パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第4話 爪痕 ④

隠し事

三人とも口に出すことはなかったが連獅子に対して幻滅していたのは間違いない。がさつにみえてもボクら独身男性にとっては時には母親のように色々な面で気遣ってくれていたのが彼女であった。故にショックも大きい。しばらくのあいだ皆は沈黙の世界にいた。そしてじっとその場にいることが苦痛になりはじめた頃、関口さんが煙草を吸い始めた。僕もそれにつられてショートホープを取り出す。

「ぎえええーーー!」

手から煙草が落ちた。ウルトラマンに出てくる怪獣のような雄叫びは木村くんのものであった。僕と関口さんは三度仰天する。通常人間が悲しくて涙するときは必ず前兆がある。少なくともそういう雰囲気があってから涙に転じるのが普通ではないか。

しかし木村君の場合は突如として、その瞬間が訪れたのだ。僕たちは後ろにのけぞりながらそのおぞましい光景をただ見つめよりほかなかった。木村くんのその様はほほ肉がまず異常なまでに上の方向に吊り上がり、目が十時十分をさす。そこから洪水のように流れ出る涙が食卓の上にポタポタと音を立てながら落ちる。鼻水が怒涛のごとく湧き出し、そしてそれはぎえーー!の声と反比例しながら鼻の穴から出入りを繰り返す。

遠慮なしに空いた口からはヤニでまっ黄色になった並びの悪い歯が奥歯まで全部見える。僕は今までこんな醜い泣き顔は見たことがない。ただ今は何事も起きませんようにと黙ってその行く末を案じるしかなかった。
 
世紀末の様相を呈した木村くんの号泣は五分間にも及んだ。理由もわからず泣き止むのを待っていた矢先のこと。

「復讐してやろうと思ってたのに。ちくしょう!」

今度は一転して怒りの独演会が始まる。

「あっしは奴に毎日いじめられたっす。裏の掃除用具置き場に呼ばれてはボディーに何発も食らったでげす。客やみんなの前では格好つけているですけど、やつはあっしに対してだけは違ったでげす。あっしはなにもしてないのに暇を見つけては難癖つけてあっしを裏に呼ぶんでげすよ。一回に何回も何回もボディーブローを入れるんでやんす」

ほらと言って自らワイシャツを胸までたくし上げ、毛むくじゃらの醜い腹を見せた。僕らは絶句した。全体が異様なまでに紫色に変色した腹部が苦しげに呼吸をしている。

「顔はやばいから腹だけを狙ったんだな。まるで三原じゅん子みたいなやつだ」

本人はニヒルを気取っているつもりなのだろうがその表情と声のトーンが全く噛み合っていない。僕は腹を丸出しにしている木村くんと関口さんの空気を読めない台詞とのアンバランスさに呆れて失笑してしまう。

「でもお前が何もしていないのにいきなり殴るっていうのもなんか不自然だな。なんか弱みでも握られてたのか」

関口さんの言うことにも一理ある。

「え?それは・・・そのう・・・」

「ほら、やっぱりなんかあるんだな。この際だから全部ゲロしちまいな」

「実は・・・あっし、ホールで拾った玉を集めてカウンターに行っちゃ少しづつ両替の景品に換えてたんでげすよ。それが七千円くらいになったんで換金所に行ってお金に換えてるところを奴に見つかったんでげす」

「やっぱりな、おかしいと思ったんだよ。結局お前もあいつに弱みを握られていたわけだ」

二人のやり取りを僕は複雑な気持ちで聞いていた。ホールに落ちている玉って誰のものなのだろうか。それを換金することはいけないこと、なのか。僕はここに来て事の善悪の境界線が分からなくなってきた。しかし何か釈然としないものがある。関口さんは「おまえも」っていってた。何かがおかしい。

「あのう、関口さんさっきお前もって言いましたよね。それって関口さんもっていうことですか」

「いや、なに、まあ、その、なんだ」

明らかに狼狽している。そんなものは誰が見てもよく分かる。

「素直にゲロしちまいな」

木村君が関口さんに言われた台詞をそのまま本人に返す。問い詰められた関口さんは覚悟を決めると、別に悪びれる素振りも見せず、ゆっくりと二本目の煙草をまさぐる。彼は注目する僕ら二人を尻目に火のついた煙草を思いっきり吸い込み、ふうっとうまそうに白い煙を吐き出した。

「これから僕が言うことは誰にも言わないほうがいいよ。結構やばい話だからさ」

僕と木村くんはこくりと頷いた。

つづく


人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。


同じテーマの記事

第4話 爪痕 ③

裏切り

「なんかあ、店長と西田主任グルだったんだって。二人で組んで結構売上ごまかしていたらしいよ。それからサクラ使って、釘の空いた台を教えて出た玉をそのサクラが両替したあとで分け前を分配したりとかさ。いったい誰を信じたらいいのかしらねえ。あの西田って言うのもなんか胡散臭かったわよねえ」

連獅子の話はこのあとも延々と続くのだが、そのほとんどが僕の耳を素通りしていった。カルティエと西田がグル? サクラ? 売上をごまかした? 一体何の話だろう。僕にはそこだけが頭の中で止まったまま動かない。それに社長は一千六百万が無くなったといっていた。それはまた何の話なんだ。僕はぱちんこ台の役物に厚紙をはさんだことでこの世の終わりを覚悟していたのにこの話は僕の思考を大いに混乱させた。

カルティエは風体こそあんなで、口も悪いが心は真っ直ぐで社員思いの店長だ。そんな人がみんなを欺いて悪さをするわけがない。連獅子の言葉には無理がある。みんなでまかせに決まっている。きっとそうだ。そうに違いない。僕は彼女をきっと睨みつけ食堂をでるべく乱暴に席を立った。

「昨日もさ、夜中二人がセブンイレブンの近くで会ってさ、西田が車の中から紙袋を店長に渡していたのを関口さんが見たって言ってたよ。分け前の分配タイムだったんじゃない」

ニヤニヤしながら連獅子が言った。立ち止まったまま動けない僕を食堂に上がってきた木村くんと関口さんがここに留まるように促す。事実は小説より奇なり。これからの会話は更に想定外のものだった。

「店長と西田は元々顔見知りだったって知ってた?」

表情を変えずに関口さんが驚きの事実を淡々と明かす。

「関口さん、あんたなんで今までそのこと黙っていたのよ! あたしたちには何も言ってなかったじゃない。しかもその話一体どこから聞いたのよ。あたしは聞いてないわ。なんか胡散臭いわね」

「おれ、西田の面接の時に倉庫にいたんだ。ほら、事務所の話って倉庫にいたら筒抜けじゃん。店長は俺が倉庫にいることは知ってたけど西田は知らないわけじゃん。だから西田は言いたい放題よ。凄かったぜ、西田が店長を脅す時の口調」

「店長が脅かされたんすか」

木村くんが口を挟む。

「ああ、なんでも店長の今の奥さんは店長が前に勤めていた店の部長の奥さんで二人は駆け落ちでここまで逃げてきたみたいなこと言ってたよ」

「ええええええ!」

話を聞いていた僕たち三人は仰天の叫び声を上げる。

「でもって西田は未だにそこの部長と連絡を取り合っている仲で、西田はここの場所を教えてもいいんだぞっていきまいていたんよね。店長はかなり慌てている様子でそれだけは勘弁してくれって何回も言ってた。で、結局その脅しが効いて主任採用になったわけよ」

「ねえ、何回も言うけどさあ、なんでその話を今まで黙ってたのよ。うちら仲間じゃないの」

情報屋の連獅子としては譲れない線らしい。

「仲間? だったら松本さんだってあっしらに言うことがあるんじゃねえですかい」

今まで黙っていた木村くんが突如として会話に加わる。

「あたし? あたしは何もないわよ。あったら言ってるし。だいいちみんなを差し置いて秘密ごとなんか作るわけないじゃない。失礼しちゃうわね」

「ホテルローマ」

木村くんが意味不明な言葉を口にした。とたんに連獅子の顔が真っ赤になる。ホテルローマはお店から歩いて5分ほどにある連れ込み旅館である。ホテルとは名ばかりで今にもお化けができそうな古ぼけた旅館だ。木村くんは勝ち誇った顔でまくし立てる。

「あっしは松本さんと奴がホテルに入っていくのをしっかりとこの目で見たでげす。一応社内恋愛は禁止のはずですがねえ」

「えーーーー!」

今度は僕と関口さんの二人が絶叫する。

「ちょっとお、木村くんそこまで言わなくてもいいじゃない」

「あ、涙が出てない。松本さん嘘泣きでしょ。松田聖子でしょ」

「ひー!」

連獅子は食堂から逃げ出した。よっぽど恥ずかしかったのであろう。恥ずかしさが高じてやけくそになって木村のバカヤロー、デブーと喚き散らしながら階段をものすごい勢いで駆け下りていく音がここにいてもよく聞こえた。ドンドンドン!ガシャガシャーン!

「ヒー!痛あーーい」

しらけた三人は階段から転げ落ちた連獅子を気遣う様子もなくただため息を漏らしただけだった。 

つづく

   
人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。

第4話 爪痕 ②

驚愕

「このパガヤロオオオ!一体どんな管理をしてると言うんだ、お前はあー!」

一瞬尋常でない雰囲気と怒声に身が固まる。韓国なまりの日本語で怒鳴っているのは誰か。入口の衝立からそおっと顔を覗かせてみるとなんとカルティエの背中越しに怒り心頭の社長の顔が見えるではないか。カルティエはこれ以上下がらないというほどに頭を下げて「すみません」を連発する。僕は今までこんなに弱そうなカルティを見たことがない。

「一体この盗まれたお金をトウシュルカア!シュジュキ、お前がジェンブペンショウできるというのか! タイタイお前は日ごろから楽パアッカリしてるんだからこんなにプクプクフトルンタヨ! フトルヤスにはろくなヤスはいねえい! それからそのパンチパーマと金縁のメガネはなんなんだあ! お前はヤクジャかあ!このデキショコナイメ! お前がヤクジャなら指切って落とし前でもスケルカア!ええっ!」
 
ちなみに『トウシュルカ』は『どうするか』であり、『シュジュキ』はカルティエの名字『鈴木』のことである。さらに『ペンショウ』は『弁償』、察しが付くと思うが『タイタイ』は『大体』、『楽パカリ』は『楽ばかり、』『プクプクフトルンタヨ』は『ぶくぶく太るんだよ、』『フトテルヤス』は『太ってる奴』、『ヤクジャ』は『ヤクザ』『デキショコナイ』は『出来損ない』、『落とし前スケルカ』は『落とし前付けるか』である。

僕自身も在日韓国人で韓国なまりの日本語を父親から聞きながら育ってきたため社長の日本語にはほとんど違和感を感じることはなかった。いつもならへんてこりんな日本語に笑うところなのだが、今日の僕に笑うゆとりなど微塵もない。

ほとんど正気の沙汰ではない社長はもはや人種差別用語も何のその。話の内容がカルティエの身体的批判にまでおよび、ありとあらゆる暴言がとどまるところを知らない。小さな体からは想像もできない程の大声で、『パカヤロー』『豚野郎』を連発する。

四角い顔のほぼ中央に奇妙に集約された目と鼻と口が、この世のものとは思えないくらい複雑にそして激しく動めく。象のように小さな目は真っ赤に充血し、普段は小さな鼻の穴は北島三郎ばりに大きく広がり、五百円玉の二枚も入るのではないかというくらいの勢いである。口元からは白く濁った唾が蟹の泡吹きのようにどんどん出てくる。

結局、社長のお叱りは延々三時間にも及んだ。その間、僕はカルティエの後ろでずっと立っていただけで、カルティエは返す言葉もなくただひたすら謝りの言葉を繰り返すだけであった。僕はそんな姿を後ろから見ているうちにだんだん悲しい気持ちになった。

カルティエは何も悪くはない。不正行為をしたのは西田であり、知らずとはいえその片棒を担いでいたのは自分であって、これではカルティエが可哀想すぎる。僕はこれまでのいきさつを全て打ち明けて社長に謝罪しようとこの瞬間に決心をした。

そして小さな声ではあるが「すいません」とひとこと言ったつもりだった。が、その声はカルティの予想だにしない行動によって虚しく空回りする。

「社長、本当にすみませんでした。盗まれた現金一千六百万と車代は私が一生かけてでも弁償します。だからもう勘弁してください」

半ばやけくそとも捉えられるその発言によって事務所はしぃんと静まり返った。鳩が豆鉄砲を食らった表情の社長は、「こほん」とひとつ空咳をすると、幾分興奮が冷めやった口調で言った。

「まあ、チンセイ(人生)いろいろあるからこれからも気をちゅけてねぇ」

なんと拍子抜けする答えであろうか。社長は言うだけ言ってこんな軽い言葉で締めくくった。拍子抜けしたカルティエと僕を尻目に、集金袋のような皮のポーチを小脇に抱えこちらに向かってくると

「あ、坂井くんもカンパッテ(頑張って)ねえ」

と能天気な甲高い声を発しながら事務所を出て行った。うちの社長は普段は仏のように優しい。しかし一度切れてしまうと怒るというより発狂してしまう。弱い者にはめっぽう強く、強い者にはめっぽう弱くなってしまう社長は、カルティエが下手に出ているときはここぞとばかりに攻め立て、カルティエが少し強気に出ただけでとたんに尻尾を丸めて退散してしまう。
 
それはともかく。状況が一転して僕は幾分安堵した。社長がそれ以上追及しなかったということは、カルティエの弁済の話はなかった、ということになろう。しかし問題はそこではない。一難は去ったものの重要な問題が残されている。現にカルティエはまだ土下座したままで動こうともしない。僕はそおっと声をかける。

「店長、大丈夫ですか」

カルティエは地面に顔を向けたまま無言だった。さらに店長と呼びかけると

「うるせえ、黙ってろ!お前に何がわかるんだ!この部屋から出て行け!」

何も言えなかった。ごめんなさいの一言も言えず、僕は後ろ髪をひかれる思いですごすごと事務所を後にした。何もできず、何も語れない自己嫌悪でいっぱいの僕は思考が停止したまま食堂へと上がっていった。そこで衝撃的な話を『連獅子』さんから聞くことになる。

「ちょっときいたぁ。店長と西田主任グルだったんだって。ありえなくなぁい」

周りの景色がぐるぐると渦を巻き僕はその渦に巻き込まれた。


つづく


人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。

第4話 爪痕 ①

動転

どこか遠くから音が聞こえてくる。懐かしくもあり、耳障りでもあるその音は一定のリズムを刻む。体が自然と反応している自分を認める。徐々に音量が上がる。すると脳の中でアドレナリンが分泌され、頭は興奮状態になる。音は更に近づいてくる。音階も鮮明になりその音楽の全容が明らかになったとき、またもや眠りを妨げられたとうんざりとした気分にさせられる。

十時開店の軍艦マーチだ。二階にある安普請でできた社員寮はホールの音だけでなく熱までも伝える。この時間に起こされた時の気分と言ったら他には比べようもないくらい最悪なものだ。月に二度ある休みの前日にはわざと夜ふかしをし、翌日は昼まで寝ようと意を決して床につくのだが、結局この忌々しい軍艦マーチによってその願いは無惨にも打ち砕かれる。

何よりもげんなりとしてしまうのは、このマーチのリズムに頭と体が反応してしまうことだ。このままでは一生安らぎとは縁遠い人生を送ることは間違いないのだろう。これは明らかに人権の侵害であり、生活を破綻に追い込むものである。

僕は放心のまま煎餅布団の上で胡座をかき一切動かない。昨日は歯も磨かずに寝入ってしまった為、寝る前に食べたカップヌードルやお菓子のせいで口の中が気持ち悪いことこの上ない。すぐに起きて歯を磨けば良いのだろうが元来のなまけもの病が休みの時にはさらに悪化する。吸ったら絶対まずいとわかっていながらショートホープを一本取り出す。黄色いBICの百円ライターでシュボっと火をつける。

「うーん、まずい」

マンダムのCMに出てくるハリウッドスターであるチャールズブロンソンの渋い顔と声を真似てみる。「俺はバカか」と誰も
いない部屋で一人、苦笑いをする。その馬鹿さかげんと情けなさがない交ぜになって人生が虚しくなってくる。

「なんかぱちんこの仕事しててもいいことないよな」

独り言は更に続く。誰もいない部屋でわざと声を出すとわびしさが増幅する。ひとり暮らしの人間はみんな僕みたいに独り言を言いながら生活しているのか。少しずつではあるが頭が冴えてくる。まずい煙草の紫煙を燻らせながら昨日の夜に見た西田主任とソバージュの女を思い出す。

なんであんな時間に二人でいたのだろうか。どうでも良いことながらあれから二人はやっぱりラブホテルにしけこんでいったのだろうか。などとほとんど実にならない妄想をニヤケ顔で繰り広げる。

といきなり部屋のドアを激しく叩く音がして僕は完全に目が覚めた。驚けばその腹いせにやり場のない怒りが頭をもたげてくるのは何故だろうか。「チッ!」と舌打ちを打ちながら乱暴にドアを開ける。

「なんだよ、いったい。今日は休みなんだぜ」

真っ赤な顔した木村くんのぼおっとした顔を見たら余計に腹が立ってきた。

「すいやせん、坂井さん。大変なことが起きちまって。店長が来て坂井呼んでこいって言ってるんでげす。それから奴がトンズラこいちまって」
 
仁義なき肥満の木村くんは話し込むほどにその顔面に脂汗をしこたまかいて、喋るテンポが早くなる。いつもならビシっときめた七三の髪の毛を今日は振り乱し、尋常でない様相を呈している。僕の思考が一瞬停止した。

「主任がフケた」

事の重大さに気づくまでに時間はいらなかった。人間は絶えず防衛本能なるものを持っているのだろう。僕は主任の逃走と自分の不利な状況をすぐさまイコールで結んだ。

現実にカルティエが僕を呼んでいる。この難局をどうしたら打開できるか、一応考えてみるがそんな都合の良い策などこの短時間で思いつくはずもなく僕は途方に暮れる。これから僕を長く耐え難い拷問にも似た詰問が責め立てるであろうことは火を見るより明らかである。
 
僕は木村くんに了解の意を告げるとドギマギしながら制服に着替えるつもりで部屋を見渡す。制服がどこにあるのか一瞬戸惑う。心臓の高鳴りが鳴り止まない。顔から血の気が失せているのが自分でもわかる。息が苦しい。「なんであんなことやったのだろう」と急に取り返しのつかないことをした自分を悔やんだ。いつもの倍の時間をかけて制服を着た僕は重い足取りで事務所のドアをノックした。

つづく


人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。

第3話 漂流者 ⑨

カルティエVS西田

驚くことにその日から三日間同じことが続いた。ソバージュの女は朝一番に乗り込み、わき目も振らず508番台めがけてスタスタと歩いていく。台に座ると彼女の真っ赤な唇がセブンスターを咥える。

煙をフウっと口と鼻から出す。100円玉を機械横のサンドイッチに投入する。ジャララララと玉が出る。細長い足を組みハンドルを握るその姿からかなりの年季が感じられる。やはり彼女はプロなのだろう。寸分の隙をも見せず、その動きには一切の無駄がない。

そしていつも通りに4000個打ち止め寸前まで玉をはじき、こともなげに特殊景品と交換して帰っていく。彼女は三日間淡々とその行為を繰り返した。

僕は悶々とする。主任とソバージュが組んでいることは状況的に見て100%間違いないのだがそれを立証する物的証拠がない。もっとも僕は証拠を掴んだところで何もできないのだが。玉がいとも簡単に出てしまうという前代未聞の原因を作ったのは僕自身であり、知らなかったとは言え不本意ながら僕は立派な共犯者なのである。この時点でなぜ役物に工作をすると玉がでるのか、なんていう事に興味も関心もなかった。今は黙ってことの流れを見るしかない。そう自分に言い聞かせた。

厳密に言うとそれしかできなかったのである。四日目の夕方、早番と遅番の引き継ぎミーティングの際に僕はカルティエと主任の西田が二人でヒソヒソ話をする場面を目撃した。

「主任よ、508番台なんだけどさ、あの台シメても、シメても出ちゃうんだよな。何か変わったことはないかい。これ以上は釘シメらんないぜ」

困り果てたようにカルティエが言う。

『元来、釘師といわれる者はいつも客との真剣勝負をしているわけだから、すべての物事に諦めるという行為は許されない。出すもシメるも自由に操ることができて一人前の釘師よ』というのがカルティエの哲学だ。それが簡単に覆ってしまった。

僕は取り返しのつかない、そして申し訳が立たないことをしたと意気消沈するばかりである。物的証拠がないからカルティエに事の顛末を伝えるわけにもいかず、またそれを言ったところで自分に被害が及ぶことを考えるともう恐ろしくて、恐ろしくていてもたってもいられないのである。だから結局僕はダンマリを決め込むしかほかに方法がなく、心底途方にくれてしまった。
 
主任は一度僕の顔を見てから

「ああ、多分役物の性能がいいんじゃないですか。私は釘のことはよくわかりませんから何とも言えないですけど。あ、今ちょうど打ち止めの札がかかって機械が止まっていますから役物の具合、見てきましょうかね」

と、こともなげにカルティエの問いを軽くいなした。ギクッとした。そんなこと言っちゃっていいのだろうか。もしあの厚紙を挟んでいることがカルティエにばれたら主任はどう説明する気なのか。いやちょっと待て。むかしむかしの江戸時代から、悪人は自分の罪をそばにいる弱い者に擦り付けるのが常套手段だ。

ということはこの僕は絶体絶命のピンチに見舞われるではないか。充分にありえるかなりリアルな妄想に駆られると、小便をちびりそうになる。この場で気絶して泡吹いて倒れ込みたい。

「ああ、じゃあそうしてくれ」

カルティエは疑う素振りも見せずにあっさりと頷く。

「じゃあ坂井くん。君も一緒に来てくれないかな。今後の勉強にもなるしね。いいですよね、店長」

「ああ、行って来い。坂井、お前最近緊張感がないから主任にみっちり教えてもらえよ。弛んでんじゃねえぞ」

「はい」と素直に応えはしたものの、この自分史上最大のピンチに立たされていても、やっぱりコイツは好きになれんと思った。しかし今はそれどころではない。

事務所を出た僕は主任から冷水を浴びせられる。

「絶対に何も言うんじゃねえぞ。誰にもな」

ドスの利いた声がさらに恐怖を煽る。頷く以外の選択肢を持たない僕はトボトボと主任の後ろをついて508番台にたどり着く。主任の動作には少しの無駄もなかった。まず台を開けてなにかないか点検するふりをしつつ、役物の位置関係を探るがその演技に嘘っぽさの微塵も感じられない。

実際後ろで見ている限りは何もしていないのだが主任は頭をひねりながらここかあそこか、といろいろな箇所を検査するふりをする。すると一瞬のこと。ポケットから精密ドライバーを取り出し、二本のねじを緩めあっという間に厚紙二枚を取り出した。間近で見ていてもその業は神業的であり、なおかつ取り出した厚紙の所在が全くわからない。僕が唖然とした。と、不意に後ろから声がした。

「どうだ、なんかわかったか」

僕は飛び上がった。顔はひきつり、心臓はフルマラソンを終えた時くらいに早鐘を打つ。カルティエはいつからここにいたのだろうか。僕はもう一巻の終わりだと観念し、ガックリと肩を落とす。

「ああ、店長。役物を抑えているねじが二本ゆるんでいましたねえ。よくあるんですよね、こういうことが。きっちり締めこんでおきますから多分これで止まるとおもいますよ。安心してください」

「お、そうか。なるほどな。これで台を開放してみて次の客が打って出なかったらそれが原因だったということだな。だよな。俺の釘は完璧だからなあ。わかった坂井、がははは」

いつもの豪快な笑い声ではあったが気のせいかもしれないが店長の目は笑っていなかった。

その日の夜。僕がセブンイレブンに煙草を買いに行く道すがら、ジャージ姿でズラズラ歩いているとモスグリーンのスカイラインGTが後ろからクラクションを鳴らしてきた。これは主任が社長から借りている車だ。僕は無意識のうちに身構える。

「おつかれさん、夜更かししねえで早く寝ろよ」

と言った主任の隣にソバージュの女が乗っていたのを僕は見逃さなかった。

つづく



人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。