パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

暴力団員が面接に来たら…

関東のホールに28歳の男性が面接にやって来た。人物的には今時珍しいほどの好人物で礼儀もちゃんとわきまえている。

すぐに採用したいほどだったが、男性の経歴で店長は迷った。

関西に拠点がある暴力団の三次団体に所属していた。

「高校を中退して、任侠の世界に憧れて入ったが、斜陽産業で先輩もどんどん落ちぶれて行く姿を見ていて、抜けたいと考えています。普通の会社ではまず雇ってもらえないので、パチンコ店の面接を受けています」と身の上を包み隠さず話した。

暴力団排除条例の影響で、シノギが断たれ、いい車に乗って、いい女を連れて、いい服を着ることもできなくなっている。

三次団体なので組といっても10人余りの小所帯。組抜けしても地元では働けないので、知り合いがいない関東で職探しをしている。

大手はまず採用されないと思い、関東で10店舗クラスのチェーン店の面接を受けたが、ことごとく不採用になっていた。

「パチンコ業界だって同様に斜陽産業ですよ」と店長はやんわりと断ろうとした。

「ボクの様な者は他へは行けません。1年間丁稚奉公で真面目に働きます。それで良かったら正社員にして下さい」と懇願した。

熱意は感じた。根性のない今時の若者よりもはるかに人間も出来ている。入れ墨も入っていない。指も欠けていない。

鉛筆書きやプリクラの写真を貼ってくる常識のない若者の履歴書が問題になっているが、字も達筆で、職歴欄にはちゃんと組の名前が書かれていた。

断る理由がなくなってきた。

問題が一つあった。

まだ、完全には組から抜けていない。仕事が見つかってから組を抜ける予定にしている。

面接とはいえ、現役の暴力団員と接触することは問題がある。

組を抜けるには半年余りかかる、という。

その際、車や貴金属、腕時計などは全部没収されるそうだ。

今は雇ってみる方向性に気持ちは傾いている。

パチンコ業界の歴史は駆け落ちしてきたカップルや足抜けした暴力団員などを受け入れることで、社会からドロップアウトした人たちを救済してきた。

そういう意味では弱者に優しい業界でもあるが、時代の流れと共に、大卒を採用する現在とでは状況がいささか違う。

組抜けしても就労支援がなければ、社会復帰の壁となる。離脱届けという組とは縁を切った、という組長からの証明書も必要になる。

人手不足の中、戦力化の見込みもない使えない人材をわざわざ採用するか、経歴に問題はあるが使える人財を採用するか、あなたが店長なら今回のケースはどうする?


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業界を復活させるのは機械ではなく斬新な発想を持った経営者

今では地場の中堅企業になっているホール企業が、異業種からパチンコ業界に参入したのはフィーバーが誕生して間もない頃だ。地元周辺にホールがなかったこともあり、先代のオーナーが、フィーバーが最初に導入された新潟のホールまで自らが視察に行き、実際に初めて打ってみて「こんなに面白いものはない!」とパチンコホールを始める決意を固めた。

ところが、オーナーを始め全員がパチンコのパの字も知らない素人集団で始めたものだから、1号店がオープンした初日は玉が出すぎて1時間で閉店を余儀なくされ、大赤字を出してしまう。

メーカーから指南を受けながら、それでも利益よりもお客さんが喜ぶことを優先して会社は大きく成長していった。

過渡期から成長期までは素人集団でやってきたが、素人も長年やっていればみんなプロになってくる。今ではパチンコ運営のプロ集団となったが、逆にプロばかりになってしまったために、「現状を打破できない」と自らを分析する。

「プロになると運営側のことは分かるが、お客さんのことが分からなくなってくる。以前のウチは業界外からの幹部候補生を採用して、パチンコ業界の変な慣習にとらわれることがなかったから伸びた」

そこで求められる人物像が常識にとらわれず人と同じことをしない人。いつもワクワクするような驚きを与えてくれる人。あえて誰も手を付けない場所を攻めて成果を上げるタイプ。

パチンコ業界は自由競争をやっているようで、意外にも護送船団方式だ。一番分かりやすいのが新台導入。競合店が〇〇という新台を4台買ったから、ウチは倍の8台にする。同じ機種を台数で勝負する傾向がある。「右に倣え」をしていれば安心する。それだけ、機械によって稼働が左右されるからだが、競合店と同じ新台を導入していれば、失敗しても言い訳ができる。

護送船団方式の中で競争をやっても、突飛な発想は生まれない。

貧すれば鈍する。勢いのある頃は優秀な人材も業界に入ってきたが、業界自体に魅力がなくなれば、優秀な人材も集まりにくくなっている。

今のパチンコ業界は、“あえて手をつけない業界”になってしまっていることは否めない。誰も攻めようとしない業界で成果を上げられる人材は、喉から手が出るほど欲しい。

これから遊技人口の復活はない、と言われているパチンコ業界の常識を打ち破り、再ブレイクさせるのは、革新的な機械ではなく、斬新な発想をもった経営者の登場だろう。



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パチンコVSカジノ。世界初の実験場となる日本

経営学の研究者が今注目しているテーマが、日本にカジノがオープンした暁の周辺産業の影響だ。

「パチンコをミニギャンブル場とすれば、そこへカジノが進出することは世界初の実験場になる。大店法で大型ショッピングモールが地元の小売店を潰して行ったことと重ね合わせて注目している。カジノオペレーターは日本のパチンコを潰すつもりでやってきますからね。最初は3カ所までですが成功すれば、全国に増えていくがそれは競争相手のパチンコを潰すことで成り立つ」と興奮気味に話す。

その時の調査はIRカジノ周辺のパチンコ店の売り上げや雇用問題まで踏み込む。

「同じギャンブル産業で働くのならカジノの方がカッコいいので、いい人材はカジノへ流れることが予想されます。パチンコはただ来て、時間の切り売りをしていればいいような人材しか来なくなる」

カジノが開業すると還元率にもユーザーの目は行く。

一般的に言われてギャンブルの還元率は次の通りだ。

宝くじ 46%
競馬 70~80%
ボートレース 75%
パチンコ 80%前後
カジノ 90~95%

この還元率を元に1万円賭けた場合に返ってくるおカネはこうなる。

宝くじ 4600円
競馬 7000~8000円
ボートレース 7500円
パチンコ 8000円前後
カジノ 9000~9500円

カジノは賭け金が青天井なので一夜にして全財産を失うこともあるが、還元率をみる限りはカジノが一番勝ちやすいことになる。

「スロットでかつては100万円も出る様な機械があったが、規制に次ぐ規制で大きな出玉が得られなくなったパチンコはすでに崩壊が始まっているとも言えます。ギャンブル欲のない人たちをメインにするとおカネを使ってくれませんからね。大量出玉で一発逆転があるからハイローラーはおカネを落としてくれるが、出玉が規制され儲からないのであれば、ハイローラーはパチンコなんかには行かない。ハイローラーは利益を落としてくれる大切な客だが、パチンコを止めてカジノへ行く。1パチはお客も店も全然儲からない」

カジノのオープンを待たずしてすでにパチンコとカジノの棲み分けはできてしまっている。1パチ、5スロの低貸しが主流になっている現実がそれで、カジノが狙うハイローラーは今のホールには思ったほど残っていない。

「パチンコ業界の人は自分たちの権利を守らなければならないのに、規制されるようなことばかり繰り返している。目先のことしか考えないから、そうなる。だから調査対象として面白い」

カジノがオープンするのは早くても5~6年先だ。その時競争相手とするパチンコにはターゲットする客は残っているか否かだ。



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武漢から来日。パチンコがストレス解消に

東京在住のAさんは中国人女性と職場結婚して2人の小さな子供がいる。奥さんの実家は日本の大学に留学させるほどの財力があり、卒業後はAさんと知り合った人も羨む一流企業へ就職した。なにせ平均年収は下がり気味とはいえ1000万円以上ある。Aさんの年齢なら1300万円は下らない。

春節で奥さんの親族(両親、兄家族)7人が中国・武漢から観光目的で来日した。武漢が町を閉鎖する前だったために来日できたわけだが、武漢からの直行便が到着したのは大阪・関空。関西を観光した後で東京のAさんの家にやってきた。

Aさんは実家暮らし。Aさんのお父さんと5人で一軒家に住んでいるが、ここに奥さんの親族7人が転がり込んできた。

楽しみにしていた大阪観光は、新型肺炎問題が気がかりで観光気分になれなかったようだ。

常に武漢の知り合いとスマホで情報交換している。

「報道されているよりも悲惨。発表している数字より一桁多い。病院へ行っても診てもらえない。病院での2次感染、3次感染も心配。地獄だから帰ってくるな」と日本へ留まることを勧める。

個人旅行の観光ビザで滞在できる期間は2週間。中国大使館と連絡を取っているがいつ帰られるかもわからない。オーバーステイになってしまうかもしれないが特例措置は出る可能性が高くなった。

幸い、7人とも発熱などの症状はない。同居するAさんらにも症状は出ていない。

Aさんは気晴らしにお父さんとお兄さんとその息子の3人を連れて近くのホールへ行った。4パチではすぐにおカネがなくなるので、1パチ専門店へ行った。

4パチよりも回らない、と思いながらパチンコの遊び方を教えた。

3人で1万円ほど使って、3人とも負けた。それでも初めて体験するパチンコを「面白い! また明日も打ちたい」とビギナーズラックもないのに嵌りそうな予感だ。ちなみにスロットも体験させたが興味を示さなかった。

いつ、中国へ帰られるかも分からない。持久戦になることを覚悟してAさんは寝袋を買い求めた。

併せてホールには会員カードを作りたいと申し出たが、外国人という理由で断られた。

一挙に7人も増えたAさんの家で大変なことは朝のトイレの争奪戦と風呂、イビキ。このまま12人の生活が続けばAさんのストレスも溜まってくるというもの。

奥さんの親族はいつ帰れるかもわからない不安と帰っても地獄の狭間で、パチンコがストレス解消になった。

月曜日は父親と兄が中国大使館へ出向いて情報を収集した。兄の息子は一人でホールに行ってパチンコを堪能した。

武漢から外へは出られないが、武漢市民なら入れることが分かる。北京か上海経由で帰国するメドはついてきた。幸い、北京と上海には親せきがいる。

帰るメドがつくと今度はマスクなどの医療品の爆買いを始めた。マスクを持っていけば親せきにも大歓迎される。両親は上海の親せき、兄家族は北京の親せきに身を寄せることになった。

「ゴールが見えないことがストレスだったが、帰れるメドがついたのでホッとした」とAさんは安堵のため息をつく。

パチンコに嵌った兄の息子は一人でホールに行くようになり、ついにはTUCの特殊景品を持ち帰ってきた。

換金システムが理解できず、そのまま特殊景品を持ち帰ってきたが、換算すると約9万円分もあった。

事情を聞くとどうやらいつもやっていた1パチではなく、間違って4パチを打っていたようだ。

3000円目で大当たりして連チャンが続いた模様だ。

Aさんは6万5000円で買い取ることにして現金を兄の息子に渡した。2万5000円引いたのは寝袋代などを相殺した。

出玉を換金できることを理解。気をよくした兄の息子は「日本に来たらまたやりたい」と目を輝かせる。

潜伏期間などを含めると2週間は様子を見た方がいい。

しかし、日本でも感染者が増えるごとに、日増しに中国人への風当たりが強くなっている。中国人同士でも武漢出身だと分かると同じ飛行機に乗りたくないと離陸が5時間も遅れたケースも出てきている。

東京には中国人がよく来るホールがある。これで「スタッフが感染した」とニュースになればそのホールは一巻の終わりだ。その対策に店長は入口には消毒液を置くようにした。

Aさんのケースでも、このまま感染していないことを祈るしかない。

追記

その後もパチンコをやり続ける兄の息子。

この前はAKBの台で1万6000円の投資で3万8000円分の特殊景品を持ち帰ってきた。

とにかく、パチンコが大好きになった。パチンコの歴史から教えて欲しいというようになり、釘調整についても教えたがあまり理解はされなかった。パチンコを研究するためにDVDはないか、と探し始める。

「中国にあったら絶対に流行る」と太鼓判を押す。



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