「このパガヤロオオオ!一体どんな管理をしてると言うんだ、お前はあー!」
一瞬尋常でない雰囲気と怒声に身が固まる。韓国なまりの日本語で怒鳴っているのは誰か。入口の衝立からそおっと顔を覗かせてみるとなんとカルティエの背中越しに怒り心頭の社長の顔が見えるではないか。カルティエはこれ以上下がらないというほどに頭を下げて「すみません」を連発する。僕は今までこんなに弱そうなカルティを見たことがない。
「一体この盗まれたお金をトウシュルカア!シュジュキ、お前がジェンブペンショウできるというのか! タイタイお前は日ごろから楽パアッカリしてるんだからこんなにプクプクフトルンタヨ! フトルヤスにはろくなヤスはいねえい! それからそのパンチパーマと金縁のメガネはなんなんだあ! お前はヤクジャかあ!このデキショコナイメ! お前がヤクジャなら指切って落とし前でもスケルカア!ええっ!」
ちなみに『トウシュルカ』は『どうするか』であり、『シュジュキ』はカルティエの名字『鈴木』のことである。さらに『ペンショウ』は『弁償』、察しが付くと思うが『タイタイ』は『大体』、『楽パカリ』は『楽ばかり、』『プクプクフトルンタヨ』は『ぶくぶく太るんだよ、』『フトテルヤス』は『太ってる奴』、『ヤクジャ』は『ヤクザ』『デキショコナイ』は『出来損ない』、『落とし前スケルカ』は『落とし前付けるか』である。
僕自身も在日韓国人で韓国なまりの日本語を父親から聞きながら育ってきたため社長の日本語にはほとんど違和感を感じることはなかった。いつもならへんてこりんな日本語に笑うところなのだが、今日の僕に笑うゆとりなど微塵もない。
ほとんど正気の沙汰ではない社長はもはや人種差別用語も何のその。話の内容がカルティエの身体的批判にまでおよび、ありとあらゆる暴言がとどまるところを知らない。小さな体からは想像もできない程の大声で、『パカヤロー』『豚野郎』を連発する。
四角い顔のほぼ中央に奇妙に集約された目と鼻と口が、この世のものとは思えないくらい複雑にそして激しく動めく。象のように小さな目は真っ赤に充血し、普段は小さな鼻の穴は北島三郎ばりに大きく広がり、五百円玉の二枚も入るのではないかというくらいの勢いである。口元からは白く濁った唾が蟹の泡吹きのようにどんどん出てくる。
結局、社長のお叱りは延々三時間にも及んだ。その間、僕はカルティエの後ろでずっと立っていただけで、カルティエは返す言葉もなくただひたすら謝りの言葉を繰り返すだけであった。僕はそんな姿を後ろから見ているうちにだんだん悲しい気持ちになった。
カルティエは何も悪くはない。不正行為をしたのは西田であり、知らずとはいえその片棒を担いでいたのは自分であって、これではカルティエが可哀想すぎる。僕はこれまでのいきさつを全て打ち明けて社長に謝罪しようとこの瞬間に決心をした。
そして小さな声ではあるが「すいません」とひとこと言ったつもりだった。が、その声はカルティの予想だにしない行動によって虚しく空回りする。
「社長、本当にすみませんでした。盗まれた現金一千六百万と車代は私が一生かけてでも弁償します。だからもう勘弁してください」
半ばやけくそとも捉えられるその発言によって事務所はしぃんと静まり返った。鳩が豆鉄砲を食らった表情の社長は、「こほん」とひとつ空咳をすると、幾分興奮が冷めやった口調で言った。
「まあ、チンセイ(人生)いろいろあるからこれからも気をちゅけてねぇ」
なんと拍子抜けする答えであろうか。社長は言うだけ言ってこんな軽い言葉で締めくくった。拍子抜けしたカルティエと僕を尻目に、集金袋のような皮のポーチを小脇に抱えこちらに向かってくると
「あ、坂井くんもカンパッテ(頑張って)ねえ」
と能天気な甲高い声を発しながら事務所を出て行った。うちの社長は普段は仏のように優しい。しかし一度切れてしまうと怒るというより発狂してしまう。弱い者にはめっぽう強く、強い者にはめっぽう弱くなってしまう社長は、カルティエが下手に出ているときはここぞとばかりに攻め立て、カルティエが少し強気に出ただけでとたんに尻尾を丸めて退散してしまう。
それはともかく。状況が一転して僕は幾分安堵した。社長がそれ以上追及しなかったということは、カルティエの弁済の話はなかった、ということになろう。しかし問題はそこではない。一難は去ったものの重要な問題が残されている。現にカルティエはまだ土下座したままで動こうともしない。僕はそおっと声をかける。
「店長、大丈夫ですか」
カルティエは地面に顔を向けたまま無言だった。さらに店長と呼びかけると
「うるせえ、黙ってろ!お前に何がわかるんだ!この部屋から出て行け!」
何も言えなかった。ごめんなさいの一言も言えず、僕は後ろ髪をひかれる思いですごすごと事務所を後にした。何もできず、何も語れない自己嫌悪でいっぱいの僕は思考が停止したまま食堂へと上がっていった。そこで衝撃的な話を『連獅子』さんから聞くことになる。
「ちょっときいたぁ。店長と西田主任グルだったんだって。ありえなくなぁい」
周りの景色がぐるぐると渦を巻き僕はその渦に巻き込まれた。
つづく

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「元役員さん」のコメにあるようにゴト師を捕まるとボコボコにしました。街中で再会して俺の顔を見たらビビって逃げる位にでした。
ピンバック: 猫オヤジ
まだ20代前半のアホな若僧が年収700万だの頂いていたら、そりゃ熱くなりますよ(^^;
(ちなみに1000万完越えは27才だった)
同時は自分の預かっている店に少しでも不利益を及ぼすと判断した輩には本当に厳しく対処していましたけど例え相手が本物のヤ○ザ屋さんなんかで有っても全く恐怖心みたいな物は無かったですね(^^;
しかしながら息子が産まれた後は考え方が少し改まりましたよ(*´ω`*)
恥ずかしながら全て私の斜め上を行く展開にぐうの音も出ませんね(^^;
これってやはり経営者にも色々と問題が有るんでしょうね?
私の所は経営者が心の底から尊敬出来る方でしたので、悪さは確かにしましたが決して一線を越える様な事はしませんでしたm(__)m
ピンバック: もと役員
おはようございます。
20代前半でそこまでの年収は凄いですね。オーナーに認められ厚い信頼があったのですね(*⌒▽⌒*)
店の雰囲気にそぐわない奴は追い出さないと店は良くなりませんからね。また昔は18時開店があったのでそのタイミングで営業内容を変更「一般台3000発➡️4000発」「一発台4000発➡️5000発」、セブン機1回交換➡️持たあり…この程度で飛躍的に稼働上がりましたからね。笑
当時の釘師「マネージャー」は月給100万以上が普通、オーナーも釘師には何も言えない風潮でした。私は独り立ちで店を任されたのが26才、1996年で残念ながら年収1000万以上は無かったです。850万が最高でした。
悪い事はゴト師とつるむ、裏ロム、売上誤魔化す以外はやりました。マージンも累計四桁はもらいました。
ピンバック: 猫オヤジ
ただ、嵐のように目一杯激怒するだけするとスッキリするのか何もなかったように去って行く。
よくわからん。
ピンバック: マンタ
こんな人が社長とは…。
韓国人は日本人と違って色々と内に溜め込まない性分なので個人的には付き合いにくいです。
ちなみにこの小説って創作でしたっけ?
ピンバック: 通行人