パチンコ日報

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ぱちんこ回想記 第5玉 とりあえず郡内制覇へ。勝負台は初代レッドライオン

皆さんこんばんは。只今の時刻は丁度0時を回ったとこです。私は小さな頃から深夜の時間になると目が覚めて、頭の回転が昼間よりはマシになるタイプです。深夜のパチンコ店での仕事は今思い出してみると天職でした。第5玉を読みに来て頂き有難う御座います。ザリガニ位の小さな脳みそで今回頑張って書いていきたいと思います。

マイホの「平和ホール」で「タコヤキSP」に触れて、また自分のぱちんこレベルが1段階上がったような感じがした。とりあえず自分が住んでいる郡内のホールを探して、1軒1軒「D-51」を探しながら歩いて、たとえ無くても見て気になった羽根物は、打っていく事に決めた。

しかし、自分の地元から隣町まで自転車で行くのにも距離が大分ある。雨なんか降ってきたらかなりの事件である。如何にかして、楽して行く方法は無いだろうか? バイクに乗ってる先輩に乗せてってもらうのもひとつ。車に乗ってる先輩に乗せてってもらうのもひとつ。電車で行くのもひとつ。

色々考えてみたが、電車が一番いいと感じた。でも何処の駅で降りればホールがあるのか…。無い脳みそで考えてみた。そして私は駅前で、お客待ちで並んで待っているタクシーの運転手に聞いてみた。

「ねえねえ、電車でここから近くてぱちんこ屋がいっぱいある駅って何処の駅?」

何人かに聞いたら、詳しい人が1人いて教えてもらった。地元から北へ3つ目の駅で降りて少し歩いたら、「ぱちんこ屋がいっぱいあるぞ!」との事。

いっぱいあるのか…。私からしたらよだれの出るような話。駅の中に入り電車賃表を見ると片道300円程度だったかな。往復で600円もする。2000円弱の全財産から600円引いたら1200円程度しか勝負出来ない。ストレートで1200円使い切ったらすぐに帰宅になる。

それも嫌だよなと考えてしまう。そして某なんとかさんのようにトンチを始めると「!」と閃いた。

実家で店の手伝いをしよう! そうしよう! 

父に相談する。手伝いするから小遣いをくださいと。1日500円で話がまとまった。

私は貴重な夏休みの6日間手伝いをした。皿洗いをしてお客さんの所に料理を運び、愛想ふりまいて皿洗いをした。そして3000円貰った。これで全財産が5000円弱とお客さんに貰ったチップ2000円合わせて7000円弱に!

電車賃を600円使っても6000円は、負けれる(最初から負ける前提で考えてる)。もし昼になっても帰らなくていい状況なら、お昼も食べないといけないと思い、大好きな立ち食いそば屋でもあればなと思ったが、なかった時の事を考えて朝は、自宅でおにぎりを握って持って行く事にした。

翌日、部活をさぼる。朝おにぎりを3つ握って、T-BOLANのリュックに入れて朝8時台の電車に乗った。


3つ目の駅で降りて、駅から少し歩いてメイン道路を歩くと、ぱちんこ屋がいっぱい並ぶようにあった。それは地元より都会に見えた若柳町(現栗原市若柳)。勿論地元よりも人口は多く、町も明るく見えた。しかし問題点が1つあった。

それはホールが大きい事だ。どこも200台近い大きさ。今の時代に比べたら小さいかもしれないが、当時は200台までの規制があったと聞いている。

それでも100台もない地元の「平和ホール」や2軒目に行った「ラッキーニューセブン」と比べると大きいし、それに建物の造りが豪華に見えた。

昼間でもネオンがピカピカリレーしている。私の心は凄く踊らされたが、こんなホールに入ったら注意されて、追い出されるんじゃないか?という不安がよぎる。

宮城県は朝9時開店なので、歩いているうちに9時を過ぎ、各ホールから音楽やジャラジャラと玉の音が聞こえて来る。幼少期の時に聞いた賑やかだった「平和ホール」の音を思い出した。

そして、1軒目のホール「ビックバン」に恐る恐る入ってみた。店内はとても綺麗で天井が高い。ジャンプして手を伸ばしたら天井につく「平和ホール」とは大違いだ。

入った瞬間に分かったのは、ここには古いぱちんこ台はない事だ。店内をグルグル見て回ると少し強面の店員が近寄ってきて話掛けてきた。

「お兄ちゃんは何歳なのかな?」

答えようとする前に、胸ぐらを掴まれて入り口まで引きずられ外に出された。

「18歳になったらおいでね!」と笑顔で言われてドアを閉められた。

予想は的中した。やはりお客さんが多いホールは注意されると。それと私は当時身長も小さくて、顔も幼かったので中学生にも見えなかったかもしれない。とりあえずこのホールは諦めて、他のホールへ行った。2軒目は「ニュータイガー」。後から知ったが「平和ホール」のおばちゃんのお姉さん夫婦が経営していた店で、なかなかの客付だった。

入り口すぐにあった羽根物コーナーには、またもや「ビックシューター」。対面には三洋の「スタジアム」の2機種。

あまりにも混雑していたため、またも注意される事を恐れて撤退する事に (しかしまた来るお話は後で)。

また歩いてすぐ近くの「ダイエー」へ。駐車場に車は少なく、私からしたら良い感じ。入ってみるとすぐ店員2人と目が合ったが何も言われなかった。

ホッとして店内をグルグルしてみると、羽根物コーナーより先に視界に入ってきたのがパチスロコーナー。そこにはユニバーサルさんの2号機「リバティベル3」。パネルの筆記体で書かれたリバティベルのつづりがなんともカッコいい。そして青パネルの色が凄く印象的だった。私の人生で一番好きなスロットが「リバティベル3」になるのだがまだ打たず。その話も後ほどに。

再びぱちんこコーナを見て回る。「タイムショック」(三共) 、「フィーバーボルテックス」(三共)、「フィーバーフラッシュ」(三共)。どれも後に打つ事になるが、この時はどうでも良かった。

やがて大好きな羽根物コーナーに入ると衝撃的な台ばかりを目にする。

「うちのポチ」(三共)、「道路工事」(三共)、「レッドライオン」(西陣)、「赤兵衛」(西陣) の4機種。

パッと見て惚れたのが「レッドライオン」。次が可愛らしく見えた「うちのポチ」。面白いのかどうなのかパッと見では分からなかった「赤兵衛」、「道路工事」とつづく。この順で打って遊ぼうと決めた。

帰りがあまり遅くなると良くない。とりあえず1機種1回当てて次々打とう。

まずは「レッドライオン」からだ。




1984年に登場し、幼少期の頃に地元の「平和ホール」で見た「ゼロタイガー」を思い出した。同機は飛行機で「レッドライオン」はヘリコプターの役物。1981年に登場の「ゼロタイガー」に対抗した作品にも見える気もするが、実際のところはどうなんだろうか? 出来る事なら開発者に聞いてみたいものだ。

両替を済ませて適当に着席。セコセコと100円ずつ玉を借りる。ドキドキしながら打ち出す。1チャッカーと2チャッカーの「FIRE」も文字がとてもシブい。打ち出しすぐに左脇下のチューリップに入り、チリーンと賞球ベルの音と共に13個の払い出しが上皿へ。

なんとなくだが、今まで打ってきた2軒のホールとは、扱いの違いを感じた。この時から18年後にこの店にあったぱちんこ台を買取する事になり、当時の釘調整を舐めるように見たが、お客のいないお店のわりには凄く大事に叩かれていた。


ALL13の賞球を深く理解していて、ただ鳴きと寄りの調整だけする感じではない。ぱちんこ初心者の私だったが、大して鳴く訳でもないし、寄る訳でもないが玉もちが今までのホールよりいいのだ。明らかにお金の無くなるスピードがゆっくり。

でも当たらずに2000円なくなる。不思議と負ける感じがしなくて続行すると、ようやくツキが回ってきた。1チャッカー入賞から羽根が開いて正面から見て左の羽根に玉が2つ乗り、羽根が閉まったと同時に、玉と玉が押し合い1つがVゾーンに入ったのだ。

「ゴーーーーーッ」と祝福音が鳴る。


大当たりがスタート。しかし、パンクがある羽根物は大当たりしてからが勝負である。羽根が開閉し1個1個入る度に、ピュンピュンと音が鳴る。役内のヘリコプターのプロペラがクルクルと回りだす。「こんなところも動くのか!」と吃驚していたら、いつの間にかVに入ったみたいで2R目。よく見ながら打っていると貯留システムがない。

「おいおい!」と焦りながら祈る気持ちで見つめながら打つ。足の指にかなり力が入るも2Rでパンク。貯留してくれるのが当たり前だと思っていた私は、パンクしてガッカリするよりも、いろんな造りがあるんだなぁ、とぱちんこにもっと心が魅かれていった。

出た2R分の玉はこの後惜しい当たりもないまま全部なくなった。多少悔しさはあったが、また打ちに来る時のために、レッドライオンの役物を目に焼きつけてから台移動して、2台目の「うちのポチ」へ。画像を見ての通りとても可愛らしい1台。

すぐにポチの話を書きたかったのですが、文字数が大分オーバーしているのでポチは次回でお話いたします。まさかポチで人生初の…を達成するとは。   

つづく


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