実はこの業務用ハッピーターン、ホールの端玉景品に採用されているケースがある。日用品や洗剤に混じってお菓子が並ぶ光景は珍しくないが、その中でも個包装ハッピーターンは一部の常連にとって特別な存在となっている。
ある日のこと。カウンターで景品交換をしていた常連のおばあちゃんが、なんとハッピーターンを100個も抱えて帰っていった。
スタッフが思わず「大袋のほうがお得では?」と口を滑らせてしまったほどだ。しかし、おばあちゃんにとって大袋では意味がない。スーパーでは手に入らない業務用の個別包装こそが重要だったのだ。
理由は孫との時間にあった。おばあちゃんの家の居間には、趣味で購入したジャグラーが鎮座している。おばあちゃんは根っからのスロット好きで、今やその趣味を孫との遊びへと昇華させていた。
近所に住む孫にジャグラーを打たせ、ボーナスを引けば報酬としてハッピーターンを渡すようにしている。ビッグを揃えたら大袋を一袋、レギュラーなら個別包装を10個、子役なら1個、というように。
こうしてハッピーターンは、一種の疑似通貨として家庭内で流通するようになった。
孫にとってはゲーム性が増し、おばあちゃんにとってはホールで交換した端玉景品が孫との絆を深めるアイテムに変わる、という次第でもある。
ハッピーターンとスロットが融合した独自の“家庭内エンタメ”が成立したのだ。
やがて孫は友達を連れてくるようになり、多いときには6人もの小学生が居間に集まってジャグラーに興じている。
ペカれば歓声が上がり、子どもたちはホールさながらの熱気を味わっている。おばあちゃんは無邪気な子供たちの笑顔を見守りながら、自らの趣味が次世代への娯楽として受け継がれていくことに満足げだった。
この光景は一見微笑ましい一方で、業界関係者から見れば複雑な気持ちになるかもしれない。ホールが必死に集客を模索しても、ギャンブルを嫌う大多数の若年層の取り込みは厳しい。しかし皮肉なことに、家庭用に持ち込まれたジャグラーと端玉のハッピーターンが、未来の“スロット予備軍”を育てているのである。
もちろん、未成年にスロットを触らせることは推奨されるべきではないが、ゲーセンには設置されている。
でも、このケースは娯楽が単なるギャンブルの枠を超え、コミュニケーションの道具に変化する瞬間を示しているとも言える。
パチンコ・スロットが本来持っていた「遊技性」や「共感を生む力」を、業界自身が忘れかけているのではないか。
ひとりの常連客とハッピーターンが示したのは、遊技そのものよりも人と人をつなぐ仕掛けの大切さだ。ハッピーターンの粉が指先に残るように、この小さなエピソードもまた、業界の未来を考えるうえで指先を舐めたくなる余韻を残している。
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ちゅうことは会員カードで貯玉せん限り4,000円分相当未満の出玉交換は端玉扱いになるっちゅうことやから、えぇっとつまりハッピーターン個装何個分やねん。
どないなっとんねん。
ピンバック: 三味唐辛子
忘れかけてるというか忘れるしか道は無いのでは?
もう真逆の超高射幸性に走らないと会社が潰れるとでも思ってんでしょう。
もう遊技への回帰は不可能ですね。
パチンコは人生において触れない方が良い娯楽(賭博)に成り下がりました。
言うなればパチンコは人生の【落とし穴】なんですよ。
昔のように数百円で、数千円で楽しめるような娯楽じゃないですからね。
若者なんて社会に出てまだ数年とかだとおカネ持ってる人なんて少数ですよ。
そんな若者がパチンコなんて選択するわけがない。
パチンコ・スロットはもうダメです。
企業が生き残ろうとする限り業界は確実に縮小します。それを支える消費者が足りないんですから確実に縮小します。
いっその事パチンコはこのまま泥船で沈んでもらって、何か別の低射幸なミニギャンブル娯楽でも作られれば良いと思っています。
それこそ何日か前のエントリーにあった経産省下で動き出した新しい娯楽に期待ですよ。
既存のパチ関連企業には参入不可でお願いしたいです。
当然ですよね、失敗した連中に入られたら同じ道を辿るでしょうから。
ピンバック: 心機