パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

年収1000万円転職の誤算

年収800万円を得ていた店長が、ある日、別の法人からヘッドハンティングの打診を受けた。提示された条件は、年収1000万円。業界歴20年の彼にとっても破格の金額だった。

しかも勤務地は県内。引っ越しの必要もなく、家庭にも影響を与えない。これほど好条件の話はそうそうないと判断し、彼はほとんど迷うことなく転職を決めた。

しかし、その決断は、すぐに大きな後悔へと変わる。

着任したホールを初めて視察したとき、彼は一抹の不安を覚えた。店内は古びており、稼働も芳しくない。スタッフの動きには覇気がなく、接客も雑だった。だが「自分が来たからには変えてみせる」と最初は前向きだった。

本格的に業務に関わるようになると、その期待はもろくも崩れ去ることに。社員の多くは業界経験が浅く、基本的な遊技機の知識もあやふやだった。接客教育をやっている形跡もなく、客からのクレーム対応一つ取っても要領を得ない。中には、客と口論を始めるような社員もいた。

以前の職場では、正社員はもちろん、アルバイトにも教育が施され、日々の業務をきちんとこなし、客との距離感や遊技機のトラブル対応にも慣れていた。シフト管理も徹底していて、売上目標に対する意識も高かった。

ところが、今の職場は、まるで組織として機能していない。むしろ彼が入社して初めて「上司らしい上司が来た」と現場でささやかれるほど、管理体制は崩壊していた。

中でも厄介だったのは、オーナー企業特有の「金は出すが口も出す」体質だった。現場の声を無視して好き勝手に施策を決め、失敗すれば責任は現場任せ。設備投資もろくにせず、客離れの原因すら正しく把握していない。数字だけでホールを評価し、「出玉で釣れば客は戻る」と短絡的な思考に固執していた。

店長は思った。

「これは1000万円もらっても割に合わない」

むしろ前職の方が、収入こそ若干劣っていたが、組織としての一体感があり、なにより信頼できる仲間たちに囲まれていた。数字をつくるプレッシャーは今も昔も変わらないが、職場の“空気”がまるで違っていた。

「前の店に戻りたい」——何度もそう思ったが、一度辞めた身が簡単に戻れるわけもない。後任も決まり、かつての部下たちも新体制に慣れてきているはずだ。何より、裏切り者のように見られることが耐えられなかった。

年収1000万円の甘い誘いは、実態を見抜けなかった自分への皮肉な報酬だった。パチンコ業界に限らず、年収の多寡だけでは測れない“現場の地獄”がある。それを学ぶには、あまりにも高すぎる代償だった。


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客のニーズはそこ?レトロ自販機に夢を託すホール

とあるホール企業は、かつて複数店舗を構えていたが、いまや1パチ専門店1店舗を残すのみとなった。オーナーは生き残りを模索し、店内に設置してある自販機8台を自前で運営することを決めた。これまでベンダーに吸い上げられていたマージンを確保するためである。中古機を調達し、飲料を仕入れ、補充や管理まですべて自社で行う――利益は薄いが、それでも「自分たちの手に残す」ことに生き残りをかけた。

しかし、ただペットボトルの水や缶コーヒーを並べるだけでは芸がない。そこで立ち上げられたのが「自販機改革プロジェクト」だ。会議では「おでん缶」などの変わり種アイデアが出て、さらに議論は盛り上がる。

誰かが「レトロ自販機を導入してはどうか」と口火を切ると、場の空気は一気に熱を帯びた。NHKの『ドキュメント72時間』でも幾度となく紹介されているように、昭和の自販機はノスタルジーを感じさせる一方で、若い世代には逆に新鮮に映る。

「うどん自販機を置きたい」「ホットサンドも面白い」――レトロ自販機を並べれば、それ自体が話題となり、SNS映えも狙える。店の集客につながるのではないか。議論は夢を膨らませ、あたかも新規事業を立ち上げるかのような熱狂に包まれていった。

しかし、現実は甘くない。レトロ自販機はすでに製造されておらず、現存する個体はプレミア価格で取引される。メンテナンスも容易ではなく、部品調達すら困難だ。つまり「設置する」以前のハードルが極めて高いのだ。さらに冷静に考えれば、こうした企画が本当に遊技客のニーズに応えるものなのかという疑問が残る。

1パチ専門店の主な顧客は高齢者だ。彼らがホールに足を運ぶ理由は「食べ物の自販機」ではなく「遊べる場所」である。酷暑の中、自宅でエアコンをつければ妻に小言を言われる。だからこそ、年金の範囲で過ごせる居場所としてホールが必要なのだ。彼らは娯楽と憩いを求めており、決して「懐かしのホットサンド」や「うどんの自販機」を欲しているわけではない。

むしろ、ホールが「自販機ビジネス」に夢を見ている姿勢そのものが問題だ。遊技客に向き合うよりも、自社の利益や目先の話題性に飛びつく――この業界が衰退してきた根本的な原因がここにある。集客アイデアを練ること自体は悪くない。しかし、客層のニーズを無視した「昭和ノスタルジー商法」が、果たしてホールの未来を救うのだろうか。

パチンコ業界に本当に必要なのは、レトロ自販機でも、奇抜なドリンクでもない。高齢者が安心して遊べる環境、娯楽としての楽しみを再び提供できる仕組みだ。オーナーの視線が「おでん缶」ではなく「出玉」や「遊技の魅力」に戻らない限り、ホールの明日はますます遠のいていく。



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最後のゼロタイガーに本物の釘を求めた家族の執念

80代のパチンコ好きのおじいちゃんにとって、液晶演出ばかりの今の機種構成はどうにも馴染めなかった。そもそも、スタートに入ってデジタルが回る遊び方が性に合わなかった。

おじいちゃんが心から愛したのは、ハネモノだった。Vゾーンに吸い込まれる一瞬のハラハラと、拾われるか落ちるかのドキドキ、そして入った瞬間に爆発するワクワク――。

その全てが凝縮されていたのが、ゼロタイガーだった。

最近、ガンの宣告を受け、おじいちゃんが口にした願いは、ただ一つだった。

「死ぬまでに、もう一回ゼロタイガーを打ちたい」

家族はこの一言を聞き、即座に動き出した。
どこで探してきたのか、還元機付きのゼロタイガーを20万円で購入。
釘も盤面も丁寧に洗浄され、外観はきれいだった。

念願の実機がわが家に届いた日、おじいちゃんは涙ぐみながらハンドルを握った。

しかし──打ち始めてすぐに、違和感を口にした。
「こんなに出なかった。これじゃ、ゼロタイガーじゃない」

昔、ホールで打ったゼロタイガーはそんなに甘くなかった。
玉が入らずイライラし、やっと出た出玉が嬉しかった

いま家にあるゼロタイガーは、よく鳴き、よく拾うのでV入賞の感激も薄れ、あの頃の緊張感が欲しかった。

つまり、楽しむためには“営業釘”が必要だったのだ。

家族はすぐに動いた。
最初に行きつけのホールへ飛び込み、顔見知りの店長に直談判した。

「ゼロタイガーの釘調整、お願いできませんか?」

突然の依頼に30代店長は固まった。そもそも、液晶デジパチ全盛の時代に育った若手には、ハネモノの釘など触った経験がない。

困惑の末、丁重に断られた。

しかし、家族は諦めなかった。飛び込みで7軒のホールを回った。
返ってくる答えはどこも同じ──
「ハネモノの釘はわからない」「技術者がいない」。

しかし、その噂が巡り巡って、ついにある人物へ届く。
60代後半、かつてハネモノ全盛期の現場を知り尽くした元ホール関係者だ。

「ゼロタイガーの釘……懐かしいな」

ゲージ棒とハンマーを手に、彼はおじいちゃんの家を訪れた。

盤面を見て状況はすぐに分かった。

鳴いて拾う調整。つまり、実際のホール営業ではありえない甘さだった。

おじいちゃんが望んでいるのはその真逆、

昔の鳴かせて拾わない釘だった。

釘師魂がふつふつと湧いてきた。久しぶりのハネモノ調整に指先が感覚を取り戻していった。

玉の流れを想像し、釘をわずかに触る。
昔取った杵柄という言葉が、そのまま目の前で具現化した。

調整が終わり、おじいちゃんが打ってみた。

ハネは開くのに思うように玉を拾わない。

時に腹立たしく、時に嬉しく、心の葛藤の後にやっとV入賞…

「これだ……これだよ……!」とおじいちゃんは叫んだ。

家族は職人技に見とれた。

「月1回のメンテナンス、お願いできませんか?」

釘師冥利につきるお願いだった。二つ返事で引き受けたのは言うまでもない。

家族の執念と、一人の釘師の技術が、思い出のゼロタイガーを蘇らせた。



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勝てる体験が生む新しい遊技客の物語

東京都在住のAさん(62)は、長年勤めた会社を定年退職した。退職金は国産高級車が一台買えるほどの額。ささやかな定年祝いとして、パチンコ好きのAさんは奥さんに頼み込み、その中から3万円だけ“軍資金”としてもらうことに成功した。

3万円を手に向かったのは、長年通い続けてきた地元のマイホール。

その日はまるでパチンコの神様がAさんの退職を祝っているかのように久しぶりに大勝ちした。15万円を手にすれば、懐が温まれば、口も軽くなる。帰宅後、つい奥さんに大勝ちの報告をした。

ところが、奥さんは即座に退職祝いの3万円を回収したのであった。

Aさんは苦笑いするしかなかったが、それでも手元には12万円が残った。

その軍資金を元手に、夫婦は関西旅行へ出ることにした。

京都・大阪・神戸の三都巡りである。

京都では観光地が外国人で溢れ、清水寺周辺は「9割がインバウンド」。着物姿の外国人が目立った。Aさんは京都の風情が姿を消したことにガッカリした。

大阪ではバンジーマニアの血が騒ぎ、茨木市に誕生した日本最長の吊り橋で二人乗りブリッジスイングに挑戦した。

神戸では念願の神戸牛を堪能した。

そして大阪・ナンバ──

道頓堀で大阪グルメを堪能した後、パチンコ好きのAさんは当然のようにホールへ足を運んだ。奥さんはこれまでの人生で10回ほどしかパチンコをやったことがない。

まずはパチンコを打つも、1万円があっという間に溶けてしまい、奥さんはすっかり気落ちしていた。

そこでAさんが提案した。
「スロットの方が自分のペースで打てるよ。ジャグラーなんてどう?」

奥さんは半信半疑でジャグラーの島へ。
すると──

2000円目、ゴーゴーランプが突然ペカッ!
そこから連チャンが止まらない。
ビッグ、ビッグ、またビッグ。

最終的には 2万3000円の勝ち。

奥さんは完全に覚醒してしまった。

東京へ戻ってから、奥さんはAさんにこう言った。

「またジャグラーを打ちたい。光った時の快感が忘れられない」

パチンコで1万円負けたときには“死ぬほど後悔した”という奥さんが、ペカった瞬間の喜びに癒され、YouTubeでジャグラー動画を研究するまでになった。

関西旅行に行かなければ、この変化は起きなかった。

ジャグラーで“勝てた”からこそ、奥さんはスロットを好きになったのだ。
そして、ここにパチンコ業界が直面する真理がある。

人は勝てた時に初めて「また打ちたい」と思う。
負け続ける環境では、誰もやろうとは思わない。

今のホールの経営状況では、勝てる体験を提供しないホールが多すぎる。
射幸性で煽らなくても、また打ちたいと思える勝ち体験が何よりも必要だ。

その小さな成功体験こそが、新しいファンを生む。

Aさんの奥さんを覚醒させたのは、派手な演出でも、凝った仕掛けでもない。
ただの 1回のペカだった。
業界が失いかけているものは、このたった1回の光なのだ。



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また一人ホール店長の転職。人材流出が止まらない業界の未来

Aさん。年齢44歳。つい先日、離婚を経験した。職業は山梨県のホール店長。かつては地元でも存在感のあるホールグループで、全盛期には10数店舗を誇った。

しかし、今は2店舗のみの運営。そのうち1店舗はすでに閉店し、再開のメドは立っていない。残る営業中のホールは1パチ専門店で、利益もトントン。上層部も「閉店は時間の問題」と口を揃える。

Aさんは、これ以上未来を描くことができなくなっていた。

一番稼いでいた時は、年収800万円近くを得ていた。繁忙期にはホールを駆け回り、スタッフを指揮し、経営の一端を担う責任感に誇りを感じていた。

しかし、市場縮小の波は容赦なく、売上も給与も右肩下がり。気づけば年収は400万円を切り、生活は急速に不安定化していった。それが原因で夫婦関係も悪化し、ついに離婚という結果に至った。

身軽になったAさんは決断した。パチンコ業界に見切りをつけ、東京でタクシードライバーとして第二の人生を歩むことにした。タクシー業界も楽な仕事ではないが、寮が完備されていた。

東京のタクシー業界はインバウンド需要も相まって、多忙を極めている。自分が頑張った成果がそのまま収入に反映する世界は魅力的に映った。こうしてまた一人、パチンコ業界から別業種への転職者が増えた。

業界が抱える構造的な問題

今回のケースは特別ではない。全国的にホール閉店は相次ぎ、働き盛りの店長や社員が転職市場へ流出している。理由は単純で、「将来への希望が描けない」からだ。

パチンコ業界は長年、射幸性と規制のはざまで翻弄されてきた。かつては出玉競争で客を集めることができたが、限られたパイの奪い合いで中小は淘汰されると共に、サラリーマン客を見かけなくなった。一方で若年層の新規ファンは専業化の傾向にある。

結果として、高齢化した常連客に依存する構造となり、閉店スパイラルを抜け出せない。

人材の流出も深刻だ。ホールスタッフや店長は接客・営業・マネジメントと幅広いスキルを持っているにもかかわらず、その労働環境は不安定で評価も低い。給与水準が下がれば、優秀な人材ほど他業種へ転職してしまうのは当然の流れだ。

改善への糸口はあるのか

では、業界はどうすれば人材流出を止められるのか。

第一に必要なのは「未来像の提示」である。

従業員が働き続けたいと思うには、業界自体に持続可能性があることを示さなければならない。たとえば、遊技機依存からの脱却を図り、エンターテインメント複合施設としての進化を本気で考えるべきだろう。地域交流スペースとの融合など、新たな集客モデルを開発することが求められる。

第二に、労働環境と待遇の改善が不可欠だ。給与はもちろん、勤務シフトや休日制度、キャリアパスの明確化など、従業員が「この業界で働き続けてもいい」と感じられる仕組みを整える必要がある。これを怠れば、人材はますます外へ流れ出す。

第三に、社会的イメージの刷新だ。パチンコ業界は依然として「グレーな産業」という偏見にさらされている。このままでは若者が就職先として選ばないのも当然である。透明性のある経営、地域社会への積極的な貢献、ギャンブル依存症対策の徹底といった努力が、長期的には人材確保につながる。

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44歳の店長がタクシードライバーへ転身するという事例は、個人の人生選択であると同時に、業界全体が直面している危機の縮図でもある。ホール閉店の連鎖と人材流出が止まらなければ、パチンコ業界はますます縮小していくだろう。

「どうすれば残ってもらえるか」を本気で考え、待遇改善と未来志向のビジョンを示さない限り、第二の人生を求めて去る人材は後を絶たない。

パチンコ業界が再生するかどうかは、働く人の人生に責任を持てるかどうかにかかっている。


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