パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第3話 漂流者 ⑦

主従関係

翌日のことである。いつものように開店前に僕は便所の掃除をしていた。

「おい、坂井。お前ちょっとこっち来い」

「あ、おはようございます。今すぐ行きます」

前触れも無く突如として便所に入ってきた西田主任は僕の返事も聞かずさっさとそこから立ち去っていった。僕は平静を装いながらもドギマギしながらそのあとを追いかける。

何気なく短い会話ではあったが、たった今僕と主任の立ち位置が明確になった。昨日まで主任は僕に対してそれほど横柄な態度はとってこなかった。

しかし今日からは違う。親分が自分の子分に命令を下すような態度であり、子分である僕はそれに対して従順に従うのみの会話であった。僕は主任を完璧に受け入れていた。僕の行動はいつも優柔不断である。小学生の頃と今の自分を重ねてみていた。それは葛藤という名の自己嫌悪だったと記憶している。
 
子供の頃近所の悪ガキたちが取る行為行動に対し僕はいけないこととしりつつも心のどこかで彼らを羨望していた。その楽しさゆえについ同調してしまう僕はいつも良心と快楽の狭間で近所の子供たちと遊んでいた。悪さをしながら仲間たちと徒党を組むことは楽しい。夕暮れになるまでのその時間は僕にとって天国のような居心地だった。

しかし大人の世界も子供の世界も良いことがいつまでも続かないというのが世の慣わしである。悪さをして帰ってくれば必ずと言っていいほど母親からの膝蹴りや鉄拳制裁の雨あられが僕を待ち受けている。僕は母親が僕の行動をすべて見切っていたことに疑問と恐怖を抱いていた。故に悪さといってもいたずらに毛の生えた程度で、僕は一線を超えることができない中途半端な悪ガキだった。

母親のしつけは非常に恐ろしく、しかも激烈に痛い。母親は相撲で言うところの「かわいがり」だと主張する。世が世であれば間違いなく幼児虐待の罪に問われ、その常習犯として世間に名を轟かせたであろう。しかし僕は生まれた時が悪かった。そんなことはどこの家でも日常茶飯事で、夕暮れをすぎるあたりになると近所の此処彼処から虐待の女帝たちが奏でる金切り声が、心身ともに未熟な子供たちの発する「ごめんなさい」とあいまみえて、ベートーベンの『運命』よろしく重厚な響きを引っさげて、悲惨な修羅場を演出するのである。

死にたいほどの恐怖と痛みに耐え続けて大人になった僕は、今でも事あるごとにしてはいけない行為とその快楽の狭間に立ち、苦悶の人生をずっと送り続けてきた。それはまさに天使と悪魔の囁きであり、僕の心を揺さぶり続ける。二十を過ぎた僕は今でも事の善悪を見極めるときに母親の怖い顔が浮かんでは消えていく。
 
これから主任とある種の関係を結ぶ、ということ自体も決してその例外ではなく、だいぶ躊躇はしたが今では僕もれっきとした社会人なのだから、ことを決断するのは自分ですればよいではないか、という誠に自分勝手な解釈で大きな一歩を踏み出したのである。

僕が今まさに行おうとする行為そのものは『悪』である。それを自分はしっかりと認識している。西田という人物が悪人であるという定義は変わらず、僕はその子分という人生初めての選択を自分でしたのである。天使はいとも簡単に悪魔に負けてしまった。主任は僕にプラスの精密ドライバーと厚紙それからハサミを持ってくるよう言いつけた。僕は言われるがまま、それらを持って主任がいるゼロタイガーコーナーへまわる。

「まずセンター役物の下2箇所のネジを最大限に緩めろ」

有無を言わさぬ声である。

「次に役物の下の部分を手前に引いてみろ。若干の隙間ができるだろ。そこに厚紙を五ミリくらいに切って差し込め。それからネジを元通りにきつく締めろ」

主任の指示はわかりやすく的確だった。僕は緊張しながらもなんとかその一連の作業を終わらせた。

「馬鹿野郎!厚紙が見えてるじゃねえか」

僕はほとんど舞い上がりながらその部位を確かめてみると確かにほんの少しだけ厚紙が見て取れる。それはそれとわかって意識をしながら見た場合のことでありそんなに大きくはみ出ているわけではない。

「これくらい多分誰もわからないと思いますよ」

主任は一瞬僕を睨みつけ低くドスの効いた声で言った。

「見える、見えないはお前が判断するもんじゃねえ。こういうものは100%客から気づかれたらいけねえもんだ。シノゴノ言ってねえでとっととやり直さんか」

僕は俯くだけで反抗する勇気を持ち合わせていない。

「これから俺がお前にいろいろなことを言いつけるが、こんどまた文句言いやがったら二度と教えないからそのつもりでいろ」

そう言うなり主任はその場から立ち去っていった。初っぱなから叱られた。僕の選択はこれなのか。既にうんざりする。これからも彼のご機嫌を窺いながら仕事をしなければならないのかと思うと先が思いやられる。ボクシングの世界戦12ラウンドを戦う覚悟をした挑戦者が1ランド開始早々ノックダウンをくらった気分だ。

つづく


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コメント[ コメント記入欄を表示 ]

  1. 今から約25年前、中目黒駅前のパチンコ屋の一発台で、同じように役物の下から厚紙がはみ出している台があったっけ。
    バンバン命釘を抜けても当たらない仕様だったな。
    良い時代でした。
    換金禁止  »このコメントに返信
  2. ピンバック: 換金禁止

  3. 西田主任は採用してくれたマネージャー釘師「店長」を裏切れるのかな?
    猫オヤジ  »このコメントに返信
  4. ピンバック: 猫オヤジ

  5. サウナ上がりに行き付けの立ち飲みにて究極の生ビールを飲みながら(*´ω`*)

    ゼロタイガーの役物下部に厚紙を挟むと云う事は拾われた玉が奥に流れ易くしてV入賞確率を落とすと言う事なんですかね?
    今回の話は立派な(^^;?仕事を板井君に教えていると言う事なのかしら?

    タコタコフィーバーが現役と言う事はまだ一発機は登場していないのかしら?

    続きが気になる(*´ω`*)
    もと役員  »このコメントに返信
  6. ピンバック: もと役員

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