パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第2回パチンコ情熱リーグ 表彰式編

1チームの持ち時間は20分。5組のプレゼンが終了した。



日本一を決めるのは来場者の投票だ。プレゼンを見て自分の思いをそのホールに投票する。





1800人を収容するアルカイック大ホールを埋めた当日の来場者はこんな感じだ。





表彰式に先立ち、ゲストコメンテーターが感想を述べた。



■PCSA・加藤英則代表理事



「パチンコ業界はハードウエアーという新台をいち早く大量導入したところが脚光を浴びているが、それが本当にサービス業なのか、ということを改めて考えさせられた。やはり、サービス業は心というソフトウエアなんだ、と改めて認識させられた。それを共に学ばさせていただいた」



■エンビズ総研・藤田宏社長



「3月の震災以降パチンコ業界は色々なところで叩かれている。プレイするファンや働く皆さんも含めて。今日は本当に自分らの仕事って何か改めて考えさせられた。5チームのプレゼンを受けて、パチンコはまだまだ大丈夫、もっともっと日本に元気を与えられる存在になれると実感した」



■サービスマイスター協会・増田伊三郎理事



「皆さんのパチンコに対する真摯な思い、情熱、その時の感情がストレートに伝わってきた。言葉が出ない感銘を受けた。サービスマイスターは資格制度を運用している。これから伝えることも研究していきたい。働く姿は美しいことを再認識した」



■てっぺん・大島啓介社長



「一番感じたことは全員が本当に輝いている人たちばかりだということ。居酒屋も負けられないぐらい働いていかなければならないことを感じさせて頂いた。パチンコ店の常識や枠にとらわれないぶっ飛んだプレゼンが多くて、これからの業界がどうなっていくかすごい楽しみに感じた。居酒屋甲子園とパチンコ情熱リーグなど他業界の人たちと一緒になって日本を元気にしていきたい」



■NPO法人大阪維新会・大橋正伸理事長



「プレゼンターの本気の想いによって一つになれた。心が振るえ嬉しい気持ちになった。パチンコ業界から日本を元気にする。情熱リーグは本気でやっている。皆さんのような熱い想いをもった人が同士に伝えることで地域や取り巻く環境を大きく変えられる。本気のエネルギーを感じさせられた。皆さんが一つになり、本気で日本を元気にすることで、日本全体の革命につながっていくことを感じた」



■格闘家・大山峻護



「頭を殴られたぐらい感動した。震災が起こって被災地には3回行っている。日本中が心を一つにしなければ、復活は難しいと感じている。今日プレゼンを見て、心が一つにすることの素晴らしさ、大切さが奇跡につながることを実感した。今回の感動を持ち帰って日本中に伝えたい」





集計がまとまったところで、木山理事長が封筒を手に登壇。はさみを手に封を切ろうとしたまさにその時だった。静まり返った場内から「パパ~」という声がかかる。ちょっとの間があって場内前方から失笑が漏れ、木山理事長の表情も一瞬緩む。



木山理事長から告げられた店名は「JOY STAGE」だった。



表彰状の内容は、優勝が決まった直後に書かれていることが分かる。



「日本一笑顔としあわせにあふれるパチンコ屋という夢の実現に向けての本気の想い、行動はパチンコ業界の未来を明るく照らし、みごとなチームワークでお客様、業者様に分け隔てなく関わる全ての人を笑顔の花で一杯に満たされています。喜びと感謝にあふれたその行動でこれからもたくさんの人々にしあわせを与え続けて行ってください。JOY STAGEの皆さま、あなたたちはパチンコ業界の誇りです」と栄誉を称えた。





前回も出場した「JOY STAGE」の趙常務は、予選で敗退した翌日木山理事長に「日本一速く負けたので、日本一早く準備ができるということなので、今日から来年の日本一に向けてすでに取り組んでいます」という電話を入れていた。そんな想いが熱い抱擁となった。





18歳で趙常務に引っ張られた藤岡店長に優勝旗が授与された。





日本一に輝いて趙常務は、こう喜びを爆発させた。



「たくさんの思い出がよぎるが、感謝、感謝しかない。これから皆にお返しができることを一つ一つ探して必ずやる。パチンコ業界から、日本も自分たちも元気になれるような会社を作っていく」





第2回大会を終え、総括に入った木山理事長は、用意していた総括を封印した。一晩悩んで本当に伝えたいことに切り替えた。



「昨日、皆さまもご存知のように、業界経営者の不祥事があった。この場で触れることではないかも知れないがこのニュースを聞いた時、震災以来多くのバッシングやネガティブな意見を頂戴し、マイナスナエネルギーで包まれるのか、と落ち込むような気持ちになった」と前置きしたあとでこう続けた。



「落ち込むよりネガティブな情報にはポジティブな情報で、今日のみなさんのような、まだまだ影響力はないが、プラスに行動している仲間の情報を発信していくのが情熱リーグ。

ネット上で多くの情報が取れる時代になった。人間が存在する以上、プラスもマイナスもある。しかし、私たちは夢を持つ権利があり、行動する体がある」と訴えた。



第3回はいよいよ開催地が東京へ移される。



そして、テーマは「希望」に決まった。



木山理事長の握りこぶしの中には、たくさんの希望で詰まっている。



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第2回パチンコ情熱リーグ 玉三郎亘理店編

宮城県亘理郡に2年前グランドオープ。1年も持たずにお客が離れる。1年前に店名を「玉三郎亘理店」に変更してから変化が生まれ始める。





ある女性スタッフは高校時代にクラスメイトに2度も裏切られたことが原因で、高校を中退。人間不信の中で距離を置くようになっていた。



この店に入った時も遠慮がちに仕事をしていた。オープンから1年、お客の数も減り、自分自身が仕事に遣り甲斐も感じられず悩んでいた時期でもあった。



そんな自分に店の皆は明るく接してくれ、仕事でわからないことがあると教えてくれた。辛いときも皆で力をあわせて色々な壁を乗り越えてきた。



「これが本当の仲間なんだとそう思うようになった。今では自分の思ったこと、感じたことを素直にいえる。今では皆は失いたくない大切な仲間です」と断言できるようになった。



スタッフの藤沢さんは、玉三郎に入社するために秋田から出てきた。パチンコは未経験でこれといった理由もなく入ってきたので、仕事は辛いとしか思えず、最悪な日々を送っていた。



入社して早々に辞めたい気分で働いていたが、気持ちが変わったのが玉三郎で再スタートを切ってからだった。



その時、カウンター責任者という役職がついた。



重圧から同僚や上司に泣きついたことが何度も合った。そんな藤沢さんをスタッフは煙たがることもなく、助けてくれたり、支えあったりしてくれた。入社2年で絆はどんどん深まっていった。



「会社の人というより家族みたいな温かさがあり、凄く居心地がいい。いつまでもチームワークが最高の店にしていきたい。仕事が楽しい、と本気で思える環境を大事にしていきます」といえるまでに成長した。



男性リーダーは他店勤務を経て玉三郎へ。



以前の店では「おい! これやっとけ」と命令するばかりでろくに仕事も教えてくれない職場で、一緒に店を良くして行こう、という仲間もおらず、相談する相手ももちろんいなかった。



仕事の不満が募り何のために働いているのか分からなくなって会社を退職。そして、転職先が玉三郎だった。



「この会社では自分の話を聞いてくれる。自分を信頼して仕事を任せてくれる。上手くいったら褒めてくれ、失敗したら叱ってくれる。当たり前のことかも知れないけど、自分にとっては初めての経験で、毎日やりがいを持って仕事ができるようになった」



それだけではない。MIDジャパンの社員は、スタッフのことを想って涙まで流す。



「亘理店のスタッフはこんな自分でもリーダーとして認めてくれ、慕ってくれている。このスタッフに出会え、この会社に出会え、この仕事が続けられて本当に幸せです。亘理店のスタッフは変わった、という確信がある」



では、ナゼ、亘理店のスタッフは変わったのか?



普段の取り組みはこんなことをしている。



お客さんに対する情報発信は、分かりやすく、シンプルに表示している。

遊技に必要な情報は、機種名、大当たり確率、連チャン率を遠くからでもはっきり分かるように大きく表示している。



スタッフコスプレは特別企画で、白鳥の全身タイツに身を包んだスタッフがお出迎えする。



女性スタッフは月1回、レシピの作成をしている。レシピは持って帰れるようにしていて、作ったお客さんからは「おいしかったよ」とよくいわれる。



お客さんに楽しんでもらうために、スタッフが楽しみながらホールで仕事をしている。





お客さんのことは名前で呼ぶようにしている。



そのためにお客様リストを作成し、名前、好きな飲み物、よく着く島などを記入し、スタッフ全員で共有。新しい情報は追加している。



リスト作成の結果、お客さんに合わせた会話ができるようになった。



スタッフはお客さんのところへあいさつに行って、話しをする。ちょっとした友達のような関係が出来上がっている。



シフトの都合でしばらくスタッフの顔を見ないと、常連客からは「辞めたのかと思った」と声をかけられる。お客さんから心配されている、と思うことに嬉しさを感じ、また頑張ろう、という気持ちになる。



玉三郎には「マインド・メディシャン」という店舗理念がある。



心の町医者という意味で、お客さんは心の状態がいつも快調とは限らない。



来店したすべてのお客さんに笑顔で帰って欲しい。また来て欲しい、と思いながら日々ホールを走り回っている。



そして、お客さんからの「ありがとう」が溢れる店を目指している。



ありがとう内容は景品を車まで運ぶ、という些細なことだが、お客さんから「ありがとう」を貰ったスタッフは、内容をインカムで報告して全員で共有する。他のスタッフは「おめでとう」と祝福の言葉を贈る。



お客さんからの「ありがとう」の数はこの1年間で1万8000回に及んだ。



この取り組みで気づいたことは、お客さんから「ありがとう」の言葉を貰って自分たちが元気を貰っていることだ。



その結果、どんな些細なことでもお客さんが喜ぶことをしたくなる。



ところが、はたと気づいた。自分たちを支えてくれている身近な仲間には感謝の言葉を伝えていないことに。そこではじめたのが感謝の手紙だ。



自分が一番ありがとうを伝えたいスタッフに手紙を書き、皆の前で発表する。



秋田から出てきたスタッフの藤沢さんが、原主任へ宛てた手紙の朗読が始まった。



「原主任へ。

初めて会ったときの印象は優しく頭がよさそうという感じでした。2年前の研修へ行き、話しをした時にそう思いました。

まさか、その直後に亘理店で一緒に仕事するとは思ってもみませんでした。

私の支えになっている言葉があります。去年、私が泣きながら電話した時のこと。私は一杯一杯で辞めたいと思っていました。

仕事も上手くいかず、そこまで頼れる人もいない。本当に仕事自体が嫌で嫌でしかたなかった。涙が止まりませんでした。

その夜、原主任から貰った言葉は今でも忘れません。

『オレはお前に辞めて欲しくない。お前はお店に必要なんだ』

その言葉が本当に嬉しくて心に響きました。人に必要とされている感覚は初めてでした。素直に嬉しくて、この人に付いていこうと思いました。今でも心の支えになって、力になっています。

人に必要とされていることって、こんなにも力になるんだ、と教えられました。

この1年、一緒に仕事をした中で、原主任にはたくさん話し、相談してきました。自分のプライベートの話や将来した職業を話し、これからどうしたらいいのかな、と気を使わずに気楽に話せるところがとてもいい感じです。

最後になりましたが、情熱リーグ決勝に一緒に立ててよかったです。会社で一番支えになってくれた原主任。本当に本当にありがとうございました。人生でこんなにも大きな存在を見つけられるとは思ってもいませんでした。これからも私のよきお兄さん的存在でいてください」



昨年11月に着任した新田店長は、その時決意したことがある。



「玉三郎亘理店を地域で一番愛される店にする!」



そう決意したのはお客さんからの言葉がきっかけだった。着任早々、お客さんへあいさつ回りしているときのことだった。



「あんたが頑張らんとな。この店のスタッフは皆いい子たちばっかりだよ」



「お前が新しい店長か。スタッフをいじめたら承知しねえぞ!」



それらの言葉を聞いて、ある言葉を思い出した。



それは玉三郎が掲げているテーマの一つでもあった。



「この店がなくなると何人のお客様が悲しんでくれますか?」



「あなたがいなくなったら何人のお客様が悲しんでくれますか?」



「あなたのお陰で何人のお客様が喜んでくれますか?」



新田店長は亘理店のスタッフがお客さんに必要とされたい、という思いで仕事していることに気づかされた。



「どんな状況でも、どんなときでも笑顔で通ってくれるお客様が僕たちにはいます。その笑顔に応えるためにも今までいただいた『ありがとう』をお返しするためにも娯楽を通じて、亘理地区を元気にするためにも、この最高のスタッフでやり遂げます」



玉三郎からは今回2店舗が決勝大会に進んだ。



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第2回パチンコ情熱リーグ JOY STAGE編

愛媛県伊予郡にある「JOY STAGE」の趙宗在常務は現在28歳。おじいちゃんが始めたパチンコホールの3代目だ。父親が経営を引き継いだときは2店舗になっていた。



将来の目標もなく、漠然と大学に進学した18歳の時だった。社長である父親が急逝。大学も中退して店を引き継ぐことになる。



右も左もわからない状態で、初出勤の日に悲惨な現状を目の当たりにする。店内の客は10人程度。この稼働を見て父親を恨んだ。



中学時代は音楽にのめり込み、自分の道は自分で決める、と親には反発していた。生来負けず嫌いの性格から「絶対にバカにされたくない。会社をでかくして絶対に認めさせてやる!」と心に誓った。



と意気込んだものの現状は変わらないまま数カ月が過ぎた。



「このままではダメになる。自分を理解してくれる仲間を探そう」と思ったとき、小学校からの友人に電話していた。



同級生の藤岡さんは上京して働いていた。



親友からの頼みであったが「何でオレがパチンコ屋なんかで働かなくてはいけない」と迷うことなく断った。



そんなことで趙さんは諦めなかった。上京して「いつかオレたちで新しい店をオープンさせよう」と何時間も熱く夢を語った。



藤岡さんは熱意に負け「親友を助けてやりたい」と気持ちが変わり、愛媛に戻る。



2人は潰れかかった2軒のホールに入り、激動の10年が始まった。



素人の2人は形から変えることから始めた。自らが先頭に立ち、新しい接客やサービスをどんどんアピールした。



18歳の若造2人の接客スタイルは古株の従業員には受け入れられず悔しい思いをした。



1日の営業が終わり事務所に戻ったときだった。



藤岡さんを子供の頃から知っている事務員さんがこう叱咤した。



「あんたが私たちを支えていかないといかん」



この言葉を聞いて、従業員の生活まで面倒を見ることが自分の使命だと思った。



次の日から毎日、毎日自分たちがいい、と思ったことをやり続けた。



数え切れないほど新しいことを試したが状況は変わらず、むしろ深みに嵌って行った。



不満がきっかけで、スタッフが1人、また1人と辞めていった。



中にはけんかして辞めて行くスタッフもいた。当時の趙さんは「人なんて変わらない。店をよくするためには考えの合わない人間は辞めさせればいい」と考え、それが正義だと思っていた。



意見の合わない従業員を辞めさせることでしか生き残る道はない、と考えていた。



100回でも200回でもいいと思うことはやり続けた。



それからの6年間は失敗と成長を繰り返しながらがむしゃらに走り続けた。



怒涛の6年が過ぎた時2人に大きな転機が訪れる。





念願の新店をオープンする運びになる。



力もお金もない2人に力を貸してくれた大勢の人がいた。銀行が金を貸してくれたのも信用を積み重ねた先代のお陰、と感謝すると共に、未熟な2人を支えてくれた大勢の人にも感謝を忘れなかった。



新店オープンを機に2人に共感する仲間が増えて行った。



ある社員は既存店を任されていた。趙さんから教えられたことを実行していたが親族の従業員さんと意見が対立。「あいつはダメだ」ということを親族がいっていることをスタッフから聞かされた。疎外感を感じていた。「オレは間違ったことをしていない」と思いながらも、会社の親族に逆らった以上「この店で仕事をすることはできない」と退社を覚悟していた。



その時2人から「オレたちにはお前が必要だ。一緒に夢を叶えよう」といわれ気持ちが吹っ切れた。



「どんなに嬉しく、どんなに勇気づけられたか。これから先どんなことが起こっても自分にできることをやり続け、2人を支えていく」と心に誓った。



14年前にパチンコ業界に入った社員は、当時客と関わることが許せない環境に不満を持ち、自分自身を変えようとはせず、すべて周りのせいにしていた。



仲間に感謝することも忘れ、気がついたら独りぼっちになっていた。



そんな時に趙さんと出会う。



趙さんは仲間に感謝し、成長していくことに努力している。そんな姿を見て「オレも成長したい。一緒に最高の店作りをしたい。感謝の気持ちを忘れず、皆と一緒に成長し続けたい」と気持ちが変わった。



社員の気持ちが一つになって再スタートを切った4年前、成長は止まるところを知らない。



店の朝は元気爆発の朝礼から始まる。



全力で叫ぶスピーチ訓練では、時には涙を流しながら語るスタッフもいる。



そして、その日の目標を大声で発表する。



人を育てるためのセミナーにも積極的に参加している。



その結果生まれたのが、スタッフの判断でできる真心サービスだ。



ある時ポテトをどうしても食べたい、というお客さんのリクエストに応えることにした。





ただ、買ってきて渡すだけでは面白くない。お客さんに喜んでもらいたい、との一心から写真のようないでたちでポテトを渡した。



スタッフ自らが考え、行動する社風が芽生えている。



その一方で趙常務は新店オープンという夢を実現した反動から燃えつき症候群になっていた。



胸にぽっかり穴が空き、張り合いのない日々を送っていた。



リーダーとしてこれでいいのか! どんな夢を描けばいいのか!と自問自答しながら、答えが出ないまま1年半が過ぎた。



悩み続けた結果、仲間と企業理念を作り直すことにした。



・人として成長する

・しあわせになる

・社会に貢献する



ありきたりなものだったが、形からでも始めようとがむしゃらな日々を送った。



たくさんの学びに触れ、たくさんの出会いを重ねるたびに、趙常務は自分の無力さに気がついた。



気がつけば、周りにはたくさんの仲間、家族などの大切な人がいた。



一生をかけて支えてくれた皆の恩返ししていく。そのためには今までの自分を捨てて生まれ変わる決心をした。



大切な仲間と共に、企業理念と夢を叶える、と誓ったのであった。



トップである経営者が変われば会社は変わる。そんな典型例だ。





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情熱リーグを見て

コメントでも多くの意見がありますね。



様々な考えに触れることは、改めて勉強になるなぁと思いながら、拝読していました。



私は、第1回~第2回の大会を現地で見させていただきました。



率直に思うのは、これだけの規模の大会への、苦労・さまざまな負担、関係者に求められることは、「大変」の連続だったのではと思います。



翻って一部否定される部分には理解するところもあるが、「全否定されるほど意義が見えないとは思わない」です。



これは、私に出来るか?という自答への裏返しでもあります。



情熱リーグについてある方へ送った、私信を転載致します。



「今回もあるホール企業幹部に、参加の是非や意義について会場で意見を求められましたが、お答えしたのが、『壇上に立つ店舗が業績が良いとは限らない。 経営陣はあくまでも価値観の一部を競うと捉えれば』



個人的には、ある程度までいくと自己啓発は技術だと思っておりますので、

その技術が拙い企業からは見栄え良く、その部分に判断力がある企業は違いを見ているのではと思います。



思うにホール経営陣や幹部で、従業員にろくに教育を授けず、中身を知らないのに批判ばかりされる方がいらっしゃいますが、そういう方には利点だけお話しすることにしています(笑)



やはり経験や体験から身についた物は、説得力がありますし、壇上に登ったチームや運営に携わった関係者の汗は、まぎれのない真実ですし、初心を見失わない限り将来への可能性を秘めたモノだと思います」



私は関係者ではありませんが、私なりに趣旨を理解した上での意見を少々。



盲目的になるつもりはありませんが、やった結果が形となり、多くの感動や共感があったのは事実だと思います。



一部の批判にあるように、そんな事より出玉を!というのは、少し大会の趣旨とは違うと思いますが、おそらく運営サイドはご苦労された分、こういった声は、傍観者の誰よりもご承知だと思います。



承知=覚悟した上で、ぱちんこ業界のために、働く人々のためにという事でしょうから、これは大変なことをされていると思うのです。



以前、寄稿に書いたこともありますが、カチは一つではないということ。



お客様対ホールの形式になれば勝ち(いつもコメントをされるお客様サイドのご意見・苦言は非常に勉強になります)。



今大会では、ホール運営におけるスタッフの団結や思いという価値。多くのカチの中から、その性質上なかなか相容れないホール企業間が同じ目標を

共有しただけでも、大きな意義があると思います。



大手ホールさんは、自己で同質なことをされていると言う意見も多く聞きますが、多くの同業者と成り立つ大会では、少し性質も違うでしょう。



傍観者である私には解らない、やった者が見える・得る価値は、経験として今後に活かされると思います。



第1回目予選時に、ある顧客様には優勝候補としてペリカンさんを挙げさせていただきましたが、実際大会の現場では丸の内デルコムさんに一票でした。



その時の私は、デルコムさん流のお客様を巻き込むというプレゼンに価値を見たからです。



賛否両論さまざまあって良いのだと思います。



また少し私見を述べるなら、多くの方のご協力や熱意があっての大会ですから、お客様を巻き込む仕組みが、もう少し加われば賛同が増えるのでは?と思います。



次回は東京だということですから、会場も大きくなると思われます。



業界各社のサポーター以外に、自店のサポーター(お客様)にも、触れる機会があれば、連帯感は高まると思います。



いずれにせよ、大会の規模は今後も拡大するであろうし、良い発展をご祈念しております。



末筆ながら、多くの関係者様の、汗・涙・時間・コスト・メンタル…



その決勝・結晶を見させていただき良い勉強をさせていただいたことに、感謝!



(中断しているゲージ論は、もう少しお待ち下さい)



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第2回パチンコ情熱リーグ ジャンボ30防府店編

サンエイジャンボグループは岡山県を中心にチェーン展開を行っている。2008年4月、初の山口県進出となっいたのが「ジャンボ30防府店」だった。



総台数720台は地域最大級の規模で、岡山県から選抜されたメンバーは精鋭軍団だった。ところがGWが明けると、週末でも3割稼働、200人ほどの客数まで落ち込んだ。



地方都市の現実は甘くはなかった。新店という理由で集客できる時代でもなかった。新台を入替えたり、休む暇もなく朝から晩まで試行錯誤の毎日が続いた。



地域性や客層も分からず、何から取り組んでいったらいいのか分からず、手探りの営業が続いた。がむしゃらにやっても成果は見えない現実に、はじめは意気込んでいたスタッフの士気も下がり始める。役職も先が見えない不安から笑顔が消えた。弱い気持ちに負けそうになっていた。



「俺たちは選ばれてこの新店にいる」という想いだけが唯一の心の支えだった。



妹尾店長は、状況を打破するために、こう考えるようになった。



「今来ているお客様にもっと楽しんでいただく。この店を愛し、明日も来てみようと思える店作りを実現できるのはスタッフの皆さん。スタッフが心から楽しんでいただけなければ、お客様を心から喜ばせることはできない。

1人1人が心の成長をして、お客様から愛される仲間作りをしていこう。そのためにはまず私から変わろう。スタッフがもっと楽しんで働ける環境作りをしていこう」と決意を新たにする。



町を知るために地域の行事にも参加し、町のパトロールにも人手を出した。お客さんの店にも食事にも行った。防府地区が土砂災害に見舞われた時は、チャリティーフリーマーケットを開催した。



店内ではお客さんと楽しめるイベントを企画した。



北海道物産展では半日で完売。全国ラーメンフェアーで1000食が完売した。芸能人イベントではファンだけでなくスタッフも楽しんだ。



景品で松葉カニを販売している。1万円の高額景品なのでなかなか売れない。実はカニを販売することが目的ではなく、お客さんとの距離を縮め1対1の接客をすること目的だった。





スタッフの一人はこう気づくようになった。



「パチンコ店では一度も会話をすることなく帰っていくお客様がいらっしゃる。少しでもジャンボに興味を持っていただきたい。私たちもお客様ともっと会話がしたい。その場限りの接客ではなく、笑顔で帰られたあとのことも考えられるようになった。様々なイベントを通してスタッフ全員の心の成長にもなった。何よりも感謝の気持ちが大きくなったきっかけです」





接客が苦手で一度は辞めたアルバイトスタッフの浜田さんが現在の思いをぶつける。



「仕事を探しているときに町で店長に会って『浜ちゃん戻っておいでよ』と声をかけられました。一度は辞めた私を皆は受け入れてくれるのかな? また一緒に楽しく仕事をしてくれるのか不安でたまりませんでしたが、店に戻ると不安を消す笑顔で仲間が皆で迎え入れてくれました。仕事で自信をなくした私を店長は優しい笑顔を励ましてくれました。店長の想いに応えたい。店長が認めてくれたことで、仕事に自信が持て、仲間やお客さんに対してもたくさんの笑顔が出るようになりました。これからもジャンボで働ける喜びを感じながら笑顔で頑張っていきます」



ある男性社員は、仲間の力になるために自分にできることを探した。それがトイレ掃除だった。



「半年経っても仲間の反応がなく、続けていくことが嫌になりかけていた。何で皆は認めてくれない、自分が認められるためにやっているのか」と自問自答した。



「すべては働く仲間のためにやっている」



本当にそう決めたとき周りに変化が起こり始めた。女性リーダーが「私もやります」とトイレ掃除を買って出た。最高に嬉しい瞬間でもあった。



トイレ掃除から学んだことは「人を、仲間を認る強い心と継続力でした。そして仲間の笑顔が自然と増えていった」と振り返る



皆が得意な分野を発揮した店作りやイベントは大成功を収める。1年、2年とお客さんの笑顔やスタッフの笑顔が増え、店の売上げも伸びていった。スタッフの心の成長が顧客の満足度にもつながってきた。



お客とのふれあいの中でこんなエピソードがある。



オープンして3年のある日、毎日のように1パチコーナーで遊んでいるおばあちゃんの77歳の誕生日であることに気づいたスタッフは、ポップを作っておばあちゃんに届けた。



そのおばあちゃんとは仲良しのリーダーがいたが、その日は休み。ケータイに連絡するとさっそく花とケーキを買ってきて、皆でおばあちゃんの誕生日を祝った。



おばあちゃんは「冥土の土産ができた」と手を合わせて喜んだ。



グランドオープンでは失敗を経験した妹尾店長はこう振り返る。



「仲間の笑顔に救われたのは私だったのかもしれない。誰1人が欠けてもこの素晴らしいチームは作れませんでした。1人1人が輝くステージがジャンボにはある。先週迎えた3周年祭。店長の夢は朝から満台になる店を作ること。お客様が集まるか不安だったが、当日の朝は入場が途切れることなく満台になった。それはスタッフが一丸となって1カ月前から3周年の声掛けをしてくれて、私の夢を応援してくれた成果だと思っている」



当日は、来店したファンから「3周年おめでとう」の声がホールのあちこちから聞こえてきた。



「この3年間で分かったことは、人は人によって磨かれること。誰かの喜びのために成長していくこと。このメンバーに出会って本当によかった。このメンバーがいたからこそ私が変われた。日本一のパチンコ店を作っていく」と決意を新たにした。



働く仲間は皆兄弟、お客様は仲の良い親友



こんな社訓がジャンボグループには掲げられている。



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