パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第3話 漂流者 ⑧

ソバージュの女

僕は主任に怒られた後、ふてくされながら開店を迎える。いつもどおりのことをやったら朝はそんなに忙しくない。開店作業が済むと自販機のネスカフェコーヒーに80円を入れ、砂糖とミルクの増量ボタンを押し、出てきた紙コップを持ってホールのほぼ中央に位置する通路に向かって歩き出す。

全くやる気のない素振りで壁に寄りかかり、ボオっと突立っていると目の前を見知らぬ女性が素通りしていった。顔を見ることはできなかったが、後ろ姿がやけに色っぽかった。

肩まで伸びたソバージュはここら辺では見ることのない、ナウいヘアースタイルだからだろうか。丈がひざ下までのスリムな黒いタイトスカートのせいだろうか。ぱちんこをするお客は結構ラフな格好で来るのにこの女性客は妙にきちんとしている。

僕はだらしなく口をぽかぁんと開け、視線は後ろ姿と言ってもほとんどそのお尻を追っていた。

ソバージュの彼女はゼロタイガーのコースに足を運び、すうっとある台に座った。僕は乱れていない椅子を整理するふりをしながら彼女の方へと近づいてみる。ぷうんとシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。直視するわけにも行かなかったのではっきり見たわけではないが厚化粧を差し引いてもなかなかの美人だったように思える。中年女性でもあんな感じだったらいいかな、なんてとりとめもない妄想をしながら彼女の後ろを通り過ぎた。

「坂井さん、何をそんなにニヤケてるんでげすか。それじゃあ、そこらあたりの中年オヤジとおんなじでげす。みっともない」

木村くんは何故こうも僕の心を読み取るのが的確なのかと僕は苦笑いをする。
 
いつも変わり映えしないぱちんこの仕事は僕の感性を麻痺させる。そこには自己成長も感動もほとんどない。だからなのか、見知らぬ客が店に入りしかもそれが色っぽい女性となればちょっとだけ嬉しい気分になる。

コーヒーを飲み干し、タバコを吸ってホールをぐるりと廻ればあっという間に一時間がすぎる。僕はもといた通路の壁際に寄りかかりこの日二本目の煙草に火をつける。そこでなにかの違和感を感じた。

「あの女性は躊躇なく台に座った。普通ならば釘が読めなくても台選びには多少なりとも時間をかけるはず」

もしや、と思いソバージュの彼女が座っている台の番号を確かめた。

「やっぱり」

今日役物に細工をした508番台だ。僕はさりげなく彼女の後ろを通る。気のせいかもしれないが機械のガラスの反射で映る彼女の目と視線があったような気がした。僕はそれに気づかぬふりをしながら足早にその場を去った。

「おかしい」とつぶやいてみる。

彼女の座った508番台は開店1時間と経っていないのに既に玉を持っている。緑色の塩化ビニール製の玉箱にはギッチリ詰めれば玉が1000個は入る。それを既に3箱持っているのだ。3000個が一時間で出るほどうちの店は甘くない。

「今日細工したことが原因か」と不安になり主任に確かめるべく僕は事務所の戸を叩いた。

事務所には店長のカルティは不在で主任だけがいた。カルティの椅子にふんぞり返ってショートピースを吸っていた主任を見定める。

「主任、508番台なんですが」と思い切って尋ねると

「いいから黙っとけ。余計なこと言うなよ。後で教えっから」

それだけ言うと煙草の火を消し居眠りを決め込んだ。

僕は仕方なしに事務所を後にするしかない。ブツブツ言いながらそれでもあのソバージュが気になり508番台まで行ってみる。あろうことかその台に座っているはずの彼女がいない。カウンターに行き『連獅子』こと松本さんに聞いてみるとたった今ジェットカウンターに玉を流し店の外に出ていった、ということだ。

僕の疑問と不安は更に膨れ上がる。なぜ彼女は4000個で打ち止めになる台を打ち止め寸前でやめて帰っていったのか。しかも換金所にもその姿は既にない。ということは換金をしていないということになる。

普通のお客さんは打ち止めにしたら我が物顔でその玉をカウンターのジェットカウンターに流し込み、お金と交換できる特殊景品とその玉を交換し、真っ先に換金所にいくのに。ぱちんこの醍醐味とも言えるその二つの行為を彼女はすることなくさっさと帰っていったのである。今日の工作と主任とソバージュは絶対に関係している。僕は確信した。これはゴトだ、と。
 
結局その日、主任は僕に何も教えてくれなかった。それどころか僕を見向きもしない。デンジャラスなアンダーグラウンドの世界に足を突っ込むことを自分の意志で決めた僕ではあるが、何かひとつしっくりこない。事の真相を知らず、ただ親分のいいなりになって小間使いよろしくヘコヘコしている僕に一体どんな存在価値があるのだろうか。これから先が思いやられるじゃないか。


つづく


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第3話 漂流者 ⑦

主従関係

翌日のことである。いつものように開店前に僕は便所の掃除をしていた。

「おい、坂井。お前ちょっとこっち来い」

「あ、おはようございます。今すぐ行きます」

前触れも無く突如として便所に入ってきた西田主任は僕の返事も聞かずさっさとそこから立ち去っていった。僕は平静を装いながらもドギマギしながらそのあとを追いかける。

何気なく短い会話ではあったが、たった今僕と主任の立ち位置が明確になった。昨日まで主任は僕に対してそれほど横柄な態度はとってこなかった。

しかし今日からは違う。親分が自分の子分に命令を下すような態度であり、子分である僕はそれに対して従順に従うのみの会話であった。僕は主任を完璧に受け入れていた。僕の行動はいつも優柔不断である。小学生の頃と今の自分を重ねてみていた。それは葛藤という名の自己嫌悪だったと記憶している。
 
子供の頃近所の悪ガキたちが取る行為行動に対し僕はいけないこととしりつつも心のどこかで彼らを羨望していた。その楽しさゆえについ同調してしまう僕はいつも良心と快楽の狭間で近所の子供たちと遊んでいた。悪さをしながら仲間たちと徒党を組むことは楽しい。夕暮れになるまでのその時間は僕にとって天国のような居心地だった。

しかし大人の世界も子供の世界も良いことがいつまでも続かないというのが世の慣わしである。悪さをして帰ってくれば必ずと言っていいほど母親からの膝蹴りや鉄拳制裁の雨あられが僕を待ち受けている。僕は母親が僕の行動をすべて見切っていたことに疑問と恐怖を抱いていた。故に悪さといってもいたずらに毛の生えた程度で、僕は一線を超えることができない中途半端な悪ガキだった。

母親のしつけは非常に恐ろしく、しかも激烈に痛い。母親は相撲で言うところの「かわいがり」だと主張する。世が世であれば間違いなく幼児虐待の罪に問われ、その常習犯として世間に名を轟かせたであろう。しかし僕は生まれた時が悪かった。そんなことはどこの家でも日常茶飯事で、夕暮れをすぎるあたりになると近所の此処彼処から虐待の女帝たちが奏でる金切り声が、心身ともに未熟な子供たちの発する「ごめんなさい」とあいまみえて、ベートーベンの『運命』よろしく重厚な響きを引っさげて、悲惨な修羅場を演出するのである。

死にたいほどの恐怖と痛みに耐え続けて大人になった僕は、今でも事あるごとにしてはいけない行為とその快楽の狭間に立ち、苦悶の人生をずっと送り続けてきた。それはまさに天使と悪魔の囁きであり、僕の心を揺さぶり続ける。二十を過ぎた僕は今でも事の善悪を見極めるときに母親の怖い顔が浮かんでは消えていく。
 
これから主任とある種の関係を結ぶ、ということ自体も決してその例外ではなく、だいぶ躊躇はしたが今では僕もれっきとした社会人なのだから、ことを決断するのは自分ですればよいではないか、という誠に自分勝手な解釈で大きな一歩を踏み出したのである。

僕が今まさに行おうとする行為そのものは『悪』である。それを自分はしっかりと認識している。西田という人物が悪人であるという定義は変わらず、僕はその子分という人生初めての選択を自分でしたのである。天使はいとも簡単に悪魔に負けてしまった。主任は僕にプラスの精密ドライバーと厚紙それからハサミを持ってくるよう言いつけた。僕は言われるがまま、それらを持って主任がいるゼロタイガーコーナーへまわる。

「まずセンター役物の下2箇所のネジを最大限に緩めろ」

有無を言わさぬ声である。

「次に役物の下の部分を手前に引いてみろ。若干の隙間ができるだろ。そこに厚紙を五ミリくらいに切って差し込め。それからネジを元通りにきつく締めろ」

主任の指示はわかりやすく的確だった。僕は緊張しながらもなんとかその一連の作業を終わらせた。

「馬鹿野郎!厚紙が見えてるじゃねえか」

僕はほとんど舞い上がりながらその部位を確かめてみると確かにほんの少しだけ厚紙が見て取れる。それはそれとわかって意識をしながら見た場合のことでありそんなに大きくはみ出ているわけではない。

「これくらい多分誰もわからないと思いますよ」

主任は一瞬僕を睨みつけ低くドスの効いた声で言った。

「見える、見えないはお前が判断するもんじゃねえ。こういうものは100%客から気づかれたらいけねえもんだ。シノゴノ言ってねえでとっととやり直さんか」

僕は俯くだけで反抗する勇気を持ち合わせていない。

「これから俺がお前にいろいろなことを言いつけるが、こんどまた文句言いやがったら二度と教えないからそのつもりでいろ」

そう言うなり主任はその場から立ち去っていった。初っぱなから叱られた。僕の選択はこれなのか。既にうんざりする。これからも彼のご機嫌を窺いながら仕事をしなければならないのかと思うと先が思いやられる。ボクシングの世界戦12ラウンドを戦う覚悟をした挑戦者が1ランド開始早々ノックダウンをくらった気分だ。

つづく


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第3話 漂流者 ⑥

黒い約束

恐る恐る部屋に入ってみる。存外主任の部屋は整理されていた。ダボシャツとステテコ姿の彼は私に座るように目くばせをする。無言のまま座ろうとする僕は一瞬背筋が凍りついた。モンモンが入ってる。しかもオオガメが入れている筋彫りではなく、全体に色がびっしりと、きれいに埋め込まれている、正真正銘の刺青である。

ダボシャツとステテコの裾の部分から見えるその色が僕の目を釘付けにした。足のくるぶしの上まで刺青が入っているのは全身にそれが行き渡っているのを容易に想像させる。怖いもの見たさで僕はその全体像を見てみたい衝動に駆られる。

「ん?驚いたか。まあ、これは半端もんがするもんだ。自慢できるほどのもんじゃあねえな」と言ったその顔はさも自慢げであった。

主任は缶に入ったショートピースを一本取り出し、左の親指の爪の上でトントンと音をたてながら煙草の葉を詰める。煙草の葉が下の方へと詰まっていくと上部に若干の余裕ができる。煙草を吸う際にその葉が唇につかないよう丁寧に余った紙で蓋をする。

腹巻からデュポンのライターをおもむろに取り出し、ピンという魅惑的な独特の音と一緒に火をつける。その流れに僕は完全に見入ってしまう。しぶい。まさにハードボイルドの真骨頂ではないか。僕は今、情けないほどに主任に入れこんでいた。

「今日のたこたこフィーバーが気になったか」

「あ、はい。なんであんな風になるのか見当もつきません。主任はどこであんなこと覚えたんですか。あれは僕にもできることなんですか」

矢継ぎ早に質問を浴びせる。

「まあ、蛇の道はへびでな。知ってる奴はみんな知ってるよ。俺みたいに中学を卒業してヤクザ稼業とぱちんこ屋を行ったり来たりするような輩にはなんでもないことよ」

涼しげな顔をしてショートピースを肺いっぱいに吸い込む。

「世の中の大半は本音と建前が交錯している。しかしこの世界は全てが本音だ。みんな生きていくのにきれいごとなんか言ってらんねえだろ。極道もぱちんこ屋も行くところがない奴がしょうがねえから頭下げてそこに収まるってだけよ。お前だって寝るところはあるし、おまんまも食わせてもらえるし正直言って楽な生活させてもらってんだろ。そりゃあ自分でアパート借りて、めし作ってな、せこせこ生活してたんじゃ金がいくらあっても足りねえだろうが。もっともそんな生活やってる奴に金持ちなんかいねえし、自分で自立して生活できる器量を持ってる奴がぱちんこ屋なんかで働くわけもねえけどな」

僕は納得してしまう。主任の話はどこかでカルティエの話とも通ずる部分があって、人間の悲哀みたいなものを感じるのだ。

「坂井くんよ。自分はまだこの業界浅いみたいだからひとつ言っておくけど、ぱちんこ業界は俺みたいな海千山千の奴らがひしめき合ってるのが現実だ。あんまり深く関わらねえほうがいいんじゃあねえのか。一回深みにはまるとなかなか抜け出せえよ。俺は一度この業界を抜けてからまた舞い戻ってくる奴らをごまんと見てきてる。なんでかは知んねえけどな」
 
たしかにそうである。冷静に考えれば考えるほどこの場は危険極まりない。あんな具合に7を人為的に揃えるなんていうテクニックもアンダーグラウンドの世界では別に驚く程のものではないのだろう。それをなんでもないことだと言い切るような男は危険人物であることは誰が見ても明白である。

しかし僕はなぜか危険な匂いがすればするほどそこに惹かれていくのである。自分にもこんなデンジャラスな要素が潜んでいようとは思ってもみなかった。多少の驚きや恐怖を感じつつも今の僕はそれそのものをドキドキしながら楽しんでいる。

今までの僕ならこういった話は絶対に聞いてはならず、即刻この場から立ち去るべきであると、拳を高々と掲げ犯罪撲滅のシュプレッヒコールを叫んでいたに違いない。しかし今日の僕は全く違う僕だった。

「でも主任。俺もこの業界で生きていくと決めたからにはやっぱりいろんなことを知らないと駄目だと思うんですよ。だからこれからも色々教えてもらえませんか」

ビビリながら精一杯の去勢を張って言い切ってしまった。内心「言ってしまった」という後悔がなくもなかったが、今は主任に根性無しのレッテルを貼られることの方が怖かった。それは不良が不良とつるんでいく為に必要な共通の秘密、そして連帯感。僕は今、それを欲しているのだ。

主任は何か言おうとして一旦思いとどまり、短くなったタバコを親指と中指でつまみ最後の一服を深く吸った。ショートピースの黄色い煙が目に入り額にしわを寄せる。

「わかった。わかったからそう凄むな。だけどこれから俺から教わることは絶対誰にも言うなよ。男が一度覚悟を決めたら二度と覆すな。バラしたらそんときは大変なことになるぞ。わかってるな」

低くドスの効いた声は僕に一切の後悔や否定をさせなかった。もうあとには引けない状況である。情けない話だが、やっぱりやめとけば良かったと後悔してしまった。が時すでに遅し。僕は主任のあくびを合図に自分の部屋に戻った。これからどうなるのか。不安と期待が交錯するデンジャラスゾーンへの入口、前夜祭である。

つづく


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第3話 漂流者 ⑤

黒い魅力

真っ赤な『7』が三つ揃い、その下のアタッカーが開く。僕の口もそのアタッカー同様にあんぐりと開いたままだった。お客さんもそのほとんどが驚き、一瞬ではあるが静寂が広がる。フィーバーの効果音だけが淡々と鳴り響く。

奴は開いたアタッカーのVゾーンではない箇所にひとつだけ玉を入れ、わざとパンク(大当たりの強制終了)させる。そして再びアタッカーが開かないのを確認すると、今度はスタートチャッカーに玉を入れる。

リールは7の三つ揃いからバラバラの何でもない図柄に変わる。これで通常の状態に戻った。上皿に出てきた少量の玉を取り除くと今度は機械そのものを開け、島の中に放り込む。一連の動きには一切の無駄がない。その様を呆然と見ていた僕の耳元で奴は

「今のがリーチ目だ」

と僕の耳元で囁くとあとは何事もなかったかのように口笛を吹きながらその場から立ち去った。耳には煙草の匂いとじわりと湿った嫌な感触が残る。くすぶりの匂いはまだそこに奴の唇があるような錯覚を呼んだ。心臓が波打つ。得体の知れない高揚感。抑えきれない感情で僕は奴の後ろ姿を目で追いかけた。気がつけば実際に必死で奴に向かい、走っていた。

「主任、今のは一体どうなってるんですか。どうやったんですか」

「知りたいか。知りたかったら明日の朝早く出てこいよ」

彼は背を向けたまま顔だけを少しこちらに向け低いがしかしはっきりと聞こえる声で答えた。

ホールの喧騒をよそに僕は一人この場に取り残されたような錯覚にとらわれる。この瞬間、僕の全ての価値観が変わった。『奴』への呼び名はもう『奴』ではなく『西田主任』に変わる。ここから立ち去る時の悠然とした後ろ姿。哀愁を漂わせる口笛。

あの気味悪いイボですら、なにかハードボイルドの象徴のように思えてきた。主任は男を匂わせる。それは男を魅了する匂いだ。今まで僕は男にこれほど魅せられたことがない。健康な魅力には特段関心をもたない。怖くはあるのだが『不良』への魅力はその恐怖に打ち勝つ。そう、『不良』は男の美学だ。そしてその強さは僕を虜にする。主任は無口で何事も伜なくこなし、物事に躊躇しない。ぼくは「かっこいいな」と呟いた。
 
一瞬にして骨抜きにされたのが自分でもよくわかった。節操がないくらいの豹変を遂げた僕は、その夜なかなか寝付くことができない。まんじりともせず、万年床にあぐらをかき三本目のショートホープに手をつける。と、隣の部屋から咳払いがひとつ聞こえてきた。

主任だ。まだ起きている。わけもなく主任の部屋を訪ねてみようかと考えだした。心臓が急に忙しく動き出す。ショートホープをスパスパと吸いだすと、とたんに口の中に苦味が広がる。しかめ面をしながら僕はショートホープを赤いラークのロゴが書いてある灰皿に乱暴に押し付けた。

だめだ、明日の朝まで待ちきれない。

「部屋に行くべきか行かざるべきか、ここが男の思案橋」
一人で部屋にこもる時間が増えるとこのように意味不明な独り言が増える。そしてさっき消したばかりだというのに新しいショートホープに手をつけようとしたときに二度目の咳払いが聞こえてきた。

「主任が呼んでいる。これは俺に来いと言っている」
勝手な解釈は僕を大胆にさせた。廊下にでると空気は思いのほかひんやりしていた。相変わらず廊下の蛍光灯はチカチカと点滅を繰り返している。意を決したせいか今日は不気味さを感じない。
 
隣の部屋のドアを神妙に見つめる。ごくりとつばを飲み込み大きく深呼吸をする。「よし」と覚悟を決め軽くノックをしてみる。が、緊張のせいで力の調整がうまくできず、大きな音が鳴った。僕はビビる。しかし返事がない。中でごそごそする音が聞こえる。

さらに心臓が激しさを増して波打つのがわかる。やはりこの時間の訪問はまずかったか。一瞬の後悔。扉はいきなり開いた。「ひっ」と声が出てしまった。自分の情けない声のせいで恥ずかしさのあまりに顔が赤くなる。

「坂井くん、いらっしゃい」

主任は僕の赤くなった顔をじっと見ると笑顔を浮かべた。が、その目は笑ってはいない。たじろぎまくる僕は返事ができない。するとさらに彼の口角が上がり、無言のまま部屋に入るようにと僕においでおいでをした。

つづく



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第3話 漂流者 ④

黒への序章

「西田主任はなんでもできる。故障になった台もすぐに直すし、今までは故障になったら機械を止めてたじゃない。それがさあ、機械を止めたら売上が伸びないって絶対に故障の札なんか貼らないのよ。あたしもうびっくりよぉ。昨日だってお客さんが玉の弾きにばらつきがあるって文句言ったら、嫌な顔ひとつせずにチャッチャと直しちゃうんだからもうすごいよ。まっ、うちには西田主任くらい機械に詳しい人はいないもんね。みんなちょっとは見習ったらいいのよ」

連獅子はいつから奴の広報部長を任されたのかは知らないが、食事をしながらベラベラと一人勝手にまくし立てる。

「しかし本当にかっこいいわぁ、西田主任」

その勢いは止まることを知らない。
 
仕事ができることは確かに認める。しかしあの風体のどこがカッコいいのか僕にはどうしても理解しかねるのである。僕が怪訝そうな顔で連獅子の方を向くと

「坂井さんも主任を見ならったほうがいいわよ。やっぱり男はああでなくちゃね」

だめだ、彼女の目は完全に逝ってる。不愉快になるばかりの僕はまだ半分も食べていないご飯を残し「あいつは危ない奴なんだ。絶対」と吐き捨てるように言い放ち食堂をあとにした。

「素直じゃないんだからね、男のジェラシーもどうかしらねぇ」

聞えよがしに後ろから連獅子の声が明るく響く。僕は言いようのない、そしてこらえようのない感情を持て余す。階段を下り、駐車場でタバコを取り出す。やはり今日も苦いショートホープの煙を吐き出しながら連獅子の言葉を反芻しながら奴のことを考えてみる。

気分は悪いが確かに奴は仕事ができる。しかも普通のレベルじゃない。客のあしらい方もうまいし、特に僕たちが苦手とする機械の修理に関してはかなりのレベルを誇る。例えばヒコーキタイプの羽根の具合が悪いといっては、すぐさま精密ドライバーでその役物を取り外し後ろ側にあるソレノイドなる部分を交換する。そうすると羽の動きがスムーズになって今までギクシャクしていた羽根の動きが嘘のように収まる。その間わずか三分とかからない。まさに匠の技。
 
ある日のこと。用事があって事務所に入ると奴が電話をかけている。どうやら機械の部品発注をしている様子だ。びっくりしたのはメーカーに対するその追い込み方だ。

「新台が一ヶ月も経たないうちに不具合が出るようじゃせっかくの高い買い物に意味がない。メーカーとしてのお宅の信頼にも関わる問題だから今日中に必ず部品を持ってきてください」

件のバリトンで発せられる口調は相手に有無を言わせない断固としたものだった。その話術には学ぶべきところが多々ある。

「ついでにすごおく悪いんだけどさぁ、余分があったらさ、サービスで少し多めに持ってきてよ。恩にきますからァ」

今度は僕と最初に出会った時のハイトーンで一転する。僕には到底 真似できない芸当である。瞬時にして別な人間がここにもうひとり存在するかのような錯覚を覚える。そのものをねだるような時には、話のテンポを遅くしてできるだけ粘っこく、そして執拗に同じことを繰り返す。これもまた相手に拒否という選択肢を与えない。その能力はほとんど天才的といってもいいくらいだ。

機械台の修理、人に対する接し方や話し方。奴には欠点がない。というより付け入る隙を全く見せない。どれをとっても完璧なのである。僕はどこかで奴を見直し始めている自分を苦々しく思う。癪に障るのだが奴の行為行動にいちいち感心してしまう。

「なんだい、あんな奴。この店にいらねえよ」となんとか奴の存在を否定しようと声に出してみてもその独り言は僕の心に虚しく響くばかりであった。
 
昼の休憩時間も終わり、僕はだらだらとホールに入る。ホールは相変わらずの喧騒である。僕は奴がこの店に入ってから仕事に集中できない。ほとんど抜け殻状態の僕は自分の情けなさを認めつつ所定の持ち場につく。と、奴がニヤニヤしながら近づいてきた。

「さ・か・い・く・ん、今日はいいこと教えてあげるよ」

「な、なんですか」

僕の質問に答えようともしない奴は、鍵の束をチャラチャラさせ、口笛を吹きながらヨンキョーのタコタコフィーバーズのコーナーへ進んでいく。

「今から面白いもの見せてやるよ。ふふふ。だから君は22番台のドラムリールを見てなさいね」

言うが早いか奴は22番台のちょうど裏側に回った。そしてその台の真後ろの台を開けたようである。機械の裏から奴の声が聞こえる。

「よく見とけよ」と今度は凄みを効かせた声を放つと何かをし始めた。何かをし始めたというのは、目の前にある22番台のドラムリールがゆっくりとひとつづつ緩やかに動き始めたのをこの目で確認できたからだ。間違いなく裏でなにかしている。

このドラムリールは前述したようにスターツチャッカーに玉が入るとリールが回転し、絵柄がランダムに停止するようにできている。そしてその停止状態で7・7・7と7が3つ揃うとフィーバーするのである。後で知ったことだがこの機械はなぜか裏側から細い棒状のものであれば容易にドラムリールの図柄を人為的に変更させることができる。

僕はこの時点でそのことを全く知らなかった。まさに今日初めて知ったのである。しかし奴が僕に見せたかったのはそれではなかった。裏でバシャン、と機械台を閉める音が聞こえると奴はニヤニヤしながら再び僕の隣に来た。目の前にあるリールの図柄はタコに似た宇宙人の絵が三つ揃っている。

「ここからがお楽しみ。へへへ」
と薄気味悪い笑いのあとで奴は台のガラスを開ける。そしてスタートチャッカーに玉を一つ入れるとパンとガラスを閉めた。

気がつくと周りには野次馬が集まり始めている。みんなはその行く末に興味津の面持ち。奴は涼しげな表情で自分は何もしていません、を決め込む。リールはが左側から停止をはじめる。7・7・7!信じられない光景がいま現実となって僕たちの目を丸くさせる。

「すげー、7が揃っちまったぜ。なんだいこりゃあ」

「おお、ほんとだぜ」

「何だ、何だ、何があったんだ」

方々から驚嘆の声が上がる。僕は自分の子の目を疑った。みんなは7が揃った瞬間しか見ていないから単純に喜んでいるが僕はその一部始終を見ているがゆえに驚きより恐ろしさの方が先に立った。コイツは一体何者なんだ。どす黒い恐怖がまたぞろその太い首を持ち上げてきた。



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