らんとな。この店のスタッフは皆いい子たちばっかりだよ」
「お前が新しい店長か。スタッフをいじめたら承知しねえぞ!」
それらの言葉を聞いて、ある言葉を思い出した。
それは玉三郎が掲げているテーマの一つでもあった。
「この店がなくなると何人のお客様が悲しんでくれますか?」
「あなたがいなくなったら何人のお客様が悲しんでくれますか?」
「あなたのお陰で何人のお客様が喜んでくれますか?」
新田店長は亘理店のスタッフがお客さんに必要とされたい、という思いで仕事していることに気づかされた。
「どんな状況でも、どんなときでも笑顔で通ってくれるお客様が僕たちにはいます。その笑顔に応えるためにも今までいただいた『ありがとう』をお返しするためにも娯楽を通じて、亘理地区を元気にするためにも、この最高のスタッフでやり遂げます」
玉三郎からは今回2店舗が決勝大会に進んだ。

オハヨー御座います。。今日も素晴らしい内容ですね。って、つい通うホールのスタッフのお顔が浮かんで来ました。。。。。全国で一万人以上の店長がいらっしゃり、沢山のスタッフがいろんなドラマの中お仕事されてるんですね。メーカーの方も是非とも読んで頂きたいなぁと思いました。。。。。今日も
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朝食に頂いたキャビアの塩加減にお水をお代わりしながらコメてます。。マルハン!凄い!ってな感触ではないのです。。業界に対してのあらゆるバッシングに対して遊戯人口の減る中、働く方のイノベ-ションを深めゆくためには、学習されて今の方達が新しい歴史を作られたらいいと思いますねん!ゴクリ。スッキリしました。
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他店と顧客を奪い合うのではなく、他店と共に顧客を増やす努力が、今の業界に足りないものなのでは?
現場は空気を感じてると思います。しかしホールとメーカーのトップは「数字しか見ていない」と思います。
双方のトップが目先の利益の最大化のみを追求していった結果が今でありこのバッシングなのではないでしょうか?
その昔30兆円産業・今は20兆円産業。それでも20兆円産業と言うことは、それだけ従事している人も利用している人も居ると云うことなのに、本来ならば擁護されてもおかしくないのにこれだけバッシングされるということは、やはり本質的な部分に於て「皆が違和感を持っている」と言えるのではないでしょうか。
この情熱リーグの話を聞いていると、殆どが「現場の空気を感じて動いた結果」ばかりだと思います。けしてSISの数字を見て、売上の数字を見て云々では無いです。遊戯するのもサービスを提供するのも人です。感情を持った人なのです。今の業界、その「人にフォーカス」しているでしょうか?
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残念ながらこの店は無くなりました。
コンサルタントが入ったと聞いてから、締め方がどんどんキツくなり、末期は海物語すら打つ人がいなくなって、満席で打つ事すら困難な時期が続いたのが嘘のように感じていた矢先の閉店でした。
1パチで二百発で五回回らないような釘では誰も打たなくなるのに、何故それ程締めたのか理解に苦しみました。
居心地とスタッフは最高の店だったのに、粗利追求で駄目になったように感じます。
負けても遊びたい常連が次から次と居なくなっていき、最後は遊ぶ事すら出来ない店との噂が広まりました。
店側と客側のバランスが大切だと思わされた閉店だったと回顧します。
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