「私は生活保護世帯受給者ですが、支給額範囲内で生活費を切り詰めて、残ったお金を遊ぶお金として使ってます。パチンコ等もその中の1つですが、勝ったときは現金化せずに貯玉して、その後のパチンコに使ってます。最初に使う金額を決めているので生活に支障がありません。問題あるのでしょうか?」(英太郎)
生活保護を受ける中でのパチンコ遊技について、「問題はあるのか」との問いが時々起こる。受給者が娯楽におカネを費やすことへの社会的な論点があることは否めない。
しかし、「生活保護=娯楽禁止」という図式も存在しない。 今回は、この問題をより深く掘り下げ、生活保護を受ける中での娯楽の意義や限界について考えてみた。
まず、生活保護制度の目的を確認すると、これは憲法で保障された最低限度の生活を維持するための制度だ。その支給額は地域ごとの物価や生活にある程度の判断で行われる。
ただし、生活保護の受給額は非常に限られており、住宅費や生活費など基本的な支出を賄うだけで十分である。そのため、趣味や娯楽にオカネを使うこと自体に、社会から批判的な意見が生まれやすい構造がある。
今回取り上げた英太郎さん例では、生活費を節約し、生活保護費から少しずつ捻出したおカネでパチンコを楽しんでいるようだ。また、最初に使うお金を決めて、勝った時は貯玉してまたパチンコに使うことで、追加の現金支出を避けている。
この方法であれば、生活に直接的なリスクは減り、娯楽の範囲に収まっている。しかし、一方で「生活保護の支給額をパチンコに使うこと」は、一般常識からすると違和感があるのが現状だ。
生活保護を受けている人たちが、全ての娯楽を断ち切る生活すべきだという考え方は、人権の観点からも少し過激だ。
人間らしい生活を維持できるようサポートし、精神的な満足感やリフレッシュの時間を確保することも、生活の質を高めるために重要だ。
パチンコに限らず、娯楽に費やすおカネが生活全体を圧迫しない範囲であれば、受給者が一定の範囲内で楽しみを追求することは制限すべきではない。娯楽は生活の質を向上させるための一助となり得るからだ。娯楽が彼らの生活にささやかな彩りを添えるなら、それも尊重されるべきだ。
本来は、受給者としても自己管理が何よりも重要になる。今回の英太郎さんのように、まず使う金額を決めてどうするかは、自己管理の表れであり、責任ある行動と言える。
また、生活保護を受ける側の自己管理ができれば、社会の注目も次第に減少するかもしれない。そもそも、英太郎さんのような人ばかりならパチンコを打っていても問題にならないが、現実は計画性がない人たちが多すぎる。
生活保護制度は最低限の生活保障を目的とするもので、受給者の「生活の質」を向上させるためのささやかな自由を認めるべきだろう。少額の娯楽費の支出が生活を大きく圧迫しない限りの話ではある。
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