パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

また一人ホール店長の転職。人材流出が止まらない業界の未来

Aさん。年齢44歳。つい先日、離婚を経験した。職業は山梨県のホール店長。かつては地元でも存在感のあるホールグループで、全盛期には10数店舗を誇った。

しかし、今は2店舗のみの運営。そのうち1店舗はすでに閉店し、再開のメドは立っていない。残る営業中のホールは1パチ専門店で、利益もトントン。上層部も「閉店は時間の問題」と口を揃える。

Aさんは、これ以上未来を描くことができなくなっていた。

一番稼いでいた時は、年収800万円近くを得ていた。繁忙期にはホールを駆け回り、スタッフを指揮し、経営の一端を担う責任感に誇りを感じていた。

しかし、市場縮小の波は容赦なく、売上も給与も右肩下がり。気づけば年収は400万円を切り、生活は急速に不安定化していった。それが原因で夫婦関係も悪化し、ついに離婚という結果に至った。

身軽になったAさんは決断した。パチンコ業界に見切りをつけ、東京でタクシードライバーとして第二の人生を歩むことにした。タクシー業界も楽な仕事ではないが、寮が完備されていた。

東京のタクシー業界はインバウンド需要も相まって、多忙を極めている。自分が頑張った成果がそのまま収入に反映する世界は魅力的に映った。こうしてまた一人、パチンコ業界から別業種への転職者が増えた。

業界が抱える構造的な問題

今回のケースは特別ではない。全国的にホール閉店は相次ぎ、働き盛りの店長や社員が転職市場へ流出している。理由は単純で、「将来への希望が描けない」からだ。

パチンコ業界は長年、射幸性と規制のはざまで翻弄されてきた。かつては出玉競争で客を集めることができたが、限られたパイの奪い合いで中小は淘汰されると共に、サラリーマン客を見かけなくなった。一方で若年層の新規ファンは専業化の傾向にある。

結果として、高齢化した常連客に依存する構造となり、閉店スパイラルを抜け出せない。

人材の流出も深刻だ。ホールスタッフや店長は接客・営業・マネジメントと幅広いスキルを持っているにもかかわらず、その労働環境は不安定で評価も低い。給与水準が下がれば、優秀な人材ほど他業種へ転職してしまうのは当然の流れだ。

改善への糸口はあるのか

では、業界はどうすれば人材流出を止められるのか。

第一に必要なのは「未来像の提示」である。

従業員が働き続けたいと思うには、業界自体に持続可能性があることを示さなければならない。たとえば、遊技機依存からの脱却を図り、エンターテインメント複合施設としての進化を本気で考えるべきだろう。地域交流スペースとの融合など、新たな集客モデルを開発することが求められる。

第二に、労働環境と待遇の改善が不可欠だ。給与はもちろん、勤務シフトや休日制度、キャリアパスの明確化など、従業員が「この業界で働き続けてもいい」と感じられる仕組みを整える必要がある。これを怠れば、人材はますます外へ流れ出す。

第三に、社会的イメージの刷新だ。パチンコ業界は依然として「グレーな産業」という偏見にさらされている。このままでは若者が就職先として選ばないのも当然である。透明性のある経営、地域社会への積極的な貢献、ギャンブル依存症対策の徹底といった努力が、長期的には人材確保につながる。

………………………………………………….

44歳の店長がタクシードライバーへ転身するという事例は、個人の人生選択であると同時に、業界全体が直面している危機の縮図でもある。ホール閉店の連鎖と人材流出が止まらなければ、パチンコ業界はますます縮小していくだろう。

「どうすれば残ってもらえるか」を本気で考え、待遇改善と未来志向のビジョンを示さない限り、第二の人生を求めて去る人材は後を絶たない。

パチンコ業界が再生するかどうかは、働く人の人生に責任を持てるかどうかにかかっている。


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日報案ついに実現へ。藤田ニコル起用が示す業界再生の新方向

日工組は12月4日、都内で「PACHI-PACHI-7」の新CM発表会を開いた。今回のCMには、パチンコ好きとして知られるタレント・藤田ニコルが「PACHI-PACHI-QUEEN(パチパチクイーン)」として初登場する。

このニュースを聞いて、やっと実現したかという思いに掻き立てられた。なぜなら、これはパチンコ日報がかねてより提案してきた「藤田ニコル採用案」がついに叶った瞬間だったからだ。

日報で「藤田ニコル」を検索すると、10本の記事がヒットする。

例えば2016年7月6日の「ちょいパチ普及のためのテレビCM復活とタイアップ番組を」。この中で、「ちょいパチのテレビCMを流すだけでは不十分。10代から高い支持を得ている藤田ニコルのようなタレントを起用し、若年層への橋渡しを図るべき」と明確に提案した。

続く2021年9月15日の「もしも藤田ニコルのパチンコ台が出たら…」では、ニコル本人を題材にしたパチンコ台の企画にまで踏み込んでいる。

さらに、2022年07月15日には「パチンコ好きの藤田ニコルを起用したいプロモーション活動」で彼女を推した。

つまり、藤田ニコルの活用は、日報が9年以上前から一貫して推し続けてきた「業界再生の鍵」だったのだ。

そして今、時代がようやく追いついた。

若者のカリスマモデルだった「ニコるん」も現在は27歳。

彼女が「パチンコ好き」へと自然に進化していたことは、3年前のスポニチが詳しく伝えている。

彼女がパチンコにハマった理由は、実に健康的で、ポジティブで、好感度の高いものだった。

「すごい楽しかった。ちょっと休みがあったらお母さん誘って行っちゃうんです」と連れて行くのは、いつも母親。

ある日は仕事が早く終わり、食事とお風呂を済ませた後、すぐ母を誘ってホールへ。
「エヴァンゲリオン」を打ち、23連。3万4935発。

初めて大勝ちを経験しながらも、彼女はこう語る。

「普段ちゃんと稼いでるし、当たったからって浮かれない。外れても絶望もしない」

ではなぜハマっているのか?

「お母さんと行くパチンコが楽しいんだなと気づいた」

ホールではほどよい距離感で会話ができ、親子関係も自然と良好になるという。
この健全で温かいパチンコとの向き合い方こそ、業界が長年求めてきた「理想のイメージ」そのものだ。

ここが重要だ。

テレビでクズ芸人が「借金してでも打ってる」とネタにする限り、世間のパチンコ観は永遠に改善しない。

しかし、藤田ニコルのように「親子で楽しむ健全な娯楽」としてパチンコを語るタレントが現れたことで、イメージ刷新の可能性が一気に広がった。

日工組が鳴り物入りで制作した柴咲コウのCMが失敗に終わったからこそ、藤田ニコルを「放っておく手はない」と日報が警鐘を鳴らしてきた理由もここにある。

CM起用はその第一歩にすぎない。

パチンコ台を企画するも良し、スマート遊技機のイメージキャラクターとして長期起用するも良し。彼女ほど、若い女性層への説得力を持つ存在はいない。

実際、地方ホールの若手経営者たちは、藤田ニコルを軸にしたSNSプロモーションの構想を進めてきた。

YouTubeやInstagramで「にこるん流パチンコの楽しみ方」を発信すれば、女性客をはじめとする新層を確実に取り込めるという読みだ。

藤田ニコルが吉野家のCMで「女性ひとりでも入りやすい吉野家」のイメージを作ったように、パチンコにも「女性でも気軽に楽しめる娯楽」という印象を与えられる。

この効果は計り知れない。

実際、アベマTVで藤田ニコルの「パチフェショナル 仕事の遊技」は285万回再生され、大きな反響を呼び、「やってみたい」「友達と行くのもあり」といったポジティブな声が続出した。

若手経営者たちは確信した。
「これが業界再生の突破口になる」

そして、ついにPACHI-PACHI-7の公式CMに藤田ニコルが登場した。

これは単なるタレント起用ではない。

パチンコ日報が9年前から提案し続けてきたシナリオがついに形になったのだ。

藤田ニコルの起用が、パチンコの衰退イメージを反転させ、女性客・若年層を呼び戻す起爆剤となる可能性は大いにある。

これは始まりにすぎない。








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出玉で夕飯。ホールとスーパーの融合構想の可能性

ある日、流通業界で注目を集める新興グループのトップが、ある編集者にぽつりと語った。

「ひょっとすると、ホールオーナーがウチに資本参加してくるかもしれない」

ホールオーナーが食品スーパーに関心を持っているというのだ。

パチンコ業界では、多角経営の一環として飲食店や不動産、介護などへの進出が行われてきたが、その中でも比較的成功しているのが食品スーパーだという話を耳にしたことが、ホールオーナーの関心を引いたようだ。

とはいえ、このトップはこれまでホール側からの資本参加の申し出をすべて断ってきた。その理由は、業界の仕組みを聞いただけでも収益構造の非効率さが見えたからだ。新台の導入が不可欠で、そのたびに莫大なコストが発生する。しかも導入した機械がヒットするかどうかは運次第で、外れた場合は即座に「通路」になってしまう。コストを回収できずに終わるケースも少なくない。

それに比べて食品スーパーは「当たり外れ」のない世界だ。何が売れるかを市場や天候、客層で予測し、仕入れに反映させる。

たとえば青果や鮮魚は、その日に仕入れてその日に売り切るのが理想だ。夕方6時までには売り切り、夜9時の閉店を待たずに完売させる。そのためには値引きしてでも在庫を抱えない。これが鉄則であり、商売の基本だ。

青梗菜の切り口が茶色くなっていたら売れ残る。見た目の鮮度が命である。出資話を聞いたトップは、ホールで集客に苦戦しているのは、「茶色くなった青梗菜を並べているようなもの」と鋭く指摘した。機械の鮮度、つまり魅力が落ちているのだ。

このたとえに、ホールオーナーは妙に納得した。さらに踏み込んでみると、スーパーの仕入れにはギャンブル性がない。一定の知識と経験があれば売上と粗利はある程度読める。

対してホール経営は、不確実性が高く、売上予測が立てづらいという不安定さがある。オーナーが実際にトップと面談して感じたのは、今後さらに必要なのは「ランニングコストの徹底的な削減」だということだった。そしてもう一つ、アイデアとして浮かび上がったのが「ホールと食品スーパーの併設」だ。

遊技によって得た出玉で、隣接するスーパーで今日の夕食を買ってもらう。そんな新たな業態だ。もちろん、このビジネスモデルでは等価交換は成り立たない。例えば3000円遊んで2000円分の買い物ができる――そんなイメージのバランス設計が必要だ。

ギャンブル性を抑えながらも、地域に根ざした買い物動線を生み出す。この融合モデルに、ホールオーナーは確信を深めた。

「これは当たる」と口にしたとき、彼の中ではすでに新たなパチンコ経営の形が浮かび上がっていた。

この話を聞いたのは1年以上前のこと。つまり夢物語で終わったのか、まだ構想を練っているのかは分からない。


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壊れないテレビと、しまいっぱなしのテレビ

60代の女性の家のリビングには、ひときわ存在感を放つテレビが鎮座している。一見すると液晶テレビのようだがさにあらず。

パナソニックが1990年代後半に発売した32型ブラウン管テレビだ。同社初の「フラットテレビ」で、従来の湾曲したブラウン管と違い、ほぼ平らな画面が特徴だ。映像の歪みが少なく、当時は家電量販店でも注目の的だった。


もちろん、このテレビはアナログ放送専用。2003年に地上デジタル放送が始まり、2011年7月の完全移行でアナログ電波が止まると、そのままでは番組を映せなくなった。それでも女性は捨てられなかった。理由は、このテレビが亡きご主人と一緒に選び、ボーナスで買った思い出の品だからだ。いわば、ご主人の形見のようなものだった。

彼女は地デジ対応のDVDレコーダーを購入し、外部入力経由で今も視聴を続けている。最新の液晶テレビに比べれば重く、場所も取る。それでも、落ち着いた発色と重厚な存在感は替えがたい。「壊れるまでは使い続けたい」と思っている。

そんな彼女には、もう1台テレビがある。5年ほど前、「パチンコファン感謝デー」で引いたくじが1等賞で、42型液晶テレビを当てたのだ。

店内でも拍手が起こり、店員からも羨ましがられた。しかし、そのテレビはいまだに箱から出されず、押し入れの奥に眠っている。理由は単純。「ブラウン管がまだ壊れてないから」。形見を捨てるのも忍びない。

家電製品は普通10年も経てば寿命がくる。しかしこのフラットブラウン管は頑丈で、画面の色も変わらず、電源も一発で入る。女性は笑いながら「きっと主人があの世から直してくれてるんじゃないかしら」と話す。

この光景は、実はパチンコ業界にも通じる。ホールの設備や機種も、本来は新陳代謝があってしかるべきだが、経費削減から古い機械を長く置き続けるケースがある。

確かに入替しなければコストは抑えられるが、遊技客は常に新しい刺激を求める。入れ替えが滞れば、店の魅力はじわじわと薄れていく。

一方で、この女性のように「思い出」や「愛着」が理由で使い続けるケースは、パチンコでもある。例えば、常連客が打ち続けるお気に入りの台や、かつての大当たりの記憶が染みついた機種だ。しかし、業界としてはそこに甘えすぎると、市場全体が古びて見えてしまう。

押し入れに眠る新品の液晶テレビは、業界にとっての「最新設備」や「新機種」に重なる。導入はしても稼働させなければ意味がない。倉庫に眠らせるより、タイミングを見極めて活用することが重要だ。

壊れないブラウン管は美談だが、ホール運営で同じことをやれば衰退の一途だ。女性のリビングでは、思い出のテレビが今も主役だが、パチンコホールは“思い出”だけでは生き残れない。業界は時に愛着を断ち切り、新しい画面に切り替える決断を迫られている。


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お告げの行き先地、高知で見つけた第三の人生

新潟のホールに勤めていたAさん(45)は、一度業界を離れ、運送業に身を置いていた。真面目で働き者だが、心のどこかに「自分の居場所はここではない」という感覚があったという。

かつて勤めていたホールの常連に、一人の女性占い師がいた。見料は1000円。家族や夫婦、子育ての悩みを抱えたパチンコ客の間でも知られた存在で「よく当たる」と評判だった。

ある日、運送業の仕事で行き詰まりを感じていたAさんは、久しぶりにその占い師の下を訪ねた。

「このままでいいのか分からない」と漏らすと、彼女は静かに言った。

「高知へ行きなさい」

新潟から遠く離れた高知。土地勘もなければ知人もいない。都会のように仕事が豊富なわけでもない。

「はあ?」と苦笑いしたのが正直な反応だった。

占い師は続けた。

「高知でパチンコ屋に勤めるのです」

Aさんはしばらく言葉を失った。運送業とは関係ない。しかし、かつて自分が身を置いた勝手知ったるわが家のような業界だ。

数日悩んだ末、Aさんは「一度だけ信じてみよう」と決意する。休暇を取り、当てもないまま高知へと向かった。

高知市内に着くと、アーケード街のいくつかのホールを回り、街の空気を感じ取った。初めての土地だが、なぜか不思議と落ち着く感覚があったという。

その夜、視察を終えたAさんは居酒屋の暖簾をくぐった。賑やかな店内、藁焼きの火が燃え盛り、カツオが目の前で炙られている。

カウンターに腰を下ろし、地酒で旅の疲れを癒やしているうちに、隣の女性と自然に言葉を交わすようになった。

酒の勢いも手伝い、Aさんは自分の身の上を問わず語りに話し始めた。

「新潟から来た」、「パチンコ業界に戻りたい」

そんな話を聞いた女性はふとこう言った。

「だったら、ホールの社長を紹介してあげる」

まるでドラマのワンシーンのような展開だった。後で分かったことだが、その女性はそのホールの社長夫人だったのだ。「純情そうで真面目な人」という印象をその場で見抜いたのかも知れない。

話はトントン拍子に進み、面接を経て正式に採用が決まった。条件は手取り25万円、寮費無料。翌月から高知への引っ越しが決まった。

Aさんは言う。「あの時、半信半疑で高知へ来ていなかったら、今の自分はなかった」と。

占い師の言葉は、単なる予言ではなく、背中を押してくれたきっかけだったのかも知れない。

誰かの一言、偶然の出会いが、次の扉を開けることになった。

Aさんにとって高知は、占い師が示した「運命の地」であり、再び業界に帰る再出発の場所となった。



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