これはパチンコ業界に対する祝辞なのだが、これが誰の言葉かを当てたら業界王の称号でも与えたいぐらいだ。
ヒントは今から33年ほど前。
と言っても分からないだろう。これは解散して今はない全遊協が昭和61年に結成20年史を刊行した時に自民党総裁の中曽根康弘氏(当時)が寄せた祝辞である。ま、こうした文章は本人ではなく秘書などが書いたりするものだが、それは兎も角、自民党総裁がパチンコ業界に祝辞を贈る時代があったことは、業界人の大半が忘却の彼方へ消え去っていることだろう。

平成以前の業界データがないが、平成元年で市場規模は15兆2710億円。当時は1兆円ずつ規模が拡大していたとしたら、昭和61年当時は12~13兆円規模だったと推察できる。
オーナーもまだクラウンに乗っていた時代である。
この頃は大衆娯楽として世の中から認められていた時代である。
当時の監督官庁である通産省からは田村元大臣が次のように祝辞を寄せている。
「今後の遊技業界を展望いたしますと余暇時間の増大、ライフスタイルの変化、新人類などと言われる若い世代の台頭など大きな変化が予想されます。このような変化に対応して、今後遊技業界が解決してゆかねばならない課題も少なくないものと考えられます」
業界は右肩上がりで急成長を遂げていく前夜であるが、今となっては通産相らしい先読みが感じられる。
指摘された対応が全くできなかった。ライフスタイルの変化にもついていけなかった。新人類世代はまだパチンコをやったが、ゆとり世代からはソッポを向かれている。
なかなか業界が一枚岩になることはないのに、唯一、ホールとメーカーが一緒になってやったことは、射幸性を高めて、売り上げが上がるギャンブル性に舵を切ったことだ。大衆娯楽からかけ離れることだけは熱心にやってきた。
平成元年に発足した全日遊連は30周年を迎えているわけだが、もし、記念誌を作った時に自民党総裁安倍晋三の名前で祝辞をもらうことができるだろうか?
大衆娯楽とは名ばかりで、自らが大衆娯楽を放棄してしまった。
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