パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

必要なものはスマート機ではなく、遊技として楽しめる機械

ハンドルネーム「換金禁止」氏が業界に贈るレクイエム。

以下本文

18歳から打ち始めて、もう33年が経過しました。

19歳の河合塾の浪人時代は、池袋の山楽へ故田山プロに会いたくて通ったりもしました。田山さんが羽モノのローリングマシーンを打っていたその姿は今も覚えています。あの瞬間が田山さんのパチプロ日記になったのだなと。

田山さんが池袋を離れ、溝の口や三軒茶屋、桜新町、最後は用賀のクローバーや日の丸でミサイルやナナシーを打っておられたのが昨日のことのようです…。

溝の口に、結局、私は12年も住んでしまいました。溝の口が再開発前のBーTOPで、フライングカーペットを打つ田山さんに牛乳屋さんのコーヒーを差し入れたりもしました。用賀のクローバーでは、一発台ミサイルの本日のアキを指摘したら、「そんなの分かってる!!」と一蹴され、それ以来、もう二度とクローバーでお見かけすることはありませんでした…。

期待値とか、そういう話ではなく、うまく言えませんが、昭和から平成初期の頃のパチンコに戻ることできれば、きっと業界も力強く復活できると思います。

必要なのは、スマパチやスマスロではなく、遊戯としてのパチンコ、パチスロです。その範疇のおこぼれで生活していくようなパチプロ、スロプロだったら、お店もユーザーも許容してくれるのではないでしょうか。あの頃は、パチプロも謙虚だったし、お店も自店をネグラとしているようなパチプロを応援しているような雰囲気がありましたよね。

先日、立川駅近くの楽◯で、若い方達が楽しそうに羽モノを打っているのを見かけて、私も嬉しくなり、ついついTOKIOを打ってしまいました。ちょい勝ちでしたが、これが本来のパチンコだよと実感した次第です。

大好きなパチンコだから、古い価値観のファンを見捨てて欲しくないです!!

大勝ちしようなんて全然思いません。私が望むのは、昔のように、大学生やサラリーマンが、お小遣いの範囲で勝った、負けたと笑いながら打てるパチンコに戻していただきたいだけです。

失礼な言い方ですが、近い将来、倒産するであろういくつかのメーカーさん、デジパチではなく、最後に華々しく、平和のビックシューターのように歴史に残る羽モノを創っていただけないでしょうか。


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