パチンコ日報

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もしもこんな釘師がいたら?

もしもこんな釘師がいたら?



俺は釘師だ!といえば、今日からいきなり釘師では、かなわない。



①自称、本人はプロを自認してはいるけど、職人的釘師の使命感はない。



②お客さまに良いものを提供する奉仕の精神が欠如して、割数の辻褄合わせに奔走している。



③観察力と洞察力のいる商売なのに、冷静な判断ができずに気分感情に左右されている。



④成績の手柄は自分のアタマとウデのため、成績低下は人のセイでいつも良い子になっている。



⑤あまり研究もせず、向上心のない経験主義に満ちている。



⑥情報の収集に鈍感でありその意欲もない。



⑦基礎的データの意味もわからず、試しうちもなく、なぜかヘソだけ釘師に追われている。



⑧ギャンブルに溺れて、自滅寸前の自分さえも調整できない人間が機械調整をしている。



⑨根気がなく、丹念さもなく、大雑把でダラシのないひとがアケシメをしている。



⑩ホール営業には関心がなく、ホールにも顔出さず、俺は釘で大変だと振舞う。



もしもこんな釘師がいたら? パート2



釘の論理がわからない「既製品釘師」が跋扈していて、誰が本当の釘師なのか分からない。釘師が歩けば棒にあたるご時世だが、いわゆる自称釘師は、もういらない。



①あける時にあけないでシメル、しめる時にあけてしまう。



②しめるときにシメナイで、あける時にシメテしまう。



③稼働もないのに、へそ回転数一定に、まだ執着している。



④生命釘をこれだけ開けているから、つけば出ます式を強調する。



⑤売り上げがあってもなくても、いつも同じ利益を捻出している。



⑥稼働がなくて苦しいのに玉利の大手論にこだわる。



⑦吹いてしまう、吹かなかったを、やたらに口にする。



⑧釘のピッチにはうるさいのに、釘の並び(玉の流れ)はめちゃめちゃなのを平然としている。



⑨小さいへそが回りすぎで、大きいへそが回らないのにヘソだけで調整している。



⑩もう釘の時代ではないといって、作戦思考も麻痺しているベテランで惰性釘師が目につく。



このうち、8割も思い当たることがあれば、釘師を辞めたほうがいい。それが業界発展のためにもなる。



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弱小店舗の反面教師だから楽しい

今から2年ほど前の話。それが現実のものになろうとしている…



とある有名大型店が気になっていた。すぐ近くまで行きながらとんぼ返りを繰り返していたからだ。



ある社長に誘われるまま、先ほどの仕事の続きの第2弾が夕食をかねて居酒屋で展開された。



居酒屋はその大型店のすぐ隣にあるため、店内はパチンコ優良客であふれかえっていた。



ビールで喉をほぐし、しばらくして、その社長から居酒屋の常連でもあり、パチンコの優良客でもある数人を紹介された。



なかでも、ひときわ目立つ老紳士はスッ~と立って、こちらに向いて笑顔であいさつに来た。



70歳は優に超えて見えるが、ピンと伸びた背筋に品格が漂う。



いきなり「あそこは、だめだよ」と切り捨てる。



老紳士の一言が真実を象徴しているかにみえる。



口火を切った老紳士に続いて出てくる、出てくる店の罵詈雑言。



大型店の隣にあるせいか、居酒屋のパチンコ客の関心はほぼパチンコ100%。



競合市場調査にとって、持って来いのグッとタイミングである。へたに遊技人口統計だの、立地の向きだのと、決まりきった計算式ではつかめない、本音の尊いヤリトリが酒の勢いと共に飛び交っている。



生中継だからリアル感がある。



火に油を注ぐかのように、カウンター席からパチンコ談義は点火した。



ちらちらと、こちらを見る目が愛おしくもある。善良なパチンコフアンの温もりが伝わってくる。



「負けないぞ」と覚悟の拳を握りしめたなるほどの答えの連発に勇気が湧き、ヒントを得るのも、このようなお客さまあってのこと。



「ありがとう・・・」と何かを胸に刻んでいる自分。



熱狂するパチンコ会話に覚悟の拳を握りしめた。



「やるぞ…」

「負けないぞ…」と。



この大型店には勝てる。間違いない、とこの目で確認した。



心と心で誓ったようなフアンとの絆で震えがとまらない。



真のパチンコフアンは、会ったばかりで友達になれる。だから話が尽きない。



「また、来ます」といって去るときが名残惜しいのか席をたつ時、深々と頭を下げている人もいる。何ていい人達なのだろう。



わたしも負けまいとアタマを下げながら、老紳士の手をしっかりと握りしめている。



「ありがとう。今日は本当にありがとう」と何度も手を振った。



店舗から冷淡に扱われ、つま弾きされてきたお客さま心理の存在確認が、再生の確信を強めていた。



午後6時半、稼動11%、



800は超える台数で稼動11%。連休明けの火曜日といっても情けない。

1パチの台数だけでも小さな店舗に比例するほどある。



16人だけが、ある機種の1パチコーナーに群がっている。



1パチがここでは稼働が10%にも満たない。稼動衰退の末期でみかける症状である。



稼動するはずもない、まっさらの新台が丸裸で寒そう…



入替直後の北斗にちょこっといて、大海スペシャルには10人満たない。慶次はひとりもいない。



大型店舗だから台数は容易に想像できるはず。



羨ましくもあるが羞恥心が体中に走る。まともに見れずに足早に撤退した業界人間のサガなのか。



こんな店舗があっちこっちにある。数十店舗の規模で展開する勢いは止まることなく、少し前も巨大店舗をオープンした。



メリハリがなくずん胴で、どこがアタマで、どこが胸で、どこが尻なのか。



美人の要素が見当たらない。



資産はあるが試算を間違えてしまったのだろう。原因をあれこれ並べるまでもない。



簡単だ。



戦略怠慢か戦略試算の掛け間違いの多い経営幹部の頭脳である。



たまたまではない。体質なのだ。この店舗も大きな有名道路に接している四つ角にある。



駐車場も500台。駅から徒歩3分。



最新鋭な設備を網羅している。



カネはある。



入替えは頻繁にできる。



台数は大型である。



なのに盛り上がらない。



盛り返えせるのは精魂こめる弱小店長だけ盛り返すのは簡単だ。有力なコンサルはいらない、足かせになるだけ。



大型店舗を盛り上げた店長は害になるだけ。弱小店舗をもりあげた店長がいれば窮地が助かる。



わたしは20数年、一貫してこれを主張している。なかなか、わかってもらえなかった。



パチンコ店舗の再生は「小が大をかねるけど、大は小をかねない」



大手の既存公式ではもはや機能しない、通用しない成功方式でなだめようとしている。



彼らのバカバカしい成功論には無茶がある。



弱小店舗を建て直した店長だったらやってのけるぞ。



これがわたしの本音のホンネ。



最近になって、段々とわかってきてもらっている。本当に苦しくなるまではわからないのだろうか。



まだまだ、喰える、喰える飯があるから甘えていられる。



とにかくあまい認識が充満していた。そのような店は、ハリケーンのようにさらわれていってしまった。



日ごとに困窮の加速度がついているせいで目覚めてきている。身体にメスが入って初めてわかる痛さが、とがった部分を取りのぞくのか、ふっと我に返るようだ。



弱小店舗にもチャンスがやってきている。図体がでっかいだけで、アタマデッカチだけでお客さまから見事に見放されている。



カネ計算が先で、客計算ができない。



大型大手大物が愚かに見える。

爽快である。痛快である。



弱小店舗の反面教師




弱小店舗の反面教師であるから、ありがたい存在である。少しでも長くそのままでいてほしい…



心配しなくても大丈夫ですよ。店長さん!こんな大型店舗は入替ても、玉出しても、イベントしても、このままでは盛り上がらないから。



心配しなくても大丈夫ですよ。店長さん!ただ、むやみに戦うのだけはやめておこう。



馬鹿なヤツを相手に時間を通やするほど、不愉快極まりなく馬鹿らしいことではないか。こんな大手の大型店舗から学ぶものはない。



這い上がる単独店舗のドラマが生き様であること。歯を食いしばって、この信念を貫こう。



彼らはわかっていない。本当に入替なければいけないのは自分だということ。気がつくまでには…



汚染された過去の年数分が、必要なのかもしれない。



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寒立馬(かんだじめ)に魅せられて…その3

そこに、弱っている店があるから



JTBの難波支店の部長が「下北は人間の住む街ではないですよ・・・何しにそこにいくんですか?」とボロカスにいう。



恐山をおそれているのに余裕で答えた。

「いやいや。待っている人がいるからね・・・」と。



そこに、山があるからっていうのは、とてもキザっぽいが、でもそんな感じに似ていた。



そのためにカラダを壊しけど・・・



それで、他の仕事のキャンセルを何度もしましたけど・・・



しかし、不思議にも大変な店を引きうけてしまったと思ったことは、たった、一度もなかった。



喰えない人が先ず食えるようになればいい訳で・・・



逆境にもめげない雪国にぞっこん惚れて40数年にもなる。



若い頃に福井県の38豪雪や56豪雪を先輩たちから聞かされて、もう雪国はやめられなくなっている。



雪国のパチンコ店舗に特化している訳でもないが、ふと、気がついたら雪国だった。



あらゆる困難が立ちはだかる市場の環境は、いい訳じみたことが嫌いな空気が蔓延している。



山形で見た雪も深かった。



時折、綿菓子のような雪が舞うと、それを裸で受けとめるようすると、自然とチカラがみなぎってくるから、なんと不思議。



岩手の雪もドサッと降っても降り続いて強情。



二戸に静まり返る雪の里にかえる帰省客がほんのりと凍えそうな体を温めてくれたり、やはり雪国は元気の源なのだろうか。



岩手山が、うっすら化粧直しをすると、もう、落ち着かない。

飛行機からみる秋田県境!?の岩木山もいいが、雄大な岩手山もいい。



青森空港を離陸して、伊丹空港に向かう時には、緊張感がほぐれて

ダラァッ~としていた。



その証拠に、青森空港を離陸したら地面に着陸した、ごう音に叩き起されていた。それがしょっちゅうで、空港バスでも寝ていた。



自称、業界の異端であった31年間の中でも、20年前からは、過去とはすっぱり手を切った。



いい話も、大きな話も、金儲けの話も数多くあったが、大きい話は断ってきた。



いや、正直にいうと大手が嫌い。



遣り甲斐とか人生の価値観を共有できなければとの想いから、弱小店舗ばかりを渡り歩いて、誇りとさえ思っていた。



なんか、笑えてくる。



また~綺麗ごとばかり言って・・・

また~キザ口を叩くんだからと言われてしまう。



また~格好ばかりつけて馬鹿みたいに・・・

だから、変人だといわれることもしばしば。



異端児とは、何となく人が評価するもので、一風変わった凄味のようなものを感じるが、それが、ただの変人だった。



でも、独断と偏見の塊りかといえば、またそれは、そうじゃなく仕事の70%は、相手の話を聞くことが仕事のようなもので、とにかく、話し合いに明け暮れている。



黄金万能主義に流されて



と、いうことでちっちゃなお店のお手伝いでも、どれだけスッキリさを感じたかわからない。



まだ、店長駆け出しの頃、「カネの切れ目は縁の切れ目」だとか、「清水の舞台から飛び下りるよう」とか聞くほどに、社長の非常な決意を感じ取れなくなっていた。



ひと言で、経営者の金銭感覚と人をカネだけでつる扱いにはコリゴリだった。



だから自然と寄りそう感覚を遠ざけていった。



いつの間にか、黄金万能主義に流されて、大きな勘違いをしてしまうのだろう。



成績がどうして、上がったのか、落ちたのか小手先論しか語れないのが淋しくて悔しい。



要はカネ、機械と入替オンリー。



業界世相の動向とか、人材とか、スタッフの熱意などという割には、人にかける真摯な思いが伝わってこない。



そんな姿を見かけることが、少ない。

人が見えない。

自分も見えない。

やらされている人はヤル気でいるように見せかける。



そして、最も緊要なお客様の気持ちも勘違いしている。



何しに、何のために、この店に来ていただいているのかを素直に現実を直視してもらいたいということ。



単なる売上げる道具としか、見えないのだろう。



パチンコ客ほど、一般商店の信頼度より、たちまちその場でなくなる信頼のメカニズムを理解していない。



それでも、偉そうにふんぞり返っている人もいるが、その裏返しが幹部陣に象徴されているように、簡単な道理を複雑に絡めているようで情けなくもなる。



それでも田山学校に憧れて



そんなにも自己改革には乏しいくせに、「田山学校」へ研修に行かせては、

卒業証書を事務所に飾り、とっくに、冷めきった熱意のキャンペーン。



自己満足に慕ったりで、情けなくてやりきれない。



過激な業界の競争には、経費削減の一点張りで、ハッタリと大声ばかりで喝をいれ、戦略、戦術、戦意が不在で人間はパチンコの機械以下に扱われ、悲惨な成績の低落で閑古鳥が鳴いても虚勢をかざす者もいる。



過ぎ去った過去の栄光が錆びるまで、そんな遠くはないのも知らずに。



寒立馬はしっかりと地吹雪にむかって、地足で歩いている。



如何なる困難が立ちはだかろうとも、決して逃げないでいる。



経営者がもっとも、口走る発言の中に、「自分から仕事を探して自発的に行動する人間がほしい。ウチの連中は、やれということしかやらない」と呟いているが、社長の背中を見ている分だけしか動かないのかも知れない。



そんな人のために、田山学校ならぬ、「寒立馬研修会」に招待をしたい。

唯一、腹蔵からして哀れな人間には特効薬といえるからだ。







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寒立馬(かんだじめ)に魅せられて…その2

それぞれの雪景色



ある時のスタッフ勉強会で寒立馬が話題になって盛り上がった。(それから自称、寒立馬研修会と命名)



その時からスタッフの熱意が違って、お客様を思う心のふれあいを競うようになった。



幹部たちも特訓モードに突入した。



しばらく青森を離れて東京あたりのパチンコ店にくすぶっていると、無性に吹雪が恋しくなって、すぐに電話して、逆に元気をもらった。



明日の仕事が大阪難波で雑多なひとゴミと雑居ビルの谷間となる時には、息が苦しいほど「吸って吐いて、吸ってはいてえ~」を繰り返して青森の空気を体内の隅々まで吹き込んだりしたこともあった。



だからといって、寒立馬のように筋肉質でスリムになるかと思えば、それだけは違っていた。



酒の肴に血走っていた。



刺身の格別な美味しいさを歓談したり・・・



仕事が終わって社長と居酒屋談義だったが・・・



もう完全にやられてしまった。



透き通ったイカ刺しに、今朝取れたての山菜のご馳走・・・



まだ夜明けなのに朝方3時頃に、山に入って採ってきた山菜、特に「しどけ」の天ぷらに熱燗なんてシビレテしまった。



疲れがピョ~ンと、飛んじゃって・・・



最後には、「じゃっパ汁」で、仕上げってワケで、至福の時だった。

何しに来ているのか、わからない時もあった。



外は、相変わらず地雪舞う真夜中にもかかわらず、ふと、1時間も余計にしゃべくると、うっすらと、夜が明けかけていた。



下北は、わりと白夜っぽくて、関西よりも夜明けが1時間も早い。



「寒立馬」に想いをよせ続けて今に至っているので、話はとても尽きることはない。



それにしても、「すきま風」で一世を風靡した 杉良太郎は恐山の広域な敷地に別荘をもって、東京からヘリで移動する大判振る舞いだそうだが、なぜか地元では自慢話になっている。



妻の五代夏子も下北にはちょこちょこっと、訪れては、青森の話題になっている。



ベトナムの親善大使をしている映像を何度か見たことがある。アタマが低くって、親分肌で・・・



地元ではパチンコ屋には手を出したら、いかんことが暗黙の了解になっている。



今時、時代遅れかも知らないがショバ代は歴然と残っている地方もあって、いやな世界だ。



恐山には恐れ多くて!?




ただ不可解なのが、なぜ、恐山なのかが気になる。



私は何度も誘われてもお断りしたのが「恐山」だった。

弘前、十和田、八戸にも行っているが、恐山にはちょっと。



八甲田や竜飛岬、奥入瀬には喜んで足を運んだのに。

「ちょっと」って、感じなのは、何ですかね。



普通ならジャンルの違い過ぎに戸惑って敬遠するとか、ならばわかるけど。



まだ、ちっちゃな頃、すぐ近くに神社があった。巫女さんが霊魂を呼び起こす振る舞いが、気持ちが悪くてお腹が急に痛くなったり、どういうわけだか幽霊と重ね合わせていた。



傍からして何ともないことでも、ひょんな傷跡を引きずって、踏み込めない世界ってある。



う~~~ん・・・やましい事は決してありませんが。



「いたこ」と、あの赤っぽい風車って奇妙な感じがして・・・



幼い頃に東京のどこかで焼きついた、いやな想いが消えないでいるとしか考えられない。



*「いたこ」:東北地方では、口寄せをする巫女(みこ)をいう。



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寒立馬(かんだじめ)に魅せられて…その1

北国の強烈な季節風は、たとえ雪が降らなくとも積もった雪を舞い上げ、地吹雪となって、すべてのものに襲いかかる。吹きさらしの大地で、馬はひたすらに耐える。長く分厚い体毛と、蓄えた脂肪、そして頑強な脚。それだけを頼りに、わずかな草をはみ、ただ耐える。母馬たちは胎内に仔を宿していても。やがて来るだろう喜びの春を夢見て……ヤフーより抜粋





会いたかった。寒立馬に



「今日は特別記念物を案内しますよ」と連れられて行かれたところが本州の最北端の尻屋崎だった。



あれは関西では春先で、まだ桜が7分咲きの3月下頃。

青森の市街地ではまだ、つぼみ桜だった。



下北の最北端には春が2カ月遅れでやってくるので、まだ、真冬があけた頃だった。



雪国を語れば負けん口を叩いていた自分としては、この時ばかりは口元が固まった。



こんな季節の落差に絶句した。



その頃はしばらく雪国を避けるかのように、南下していていた。



岡山、四国、広島と・・・それと大分。鳥取、島根もよく行った。



そんな時に青森の紹介話があり、何の躊躇もなく、すぐ現地に若いスタッフを派遣して現地調査をさせた。



その若いスタッフの報告はいつも否定的だった。



やがて猛吹雪で交通や市場動向は滞って、毛細血管まで寒さ凍った。

彼は、体裁をたてに本音を言わずに、関西一帯の転任を主張した。計数計算やパソコンのシステム構築や弁も立ちましたがそれまで。



関西から遥々遠方で、吹雪で、周辺には何もないし、歩いている人もあまり見かけない。



でっかい図体してホームシックになったわけだ。



それで、わたし自らこの地に投身することを約束した。



それでも、気の緩みや決意の甘さなどがある時には、この「寒立馬」に会いに吹雪に向かってワイパー全開で走った。



会いたかった。本当に!寒立馬に!!・・・



あれから、まもなく成績は雪が降る度に上がって行った。



八代亜紀ではないが「雪!? ゆき~ふれふれ~もっとふれ・・・」で猛吹雪の日が大好きになった。



それも連日やむことなく降り続ける「地吹雪」だ。



突風を誘い込んで舞う、地吹雪のため視界は2~3mだが、襲いかかるコレに粛々とむかっていくのがいい。



苦しい店の艱難を乗り越えるのといっしょの気持ちだ。



寒立馬研修会



最北端の崖っぷちで、オホーツクから容赦なく叩きつける猛吹雪にも、微動だにせず堪えている。



そんな光景をしばらく息を殺して見守るようにジッと見つめていた。



そんな毅然さに胸が熱くなって・・・



「俺も負けないよ。頑張るから・・・」と誓っていた。



寒立馬はいつも、わたしの脳裏に深く刻み込まれていた。



酷寒のなかで耐え凌ぐ寒立馬のように・・・「負けないよ!」と言い聞かせていた。



いや、きっと、これは紛れもない寒立馬との約束だった。



真夏なのに8月を通しても、30度を超える日が1~2回あるかないかの地帯。



なにも最北端と言うだけではなく、オホーツク海からこの時期になると、南下してくる冷たいか風がしんしんと沁み渡ってくる。



だから、真夏の霧が濃厚で数メートル先が見えないので、方向指示器を点滅させながら走ることもよくある。



その名は「ヤマセ」・・・といって、ヤマセが通り過ぎたら、もう秋!

この地方の夏はあっという間に去って行く。



紅葉も一足早く、京都の哲学の道や日光のいろは坂よりは、1カ月も先にやって来て幻想的な世界を繰り広げていた。



待ち焦がれた春がやっと来て夏がきたと思っていたら、ヤマセが降りはじめると、行きかう人々の表情は、どこか淋しく孤独っぽくも感じた。



夏盛んな中旬頃から冷風が吹いて穀物に被害をあたえては、僻地の貧民を困らせている。



この風情にして北国の最北端の、断崖絶壁からかすか向こうに見える函館湾の見晴らしは、青森出身の淡谷のり子の「窓をあければ港が見る~・・・」



メリケン波止場の景色を重ねていた。



小林多喜二の蟹工船なんかは、この地から遥か数万里の荒波越えて先だが、少し気になって水平線の遥か向こうまで眺めていた。



最北端のさらに向こうに何があるのだろうと・・・



カムチャカ半島沖で奴隷のような強制労働を虐げられる風景が連鎖してくる。



真夏にも容赦なく噴き続ける、「ヤマセ」の降る時は気温も上がらず、寒気がする。毛穴に噴霧が凍みこむようでやまない。



でも、このヤマセが去ると、青森賢人の「じょっぱり」気質が、長き日々の豪雪を耐え抜いて行く。そして、人情豊かな東北の方言が凍りついた体を溶かしてくれる。



だから私は、雪国を語る時に、必ずといっていうことがある。



「雪はとってもあったいんですよ」と。



雪は人々の心の中に生きている。するとみなさん、キョ~トンしている(苦笑)



青森の人は有言実行のひとが多く、駆け引きじみたヤリトリを見かけることが少ない。



ちょっとした言い訳や弁解がましいことばかりを言ったり、苦労を避けて通る軟弱な人材は「寒立馬研修会」にぶち込んだら、どうでしょうか(笑)



成績をあげるには自己改革を避けては通れないことを吹雪の青森はちゃんと教えてくれる。



つづく



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