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ギャンブル依存症だった私の場合、初めて打ったのが大学生のとき。まだインターネットはない。友人3人と渋谷センター街の今はないパチンコ屋へ。夕食行く前の時間潰し的な感じ。
1人は高校生のときからアレパチのモーニングいってた。もう1人はほぼ未経験だったのか? Fパワフルで3人とも2000円以内で大当たり。とりあえず3人とも勝ち。
それから普通に大学生活送っていたが、大学自体が徐々につまらなくなってきて、連チャンした友人とパチンコいくようになり、さらには1人でもパチンコ行くようになる。
結果、大学ほとんど行かなくなり、留年~中退。
その間は、仕送り使い込み、学生ローンで借金してた。借金は親にばれて全額負担してもらった。
中退後はバイト生活し、その後やりたかった仕事に就職。その間はパチンコあまりしなかった。というより金と時間がなかったからできなかった。
やりたかった仕事ではあったが、給料が安すぎて退職。その仕事しているときに消費者金融から借金した。わずかな金額だった。
で、同一職種で転職しようと思ったが、なかなか就職できず、彼女の部屋へ転がり同棲、無職のヒモ生活開始。ヒモ生活中も借金しながらこっそりパチンコ。バイトいくといってパチンコ。借金返済を借金で返す生活。
半年ほどしてパチンコメーカーの営業に就職。仕事の空き時間、休日はパチンコ三昧。給料よかったのに借金もしていた。
結局消費者金融2軒から400万ほどの借金となる。ある時期から仕事が徐々に忙しくなる。
休日も徐々にパチンコいかなくなる。パチンコの負けが減って、借金返済進む。最終的に完済。
パチンコは趣味の範囲内になる。
その後、パチンコ業界から転職。パチンコは完全にやめる。
振り返ると依存症で親には多大な迷惑をかけたなと。メーカー退職後に再度学生となり、国家資格を取得。現在は精神科病院勤務。
ちなみにアレパチのモーニングいってた友人は、高校卒業後ほとんどパチンコ行ってなかったし、その後も行ってない。
今は経営者。
もう1人の友人は、その後もパチンコしてるが、勝ちに拘るタイプなので打ち方もシビア。
大学卒業後、一般企業へ就職したが、私が誘ったこともあり、別のパチンコメーカーに就職。現在も働いている。
三者三様のその後。
ビギナーズラックからはまる典型だけど、パチンコにどっぷりはまった本当の要因は、大学での勉強に対するもやもや、違和感みたいなものだった。
第一志望だった東外大に二次で不合格。親や先生の言いなりで入った滑り止めの私立大学。まぁ親の臑齧りの甘ちゃん、クズ野郎でしたわ。
今は家庭もあるし、業界の裏も理解しているので、今後もパチンコは打たない。
たとえ勝てるとしても、今は、パチンコは凄まじく時間の無駄に思える。時間は何よりも大切。
昔はパチンコはストレス発散、というより逃げ道だった。パチンコしてる時間こそが大切だった。
結局言いたいのはパチンコにはまるかどうかは人それぞれってこと。
勝ったからはまる人もいれば、そうじゃない人もいる。依存症もしかり。なる人もいれば、ならない人もいる。
これは個人の性格や生育歴、生活環境なんかも関係しているのかな。今の病院、ギャンブル依存症外来を標榜し、病院内でも勉強会あったり、研修行ったりしてる。

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ピンバック: ベン
嵌る人、そうでない人、色んなユーザーがいます。
依存する人がいるとしても…
パチンコビジネスというものは
お客様を掴み、来店機会を増やし、遊技に夢中にさせる。それがシゴト。そんな見方もできます。
その上で業界がやるべきは
依存症の人が遊技できない仕組みを推進する。これじゃないかと。
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