以下は若手経営者が打ちたてた今年の夢だ。夢を実現させるために、最後には日を切って逃れられないように自分自身を追いこんでいる。
私は子供時代から何をしても継続しない、夢や目標などを持たない人間でした。
ただ、両親や友人、周辺の人の愛情を感じて「いつか創業者である父の後継者としてパチンコ店舗の経営を通して成功したい! 裕福な生活がしたい!」と小さな思いだけは持っていました。
18歳。アルバイトとして働き始めることで、たくさんのお客さまとの関わりを通して、私が求める本当の成功は裕福な生活なんかではない。周囲の方から「ありがとう!」といっていただくことが自分の最高の喜び、自分の最高の幸せだと気づきました。
そして、パチンコが大好きな私は、日本中の駅前に「夢とありがとう!」をテーマにお客さまとお客さまがつながる地域のコミュニティーランドを創ること、お客さまに多くの「ありがとう!」を伝えることが、自分の幸せだと思える社員の育つ会社創りが自分の夢だと気づきました。
現在、私は37歳。12歳、24歳、36歳と人間として3回の節目を越えてきました。
今まで多くの方から育てていただいた恩を次の世代を担う子供たちへ明るい未来をプレゼントしたい。パチンコ業界で働く若者に光を当てたい!
「夢とありがとうをテーマにパチンコ業界から未来を変える!」という壮大な企業ビジョンを持つことができました。
その夢を持つようになった理由はたった一つ。
私はパチンコ業界が大好きだからです。
パチンコの始まりは戦後間もないころです。
戦争に負けた当時の日本は散々でした。親を亡くした子供、子供を亡くした親、家族を亡くした方が大勢いました。
家族を亡くし、食べるものさえない時代に、大人たちはもう一度素晴らしい日本を作りたい、素敵な未来を子供たちに贈りたい、そんな素敵な夢を持ち、行動し、一つずつ形にしていきました。
そういう大人たちの息抜きの時間、明日への活力を蓄える時間としてパチンコ店の歴史はスタートしました。
いつの時代も変わらずに、大人の夢を追う姿を見て子供たちは育ちます。
しかし、時には疲れてしまうのが人間です。
そんな時に、縁の下からお客さまの仕事、お客さまの家庭を支える産業としてパチンコ文化は100年先にも続いていなければなりません。
そのためには業界に携わる方々すべてが自分自身に誇りを持ち!自分の可能性を信じて!一人では形にすることのできない夢を仲間と手を取り合って、共に形にすることが必要でないか、と感じます。
100年先の素晴らしいパチンコ文化!共に栄え、共に楽しみ、共に生きる。
パチンコ業界を創造するために!私は一人からでも行動を起こします。
そのためのスタートの行動として今年11月28日、仲間と共に「パチンコ甲子園」を形にすることを誓います。
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