パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

13年前の追憶

その日、A社長は組合会議のため東京へ出張していた…。

3月11日、午後2時46分。非常に強い大きな揺れが9階の会議室を襲った。ケータイで地震情報を確認した一人が「Aさん!宮城県沖地震だよ」と叫んだ。すぐに会社に連絡を入れた。会社はもちろん、誰のケータイにもつながらない。現地が大変なことになっていることだけは想像できた。揺れが収まったところで、会議を抜け出し、鞄を掴むと一緒に来ていた理事長、事務局長の3人で9階から非常階段を駆け下りた。
 
東京駅八重洲口周辺は人でごった返していた。とにかく仙台に帰ろうとしたが、新幹線は止まって動かない。駅のテレビで現地の状況が刻一刻と伝えられる。津波で車や家が流される映像に胸が締めつけられた。津波映像を見て石巻市に住む親戚の顔が浮かんだ。

いてもたっていられない状況だが、鉄道や道路も寸断され、仙台まで帰る手段がないことがやっと分かる。気がつけば3時間余り八重洲口を彷徨っていた。

新聞紙を敷いて野宿を覚悟した時、組合事務所のことを思い出す。事務所へ引き返すと幸い事務所に人が残っていた。コンビニで食糧を調達しようとしたが棚から品物が消えていた。当日は組合事務所で一夜を明かす。

翌日は何とか銀座のホテルを確保することができた。それでも帰る交通手段がない。その時A社長のケータイへ1本の電話が入る。仙台でパチンコ業界誌を発行するTさんからだった。組合会議で東京へ来ていることは知っていたので、帰る手段がないことを心配して電話をかけてきた。命拾いする思いだった。高崎駅まで行けばTさんの車で仙台に帰れることになった。

3日目の夜は高崎駅のビジネスホテル一泊。翌朝、Tさんと合流する。車はワンボックスカーだったので、ダンボール3箱分の水や食糧を買い込む。帰る手段は確保できたものの問題はガソリンだった。

新潟ならガソリンを満タンにできるという情報を得て、新潟~山形~仙台という変則ルートで仙台に戻ったのは地震発生から4日後だった。

若林区にある事務所は広瀬川の堤防からも近い。川を逆流する津波の影響はなかったものの、ショールームの巨大なシャンデリアが天井から落ちて、事務所内は足の踏み場もないほどモノで散乱していた。自宅は半壊状態だった。

幸い家族や社員にけが人はいなかった。しかし、奥さんの実家である石巻市は津波被害が甚大だった。実家は600年以上の歴史がある神社だった。高台にあったが、30メートルの津波がすべてを飲み込んだ。未だに発見されていない親族もいる。
 
震災直後はガソリン不足で遠くから車通勤していた社員は、出社することさえも困難だった。出社できる者だけが出社して事務所の片づけから始まった。移動手段として自転車を買った。
 
「あるメーカーの社長に『助けて欲しい』とお願いしたところ、九州、広島、大阪、東京から4トン車一杯の救援物資が届けられました。缶詰やカップラーメンのほか、灯油がドラム缶で届けられました。今回の震災で一番重要だったのが水。救援物資が行き渡った後半もやはり水が一番ありがたかった。しかし、こんな経験だけは二度としたくない」と被災生活を振り返る。

東日本大震災後、パチンコ業界は何かにつけバッシングの対象になった。東北6県は5月まで新台入れ替えも自粛した。津波被害がなかった仙台市内では、電気、ガス、水道のインフラが普及すると早々と店を開けるホールも出てきた。

「この非常時にパチンコなんかとんでもない」というのがパチンコをやらない人たちの厳しい目だった。しかし、ホール側としてはケータイの充電やトイレを自由に使って欲しい、という願いも込めて店を開けた。

「被災者の方の中には家も仕事もすべて失い、何もすることがない人もいらっしゃいます。仮設に入っていると鬱になる人も少なくありません。賛否両論はありますが、パチンコが気晴らしになって救われている、という人もたくさんいらっしゃいます」

得意先で被災したホールが少なくない。津波で店を失った沿岸部では再開発のメドも立たないために、再開を諦めるホールもある。

「『全部店が流されたわけではない。被害がなかった店があるのだから、おじいちゃんの代からはじめたパチンコをわれわれの代で潰すことはできない』と息子さんの声に励まされて、やる気になった社長もいます。福島は再開できないけど、仙台に店があったので助かった、というオーナーさんもいます。東北が復興していく過程で、パチンコなどの娯楽は必ず必要になってきます。本当にパチンコ業界が愛されるためには、機械のレパートリーを増やして、もっと安価に提供しなければなりません」と語気を強める。

割数計算も遊技機の修理の仕方も分からないままに入った業界だったが、社員に恵まれ35年間続けてこられた。これからは「業界へ恩返し」のための人生を捧げる覚悟だ。


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訪日するたびに、まっすぐにパチンコ屋へ

コロナ禍が始まりかけた2020年1月末、中国・武漢から来日した家族が、中国の感染爆発で帰れなくなり、やることもなくなった。その時、父親と息子が暇つぶしに始めたのがパチンコだった。特に息子はビギナーズラックが2~3度続き、パチンコに嵌った。

帰国後も四六時中、パチンコのことが頭から離れず、再来日できる日を指折り数えて、3年8カ月ぶりに来日したのは2023年9月のこと。この時は10日間の滞在中、家族との観光に付き合わず、軍資金50万円を元手に毎日ホールへ通い詰めた。

3度目の来日は今年2月初頭。2週間の旅程で札幌の雪まつりをメインに東京ディズニーランドや関西方面の観光を楽しんだ。北海道だけで1週間滞在。雪まつりシーズン中は札幌のホールは深夜1時まで営業していたので、夜遅くまでパチンコを堪能できた。

4月の花見シーズンに合わせてまた来日するというが、富裕層だからできることでもあるが、コト体験として日本独自のパチンコを楽しんでもらいたいものだ。

3月5日付のデイリー新潮で、まるでこの青年のことを指しているかのような記事が掲載されていた。

パチンコが中国人観光客に大人気でツアー会社まで登場! 「訪日するたびに、まっすぐにパチンコ屋へ」

「また、インバウンドか、もう聞き飽きた」と業界関係者に言われるかも知れないが、成功したホールがあれば「右倣え」するのがこの業界でもある。

この記事のコメントの中から、いくつか抜粋してみた。

「渋谷で打ってると外国人グループが店内を見て回ったり、打ってみたりするところをよく見かける。 ただ、どこに金を入れれば良いのかわかってなかつったり、ハンドルを握って打ち出しが強すぎてけたたましい右打ちエラー音を何度も鳴らしていたり。。。 確かにハードルは高そうだなと思います。 みんな慣れる前のスタートラインに立つのも苦労している感じです」

「こういう取り組みは10年くらい前から言われていた。所謂インバウンド需要をパチンコ業界にも取り込めないか、というものだ。 ただ、記事にもあるとおり、ハードルがとても高い。昨今の倒産事情を見るに失敗したのではと思われたが、転換点にようやく辿り着けたのだろうか」

「日本人遊戯客の減少が続くパチンコ業界にインバウンド客は救いになるかもしれない。 外国人が日本のパチンコ屋でお金を落とすのは日本の税収にも景気にも良い事だし頑張って欲しい。 しかし、お金を持っている外国人が1玉4円、1メダル20円の上限で満足するだろうか? 日本にいっぱいお金を落としてもらうためにも賭金の上限引き上げをして欲しい」

「これはいい情報だね。中国からパチンコ目当ての観光客を大量に呼び込めればパチンコ産業は生き延びれる。しかも街をうろつかないので迷惑があってもホール内に限定される。今のリーチはかかってもなかなか当たらないのであっても、ものめずらしくて人気は上がるだろう。ただむしるだけではすぐに元の木阿弥になってしまうから、良く回るようにして交換率は低くしてあまり損をさせないような配慮があったほうがいいと思う。うまくいけば日本人愛好家向けの戦略もかわるのじゃないか。爆買いがなくなって、中国資本が食い込んできそうだが、パチンコ廃業が増える今はホールの売り込み先ができて好都合だろう」

「これは目からうろこ。 たしかにパチンコは日本ぐらいしかない特殊文化です。 アニメ、漫画、オタクと同じような外人が喜びそうなサブカルチャーでしょう。 パチンコ業界はインバウンドをもっとターゲティングすべきですね。 ハードルなんて工夫次第でいくらでも下げられるはず、これを真剣にやらないところはダメでしょうね」

「近所のパチンコ屋でもいかにもアメリカ人って感じの人をよく見ます。常連なのかな? 最初は違和感あったけど誰も気にしてないしね、別にツアーがあってもいいじゃない。 儲かるのはパチ屋さんなんだから。 少しでも日本にお金落としてってくださいな」

以上


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うるう年の3月3日に従業員にメガネをプレゼントしたオーナー

3月3日といえばすぐに思い浮かぶのはひな祭り。この時期は桃の花が咲く季節でもあることから桃の節句とも言われている。

3月3日はそれ以外にも「耳の日」というのがある。3が耳の形に似ていることから、「み(3)み(3)」の語呂合わせから日本耳鼻咽喉科学会が記念日に制定している。

耳と言えば、何を想像する?

この日を「メガネ記念日」と、あるホールオーナーが決めたのは今から40年ほど前だった。1984年(昭和59年)が、どんな年だったかと言えば、フィーバー登場から4年後のパチンコ業界は新店ラッシュに沸くと共に、フィーバーは15秒規制になった年でもあった。

翌年はフィーバーの10カウント規制でパチンコ業界は終わった、と言われたがそんなことは杞憂だったことを歴史が証明している。

で、話しをメガネ記念日に戻すと、1984年はたまたまうるう年だった。オーナーは、うるう年の3月3日をメガネ記念日に制定すると共に、社員・アルバトの家族を含めて全員にメガネをプレゼントすることにした。

なぜ、そんなことをしているのか、とオーナーの親せきがメガネチェーンを経営していて、支援する意味合いもあった。

視力検査は機器を持ち込んでホールへ出張した。検眼した後、1カ月以内にメガネ屋へ出向き自分の好きなフレームを選んでメガネを新調した。

うるう年のメガネ記念日は、ホールの一大イベントでもあった。

これは福利厚生の一環だった。忘年会や新年会行事をやらない分、そちらに費用を回した。メガネが必要ない人には5万円が支給された。

過去、最高で350本のメガネを新調したこともあったが、4年前は80本まで減少していた。いうまでもなく、店舗の減少に伴い、従業員数が減ったからだ。

オーナーは今年のメガネ記念日が最後になると、従業員や親せきのメガネチェーンにも伝えた。業績が悪化したことが理由であることは言うまでもない。

最後ということもあって、500人余りが検査すると思われたが、最終的には324本のメガネを作った。その中に、小学校に上がる前の子供が参加した。

視力調整用にレンズを組み合わせる時のまんまるメガネの自分の姿を見て「こんなの嫌だ!」と大泣きしたことはご愛敬。

昔のメガネは高かったが、今や5000~6000円でメガネが作れる時代とはいえ、ホールの一大イベントが終焉するということは、寂しい限りだ。従業員のモチベーションにも影響しないことを祈る。



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店の真の姿を把握していますか?

店舗に対するお客様の評価はすでに決まっています。

自店がどんなに優れた営業をしていても、競合店がそれ以上のことをしていれば、当然のことながら、お客様を集めることはできません。

お客様は色々なお店を見比べて、より評価の高い店舗を選択する傾向が強く、その店舗単独での良し悪しを評価(絶対評価)しても来店は、ごく少数に限られるのではないでしょうか。

この評価はお客様の気持ちの中では、ほとんどの場合、もう決まってしまっています。

今の現実がそれを物語っていますが、その評価を変えるために店舗は「どうあるべきか」を意識した営業を展開されているのでしょうか? それ以前に自店を過大評価して、現状の問題点を不透明なものにしているケースも多々、見受けられます。

自分たちの営業に甘い評価をしていませんか?

店舗は単純に(論理的な裏づけをせず、無意識といっても良いくらい)他店と比較し、勝ち組、負け組みなどの優劣をつけ、次に「あの店のこの部分は自店より優れている。だから真似をして取り入れてみよう」というような営業策を執る店舗が少なくありません。

成功しているお店の表面的に見える部分を真似しても、その営業策の本質まで理解しての施策でなければ、なかなかお客様に伝わりづらく、上滑りという結果となることが少なくありません。

また、同じ土俵での競争になりますから、難しい営業となるのは当然のことです。

今まで実施した営業策について「ナゼ、自分たちの営業はうまくいかないのか」、「その原因はどこにあるのか」等の検証もせず、自分たちの判断の誤りを正そうとはしないで「次に新しい何かをやればなんとかなるだろう」との思いで延々と営業を続けられているのではないでしょうか。

うまくいかない原因を自分たちに求めるのではなく、他の外部的要因ばかりを列挙して、自分たちだけで納得している、ともいえます。

また、「昔はよかったのに」と過去の栄華を誇り「今ダメなのは店長や責任者の能力がないからだ」といわれる方も多くいます。

世間の移り変わりに従って、店舗も即応していくべきですが、そのことを怠ったために、お客様の関心や信頼が薄れてきている現実を直視すべきです。

昔と今を単純比較して、その敗因を店長だけの責任にするのは、少々酷だと思います。

今、まず求められるのは、商圏における自店の立ち位置が「どうなのか」ということを知ることです。

自身の評価を冷静かつ客観的に下せる方は少ないのですが、「現在の店舗の真の姿を知る」ことが業績の改善に向け、まず必要なことだと思います。

そこに至って、初めて正しい営業へと踏み出す道標が見い出せるのではないでしょうか。


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令和時代のチューリップ台でファンのすそ野を拡大

ホールやエンドユーザーの意見には耳を傾けないメーカーだが、遊技人口のすそ野を広げるために考えを巡らしているメーカーもあるようだ。メーカーだってこれ以上業界をシュリンクさせることはできないので、当然といえば当然だ。

で、どういった内容かというとまず、若い女の子が写真を撮ってSNSにアップしたくなる「エモい」ことが大前提となる。エモいパチンコをコンセプトにするが液晶機ではないようだ。

アイデアのヒントとなったのが、スマートボールだった。

コリントゲームが原型の昔懐かしいスマートボールを久しぶりにやったメーカー関係者は、意外と楽しいことを発見した。大阪・新世界のスマートボール店は、観光客需要で賑わっていることも事実。若い世代がスマートボールに興じている。

パチンコは獲得出玉を増やすために直近ではラッキートリガーという新機軸も加わり、複雑化するばかり。初心者には説明も不要な単純明快な機械が必要とされる中で、導き出した答えがオール15のチューリップ台だった。チューリップは従来とは全く違ったサクラの花をモチーフにした形状を考えている。

温故知新とも言えるが、チューリップ台ならA-gonが8年前にチャレンジしたことがある。昭和を思い出させるノスタルジーはあったが、導入にはさほどつながらなかった過去がある。

同じ轍を踏むことはないと思われるが、盤面には最大で15個のチューリップを取り付けることができる。全面チューリップというのも面白いかもしれないが、やはり単なるチューリップ台ではA-gonの二の舞になると思われるので、令和にふさわしい電動役物は欲しいところだ。チューリップ台がウケなかったのは適度な射幸性が乏しいためでもあった。そこを電役で刺激する必要がある。

チューリップ台ならインバウンド客にも理解してもらいやすいので、インバウンド集客も望める可能性が高くなる。

で、オール15のチューリップ台を普及させる秘策が抱き合わせだ。

価格は20万円を切る16万円。遊技人口のすそ野を広げるためならホールも協力したいところだろう。

ただ、この企画の最大の問題点が釘問題だ。釘調整なしで運営できるかどうかにかかっているともいえるが、すそ野を広げるのなら甘い運営が求められる。



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