昔、ベテラン釘師からこう教わりました。
3日で飛ばしたお客さんは、7日は戻らない。
7日で飛ばしたお客さんは、1カ月は戻らない。
でも今は、7日で飛ばしたお客さんは、ずっと戻らない!
だから、4円のお客さんが戻るか戻らないかは、重要な瀬戸際にあります。その瀬戸際を誤ると、そのホールの4円、20円は死にます。
その瀬戸際を見誤る原因は何か?
それは1パチ、5スロの低玉貸営業の出現でした。
1パチが出現した時、業界内では、1円に反対する人が多くいたのを覚えていますか?
小生も1円は諸刃の剣と警告していました。
1円にお客様を移動させてしまうと、4円に戻らないと確信していました。
いざ1円がスタートして、軌道に乗り始めた当初は、4円、20円は問題なく推移しているホールが大半でしたから、1パチ論争は鳴りを潜めました。
ここで考えて見ましょう。
ナゼ、1円が出現したのか?
それは、4円について来られないお客様が出始めたから。これ以外の理由はありません。
これ以外の理由があると言う人がいれば、それは取って付けた誤ったものです。
私が高校生でパチンコを始めた頃は、大半が4円になっておりましたが、東京の郊外の秋川市にあるPと言うホールはまだ3円。つまり3円と4円の過度期でした。
今より物価が安いあの時代、せっかく4円になったのに、なんで時代逆行する1円を業界内で必要としたのか?
それを真剣に考える業界人は誰もいなかったのでしょうね。
1980年代、高校生がパチンコ遊技をしていても大丈夫だった牧歌的な時代。アルバイトで稼いだおカネで、高校生も大学生もパチンコやスロットで遊べていた時代なんですよね。
スタート穴の戻しは7個戻しで、1回の大当たりで2500個も出ました。今は、スタートは3個戻し、大当たりしても500個で終わりなんてことも珍しくありません。
あの頃、なんで大学生がパチンコ遊びを毎日出来たのか?
話を戻すと、1円があるからこそ、今の業界を支えている反面、1円があるから、ホール運営を安易な運営にしてしまった。
もしも、あの瀬戸際の時、風営法で1円が禁止されたとしたら、今の業界は、どうなっていたか考えたことがある業界人はいますか?
いたとしたら、今の4円、20円は、もっと栄えていたと思います。
もっと辛辣にいえば、業界全体で、目先の利益と稼働を追ったツケなんです。
1円があったから、業界はそこへ逃げたんですね。楽だから。
本来は、4円から1円の間に、ワンステップかツーステップあったのに、それを飛ばしてしまったわけです。楽だから。
前回話した1000台クラスのホールの現状は、4円、20円は壊滅的で1円専門店と言っても過言ではありません。実質低玉専門店です。
ここまで落ちぶれた理由は何か?
それまでは、多くのお客様同士のコミュニティが存在したホールだったが、そのコミュニティが全部壊してしまった。
4円、20円の稼働が落ち込み始めた頃、全然出さない。思い切り出せない。
近くにある系列店が新規開店したから、お客様はそっちにも流れた。系列なら、と諦めたんです。
逃げたお客様は、新規開店の系列店と、競合店に散らばりました。
そのお客様のお蔭で競合店の稼働は大幅にアップして、1円5円なんか必要ないくらいになりました。
ある超大手ホールでも同様のケースがあります。瀬戸際の時に、楽な1円に走って、失敗したケースは、山ほどあります。
グランドオープン時から1円を採用するホールがあります。
こんなケースがありました。
東京のベッドタウンの駅前に、全国大手チェーンと関東近郊の有力チェーンが、同時期にグランドオープンしました。
全国大手は1円が採用され、有力チェーンは1円を採用しませんでした。
つまり全国大手は、最初から積極的に営業を打たなかったのですね。
最初から1円を採用しなかった有力チェーンは、約600台で未だに低貸玉を導入することなく、4円20円のみで営業しています。
全国大手だからと言っても、全てが優秀ではないのです。テコ入れしても稼働は上がらず、2年余りで撤退しました。
つづく
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>同時期にグランドオープンしました。
これは、埼玉県大宮駅前の○ハンさんと楽○さんのケースではありませんよね
まさか。これは現役業界人のさるブログで、低玉貸し導入とは全然別の次元で
撤退までの経緯が説明されていましたけど(ランニングコストと経営規模の
情報戦略の観点から、ですね)。
>1980年代、高校生がパチンコ遊技をしていても大丈夫だった牧歌的な時代。
>アルバイトで稼いだおカネで、高校生も大学生もパチンコやスロットで遊
>べていた時代なんですよね。
ちょっと待ってください。パチスロが一般的な(パチンコと同等の)遊技機
として市場に登場したのは1.5号機のアメリカーナあたりからでしょう?
登場が85年で普及するまでに数年はタイムラグがありますから、当たり前に
普及したのは実質90年代に入って~のはずです。当時のヒット機種だった
ニューペガサスがある意味現行機すらしのぎかねないギャンブル機だった事は
打った人なら誰でも記憶にあるはずです。
そもそも。80年代前半の学生アルバイトの時給はファミレスの裏方なら
350円~700円前後、今ほどの射幸性は無いとはいえ一万円札が容易に
消し飛ぶセブン機、「『超』特電」を牧歌的に遊ぶ学生さんなんてそうはい
ません!
あの頃はここで書き込まれている方々や日報の書き手さんも指摘している通り
チューリップ台普通機・羽根もの・電役が混在していて、さらに打ち止めや
ラッキーナンバー制で勝ち分がならされていた分、個別に還元できたからで、
そういう意味では無制限・等価営業を推進してきて現在がある全てのホールに
同等の責任があるのではないでしょうか?
毎回、元店長さんの記事にケチをつけて申し訳ない気もしますけれども、
正直申し上げてあまりにも調べていないのが露骨にわかります。
現在、某クラシック誌のように当時の状況をかなり丁寧に追いかけている
雑誌も出ておりますし、せめてそれを熟読するか、そこで紹介されている
展示館に自分の足で調査に出かけるぐらいはしましょうよ。
コンサルタント系の仕事をしている人の印象に「自分に都合の良い事ばかり
書いている」感じがどうしてもついて回るのですが、事例を出すなら誰が
見ても納得できる情報も時には裏打ちのある形で折り込んでほしいです。
私自身は初代「魔法少女まどか☆マギカ」、このアニメ版権としての完成度と
爆裂ギャンブル機としての特性を兼ね備えた稀代の傑作機を懐の心配をする事
無く3年半打ち倒すことが出来た5円低貸しの普及タイミングには大変満足
しているので遊び手としては複雑な気持ちです。でもこの矛盾だらけの状況
そのものがパチンコ・パチスロの魅力なのかもしれませんね。
ピンバック: tameiki
ピンバック: 222.147.113.112
不確実な内容だった部分お詫びします。
ピンバック: tameiki
昔は4円でも、今よりも当たらなかったかもしれません。ただ、通常入賞口に多く入るので、玉減りが遅く、のんびり遊べていたのではないでしょうか。
個人的には、1円パチンコというのはほとんど触らないので、今のパチンカーたちがどういう気持ちで打っているのかは全然分かりません。勝ちたいのではなく、時間つぶし?それだったら他に色んな過ごし方がありますから・・
低貸玉を採用せずに潰れていったお店を知っています。結構良いお店だったので、下手に低貸に移行して延命するのではなく、パチンコ業界を見限ったのかもしれませんけどね。
ピンバック: 獣
今の業界は「パチンコだけが好き」という人が余りにも多すぎて、他の娯楽にない「魅力」や「面白さ」をどう引出しファン予備軍に訴えてゆくのかというところが弱いように見えます。
他の娯楽との「差異」をうまく認識し、その魅力を引き出す方法、「未経験者」や離れて行った「過去ファン」を呼び戻す宣伝や魅力のアピール方法などの「差別化」は「パチンコだけが好き」な人には難しいように感じますが・・・
ゲームやアニメが幅広く取入れられている遊技業ですが、単にそれに便乗しているだけで、パチンコと組み合わせた「面白さアップ」やキャラクターの特色を生かした「演出」や「差別化」はどうもいまいちのように感じているのですが・・・
ピンバック: Zilion
過去を振り返った時、反省すべき点は反省するべきなんだろうが。
まだ続きがあるみたいだし、過去を見据えて、これからどうすべきかを
語ってくれることを期待しよう。
ピンバック: 一般ゆーざー
実際、低貸しが無くとも上手な経営能力で他店の低貸しメインの店より繁盛してる例もありますし。
ただ、なにをするにもすでに総ユーザー数が致命的なレベルです。時すでに遅しとは言いたくありませんが何か策を試行したりというようなことも厳しいです。
そんな中で何ができるんでしょうね。
ピンバック: 通行人
思ってましたが、綺麗事ばかりというのは、正直意外な反応でしたw
ピンバック: 一般ゆーざー
このころはノーパンクや特定図柄持たせなど、店によってその営業形態の独自性が強かった。
すべて1玉4円ですがその中で甘い台キツイ台を選んで打ってました。
私はパチンコ低迷の理由は2つあると思います。
1 CRデジパチオンリーになった。
2 等価交換
です。
理由ですが
1はCRデジパチばかりでパチンコのバリエーションがなくなり、幅広いファン層のニーズに対応していない。
2は等価に合わせた仕様では機械出玉率98%以下でしか営業できなので出玉がない、トータルとして
必ず打ち玉より出玉が少ない調整となる。
加えて、釘調整でベースを削り過ぎで消費スピードが速くなってしまっている。
パチンコとは大当たり以外でも”チンジャラ、チンジャラ”と普通入賞によってチョロチョロ玉が出るものだ
(パチスロでいうベルやプラムやスイカ、リプレイのように)。
これを思い切り殺してしまうから消費スピードが加速する。
さまざまなご意見ありますが、釘を叩かない正規の台で本当に営業を実施しないと、衰退の本当の原因も分からない。
まずは検定機で営業をしてみてはいかがでしょうか。
ピンバック: 六区
と同等と考える。
高レートでも健全経営を行えるホールであれば必要ないが、
高レートが瀕死状態であれば頼らざるを得ない。
付けずに放置すれば確実な「死」を迎え、付けたとしても
「延命」にしかならない。
延命している間に画期的な治療法でも開発されれば良いが、
その治療法にも「規制」がかけられている。
厳しい言い方をすれば、低レートを導入することにより業界
は病巣を切り捨て(不健全経営ホールを淘汰)、健康体にな
るチャンスを逸した。
業界が本気で高レートに向き合う事無く、安易な方向に舵を
切ったため、今では「低レートでも遊べない」という愚行を
繰り返し続け、病を悪化させてている。
自分も低レートユーザーだが、既に投資資金の問題ではなく
「低スペック」「クソ演出」「低設定」と業界の方向性とユ
ーザーの指向性が大きくかけ離れてしまった。
今なら後ろ髪引かれることなく足を洗えそうだ。
ピンバック: 遊漁
ピンバック: 三番
ホントパチンコ店経営するのは大変だなって思うよ
(´・ω・`)
昔はどのパチンコ店にもベテラン釘師は居たよね
宗ちゃんが高◯生の頃友達三人と新小岩のパチンコ店でハネモノのギャラクシーダイバーか何かを打ってたら釘師っぽいチョット強面のオジサンが近寄って来て「オイ 坊主(宗ちゃん)! どこから来たんだ?」 「ここ狙って打て」等々色々と話しかけられた事があった
随分と馴れ馴れしいオジサンだなと思ったりなんかして
うえ~い(´∀`σ)σ
自分は普段から一人でもパチンコ打ってたから全然平気だったんだけど友達二人はもうビビっちゃってさ
宗ちゃんに小声で「もう止めて店を出ようよ」なんて言うもんだからしょうがねえなと文句言いながら退店した記憶
(´▽`*)
その他にもこんなことがあった
一般電役のミサイルってパチンコ台があったじゃない
当時たまたま埼玉県の国道254号を車で走ってたらパチンコ店をハッケーン
ワーイε=ヾ(*・∀・)/
そのパチンコ店があった場所はあの埼玉スポーツセンターって知ってる人は知ってるけれど知らない人はナンノコッチャな某複合施設の近く
それでトイレ休憩も兼ねて入店したらミサイルの新装開店日らしくってさ
一発台LOVEな宗ちゃんはマッハなスピードでミサイルを打ち始めたんだ
しばらく打っていたんだけれど何故か知らないけど地元(都内)のパチンコ店の釘師がこの店の釘を叩いてるのを発見
(注)昔は新装開店初日に大当たりが少ないって時があってもっともっと盛り上げる為に営業中に釘を叩くなんて事が良くあった
へー釘師さんも掛け持ちしてんだなーって
ゴメン特にオチはないです
(´・ω・`;)
My Life♬
チャオ!
ピンバック: 宗ちゃんパチンコパチスロぞっこん命歴38年(`・ω・´)
ピンバック: 元親方
同一敷地内の今、ホームセンターの位置にホールが有ったころはセブン機も2.5円交換4000個定量で、千円スタート60回とかの居酒屋、スーパーターボなんか打ちましたよ。
今でも3.3円くらいでジャグラーには高設定入れてもすね。
ピンバック: 歴30年オヤジ
休日の少し時間が空いたときに、一人でいこうと思わなくなりました。今は学生時代の友達と時々会って、低貸しをうって遊ぶだけになりました。
煙草臭くなる、ほかに楽しいことがたくさんある、何も積み重ねられない……パチンコにはパチンコにしかない楽しみがあることは確かですが、あまりにもマイナスが多いです。というかもはや時代遅れなんだと思います。
私のように考えるライトユーザーがどんどん、離れていっているのが業界の現状ではないでしょうか。
ピンバック: あまのじゃく
打ち終わった時に「やらなければよかった」「時間の無駄」とユーザーが思わないようにしなきゃ。
ピンバック: 凡人
1970年代でも 高校生はパチンコ屋で普通に補導されていました。(補導員が巡回しており、友人で停学処分になったヤツも数人いました)
帽子を被ったり、変装に必死で全然、大丈夫じゃありませんでした。
ピンバック: トパーズ