パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第3話 漂流者 ③

連獅子

「どうしたんですかい、坂井さん」

仁義なき肥満の木村くんが怪訝そうな顔で僕の顔を覗き込むとそう言った。彼の顔を見た僕はホッとするものを感じ抑えきれない恐怖からやっとの思いで逃れることができた。しかし緊張の余韻はまだ冷めやらない。

「あのさ、あすから西田主任が来るんだって。なんかすごい怖い顔しててさ、イボみたいなホクロがあって顔が真っ黒なんだけど声が変なんだよね。で、今寮に案内してきたところ」

ほとんど説明になっていない。事の顛末を正確に伝えるためにはもう少し時間が必要なのかもしれない。しかし幸いにもこの変な日本語は木村くんは理解していた。

「いきなり面接来て主任ですかい。なんか面白くねえですねえ。店長がですかい」

彼は考え込む素振りを見せながら「ふーん」とひと呼吸おいてから
「まあ坂井さん、あれですよ。そいつが半端なことをしでかしたらあっしがシメちまいますから、どうか安心しなさいな。何かあれば必ずあっしに言ってくだせえ」

カルティエの真似でもしてるつもりなのだろうか、彼はガハハと笑いながらその場を立ち去った。その様は本人の意識とは裏腹に全く貫禄や威厳からは遠く離れたものだった。
 
翌日のことである。朝礼の際、奴は白いワイシャツにベストを着てきた。役職者の証であるネクタイもしている。奴のユニフォーム姿は妙に似合っていた。そしてこの業界のプロとしての威厳に満ち溢れているのである。僕はその姿を不思議な感覚で捉えていた。

「みなさん、おはようございます。本日よりこちらでお世話になります。西田と申します。経験はまだまだ浅く、わからないことも沢山ありますが、一生懸命頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」

奴は深々と頭を下げると、従業員たちに向かって笑顔した。淀みのないそしてひとつも無駄がない簡潔なスピーチだった。

しかし僕はここでまた頭をかしげる。一体この男は何種類の声を持っているのか。今日の声はぱちんこ屋ではあまり耳にすることのない、よく通るバリトンであった。ニュースキャスターを務めてもおかしくない。ふと周りを見渡すとみんなは奴を受け入れるでもなく否定するでもなく、ただ無表情を装い黙っていた。

と、その沈黙を破るかのようにカウンターの松本さんが妙に艶めかしい声で「西田主任、よろしくお願いしまあす」と一声を放った。

僕は松本さんをキッと睨みつけた。その表情は既に女の顔である。従業員の間でもお客さんの間でも松本さんの男好きは有名である。よりによってなんでこんな男にシッポを振るんだ。しかも自分だけ目立とうとしているのは見え見えじゃないか。

僕のイライラが高まる。しかし松本さんの挨拶を皮切りにほかの早番スタッフたちもバラバラと挨拶の意を告げた。奴の評判は入社後1週間も立たずして急上昇する。表立っては言えないがやつに反感を抱いているのは、僕と木村くんだけだった。

松本さんは僕らの気持ちを知ってか知らずか、毎日のように奴を褒めまくる。そして暇さえあれば「しゅにぃ~ん、」と猫なで声を出し、体ごと奴に寄り添う素振りを見せる。
 
紹介し忘れたがこの松本さんという女性は自称三十八歳。既婚者である。しかしお客さんや社員は彼女が四十二歳のバツイチで四人の子持ちであるという真実をきっちり嗅ぎつけている。

異常にプライドが高く、勝気な性格である彼女は自分が離婚したことを社内で絶対に口にしない。彼女の家庭環境をみんな知っているというのに、そんなことに構う素振りも見せないで、三十八歳の人妻を演じ続けているのだ。

考えてみれば少しばかり悲しい話でもある。普通なら周囲から同情され、彼女に対し優しく振舞ってあげるものだ。と人生経験の浅い僕は考える。しかし彼女は何故か周囲から疎まれる。松本さんは自分の事に関しては絶対的な秘密主義者であるにも拘らず人の噂話にはかなりの興味を示す。

一度その噂話に花が咲くと、並びの悪い三本の出っ歯と歯茎が乾いて上唇が完全に落ちきらず歯茎の途中で止まっている状態でも延々としゃべり続ける。

茶色に染めすぎて傷んだ髪の毛は腰まで伸び、まるでとうもろこし三十本分の毛が頭から生えているようだ。みんなは彼女を「連獅子」と呼んでいる。当然のことだがそのあだ名を本人の前で口にするものは誰もいない。そして今日も「連獅子」歯茎と前歯をむき出しにし、とうもろこしの毛をわっしわっしと前後左右に振り乱しながら奴の話に熱を込める。

つづく


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  1. 続きが楽しみ(*´ω`*)
    もと役員  »このコメントに返信
  2. ピンバック: もと役員

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