パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第3話 漂流者 ②

恐怖

僕はわずか数秒の沈黙に勝つことができなかった。

「何か御用でしょうか」

いつもより丁寧な口調は不自然で声がうわずっていた。そいつはひと呼吸おいてから僕の目から視線をそらすことなく禁煙パイポを口から離した。僕はとっさに身構えた。そいつは僕の緊張を弄ぶかのように口元を緩めこう言ったのだ。

「すいません、従業員募集してますか」

極度の緊張に自分の体をがんじがらめにされていた僕は一瞬大きく戸惑った。質問の内容もさることながら、その面体からはおよそ想像に難いボーイソプラノのような高音を発したのだ。菅原文太か鶴田浩二ばりの任侠の世界を演出するドスの効いたトーンを確信していた僕にとってかなり拍子がぬけた。そしてそれは何とも言えない間合いだった。僕は顔面に豆鉄砲をくらった。

「表の張り紙を見てきたんですけど従業員募集してますよね」

「ああ、はい。ち、ちょっと待ってくださいまし」

完全にテンパった僕は変な日本語を使ったことなどお構いなしに、ほとんどその場を逃げ出すかのようにして事務所へ一目散に走った。顔と声が一致してない。こわい、本当に怖い。自分を落ち着けようとしたが、自分を納得させられない。とにかく僕はそいつに尋常でないものを第六感で感じていた。

「店長、あのう。面接に来た人がいるんですけどどうしますか」

僕はそいつの面接をできればしてほしくないと本能的に思った。

「こら、坂井。ノックくらいしてから事務所に入って来い。それからどうしますってお前、面接に来たら面接するのが当たり前だろ。お前、なんかおかしいんじゃねえのか」

カルティエは物憂げにこちらに視線を向けそれからギロッと睨んだ。

「いえ、べつに。今呼んできますか」

「だから、当たり前だろって。すぐ呼んでこい」

僕は事務所に行ったことを既に後悔していた。しかし後悔したところで何も始まらないし、カルティエに伝えることは当然のことだし、でもなにか割り切れないものが残った。
 
奴が事務所に入ってから三十分もたっただろうか。奴はカルティエと一緒に事務所から出てきた。二人の動向が気になって仕方ない僕はその後ろ姿を目で追う。カルティエは終始にこやかな表情でホールの此処彼処を案内する。まるで外国から来た賓客をもてなすような丁寧さだ。

この時点で僕は奴が採用されたことを確信した。一体何が嬉しくてカルティエはヘラヘラ笑っているんだ。急に怒りにも似た感情にとらわれる。と、瞬間奴と目があった。ギョッとした。奴はしたり顔で僕に向かって薄ら笑いを浮かべた。嫌な予感はますます増大していく。

「気味が悪いや」僕は独りごちた。

カルティエがやつを伴ってこちらにやって来る。

「おい、坂井。西田さんだ。明日から主任で働いてもらうことになったからな。いろんなことを主任からしっかり学び取るんだぞ。それからお前の隣の部屋が空いてるだろう。今から案内してくれ。ほら、ちゃんと挨拶しろ」

「あ、はい。こんにちは」

こんにちは、って言うのもなにかおかしいが、それよりその場にそぐわない挨拶をしてしまった自分にまた腹が立った。さっきから気が動転していてほとんど足が地についていない。

「おい、聞いてるのか。案内だ、案内」

目の前が真っ暗になる。よりによって僕の隣の部屋だなんて。拒否しようにもそんな状況ではないし、だいいちカルティエは自分が言ったことを絶対に曲げるわけがない。渋々と頷くしかなかった。『MADISON SQUARE GARDEN』と書かれた通称マヂソンバックを持った奴は二階に上がるなり

「キタネエ店だなぁ」とぶっきらぼうに言い放った。僕は震憾した。さっきと声が違う。強面通りのこわいこわい声だった。ドスが効いていて相手に有無を言わさない圧倒的な声。それに加えて睨んだ獲物を絶対に逃さない三白眼。その二つの凶器で僕を暗黒の世界へと引きずり込む。

僕はその場に立ちすくみ動くことができない。奴は二階の隅から隅までを自分の頭の中に叩き込むように、ねっとりと観察する。一通りあたりを見渡すとその視線が僕の足元から胸へ、そして顔面へと徐々に移動してきた。僕はさらに震えた。一体こいつは今、何をしようとしてるんだ。

「ぼくちゃんの部屋はここかい。さ・か・い・くぅん」
と僕の部屋を指差した。

やつは笑いもせず、僕の肩をぽんと叩くと踵を返し、指差した部屋の隣にある部屋へと勝手に入っていった。蛍光灯が切れかかりジィジィという音だけが聞こえる、昼間でもお化けが出そうな二階の廊下にひとり残された僕は、恐ろしすぎて気がつけば脱兎のごとく表階段を駆け下りていた。



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コメント[ コメント記入欄を表示 ]

  1. いくら即決が当たり前の時代でもどこの馬の骨か分からない奴を主任にするなんて…俺は納得出来ねぇよ!なんて言い出す奴がいたでしょう。その時代でも役職はメーカー、販社などからの紹介が多かったが、三行広告に主任募集も有りましたね。
    猫オヤジ  »このコメントに返信
  2. ピンバック: 猫オヤジ

  3. 平成の初期頃までは質が悪いお客さんが本当に多かったんですよ。
    特にスナックとかの飲み屋を経営している人なんかに多かったですね。
    まだまだ時代が良かったので元気だったのと、ヤ○ザ屋さんとかとの付き合いなんかも有ったりして堅気のクセにアウトロー気取りだったりするんですよね(^^;
    この手を頭から抑えつける度量が無い店舗は当然雰囲気が最悪になり一般客が寄り付かず傾きます(^^;
    はっきり言って板井君みたいなヘタレなんかより西田君の方が求められる人材だと思いますね(^^;

    続きが気になる(*´ω`*)
    もと役員  »このコメントに返信
  4. ピンバック: もと役員

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