「エキサイトビューティー」で保留連荘をカマして、多少どころかかなり調子こいていた私。どうしてもそれを誰かに話したくなってきた。それをある同級生の1人に話したら、凄く聞き入ってた。
まぁ、その話してしまった事がこの後に大変な事になるとは思ってもいなかったけどね。そうとは知らずに私はホールを開拓する事に専念していた。
11月20日の誕生日で13歳になった。あと5年で堂々とぱちんこができるな~と改めて思った中1の冬が到来した時期だった。私は歯の矯正のため、月1で仙台の矯正歯科に通っていた。
仙台駅で降りると駅前にはホールが沢山あった。駅から少し離れてもホールがいっぱいあったが、なんせ「田舎者」の私からすれば、平日の昼間にホールに入ったら補導される自信しかない(笑)。まだ何をするにもビビっていたみさお少年。でもこの時期に思い切って1軒のホールに入ってみた時の話だ。
仙台駅前から徒歩10分くらいだろうか。今でも健在の宮城県一の老舗パチンコ店ABC本店」さんへ。ビビりながら店内に入ると人がいっぱいいた。これまで遊んできたホールとは全く比べものにならないくらいの繁盛店で、台もいっぱい設置されている。
店内をウロウロしてみると、まぁ田舎では見たことのない台ばかりで、空き台があまりないくらいの稼働率。そこで出会ったのが、業界初フルカラー液晶デジタルを採用した平和の「麻雀物語」だった。因みに初の液晶台はブラボーエクシード(平和)。
初めて見た時は衝撃的だった。
「ぱちんこ台にテレビ付いてるよ!」
まだ麻雀というのが分からなかったみさお少年。絵柄はピンズと字牌を採用。でも画面には少しエッチそうな女の子。
またまた仕組みも分からずに両替して着席してみた。打ち出してみると、今まで遊んだホールなんかとは訳が違うくらいに回ることに違和感があった。
こんなに回るのか…。こんなの初めてだ。
●スペック
大当たり確率1/240、賞球数7&15、16R10C
何も知らずに打つこと、確か2~3000円。リーチを「長いな~何周してるんだろう」とボーッと見ていたら、呆気なくピタっと揃って大当たり!
「うおっ!」
まぁ、ノーマルリーチしかないので、ただただピタっと揃うしかないのだが、投資額が少ないうちは当たらないと思っていたので吃驚した。
記憶が確かなら、麻雀物語の初めての当たり絵柄は「東」だったような…。そして大当たり中に保留連荘の抽選が行われているなんてことも勿論知らずに打っている私。
「これは一体何Rまであるんだろう?」くらいに思って見ていると、ちゃんと16Rまである。1回の出玉もモリモリだ。
大当たりが終わると、4つの保留が回りだす。両隣の人が私の台に注目している。なるほど。この民の視線は保留連荘機ってことか。私はすぐに感づいた。しかし、残念な事に保留連荘はせず単発で終わる。
私が麻雀物語の保留連荘の仕組みを教わったのは大人になってから。17歳で上京して職場の頭の良い先輩に教わったハズ。麻雀物語は大当たり中にチラッとエラー画面が出る時があるのだが、意図的にエラーが起こる造りだったとか。
V入賞を感知するセンサーとアタッカー入賞個数をカウントするセンサーに間があると言ったらいいのか、距離があると言ったらいいのか、V入賞したのに入賞個数のセンサーの方が反応せず→エラー!という風になってしまう。
麻雀物語の絵柄は16種類。その16種類の絵柄が保留玉の大当たり判定数値に上書きされて、保留1回転の大当たり確率は1/16と説明された。なので保留連荘の確率は23%くらいだと。立派な大学出の先輩なので今でも信じている(笑)。
初代麻雀物語の実機を現在10台くらい所有しているが、全く研究をしようと思ったことがない。大好きな1台ではあるが、中身を解析なんて出来る訳もなく…。今度、私のスーパー師匠の「Iさん」に教えてもらったらここで発表する。
話は戻り…。
単発で終わるも続行。持ち玉がなくなったら終了くらいに思い、いつもより「まわるぱちんこ」を楽しんだというよりは勉強をしたと言ったらいいのか。打ちながら周りをキョロキョロ見ていると、都会のホールのお客さんは楽しそうに、ぱちんこを打っているように見えた。
そして足元にはドル箱が一杯あって、出てるようにも見えた。自分は田舎の極力、人のいないホールを探しては古い台が目当て。全く逆の景色を見せられて「なんか自分が来るホールじゃないな」と感じてしまい、持ち玉も飲まれて追加投資することもなく終了。
店内をグルっと見て回ることもせずにホールから出た。帰りの1時間の電車の中で、ずーっとぱちんこのことばかり考えていた自分。
新しいぱちんこ台が世に次々と誕生している。私は外されていくような台を探しては打つ。
もうこの歳でこんな事を考えていた。都会に住んでいたらこの歳で、ぱちんこなんか打っていないだろう。私には田舎のホール回りがお似合いだと強く誓ったのだった。
つづく
※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。
(一番パチンコに活気があった時代、と個人的に思います。)
最後の黄門ちゃまは、保留玉連荘機として開発していたが、
発表時期が保留玉連荘機禁止後になったので、
普通に打ったのではエラーは発生しなくなりました。
しかし、エラーによる保留玉連荘はそのままだったので、
大当り中に、下皿の球を抜かずに打つ事で、エラーを発生させていました。
ピンバック: トクメイ
ピンバック: みさお般若
黄門ちゃまは保留玉連荘機として開発していたが、
発表時期が保留玉連荘機禁止後になったので、
V入賞とカウントセンサーのタイムラグがあれば保留玉の書き換え、のプログラムはそのままで、
普通に打てば、V入賞とカウントセンサーのタイムラグが発生しない構造とする事で、
保留玉の書き換えを無くしました。
なので、大当り中に、下皿の球を抜かずに打つ事でエラーを発生させれば、保留玉を書き換えます。
ピンバック: トクメイ
ピンバック: みさお般若
参考動画
https://www.youtube.com/watch?v=g7H5MpivYbs
黄門ちゃまは保留玉連荘機として開発していたので、確率1/241と辛く、
連荘が無ければ単に辛い台になるので、下皿の球を抜かずに打つ事でエラーを発生させる方法は、
公認の店(店員が客に指導する店も)も多かった。
ピンバック: トクメイ
がつきません…。歴史の1つとしてこれからも保存しておきたいと思います!ありがとうございました!
ピンバック: みさお般若
麻雀物語は、初めてのカラー液晶モニタということで導入すぐに見に行って打ってみましたが、それほど回らなかったこと、そしてリーチが単調すぎて面白くなかったのですぐに打たなくなってしまいました(例えば当時の西陣の機械は、同じノーマルリーチのみでも、リーチ時のスタート出目によっては当たるチャンスの高低がありましたが、平和の台はまだそこまで考えられていなかったように思います)。
沖縄に遊びに行った時、アップライトのトロピカーナセブン(右レバー)がずらりと並ぶ中、島の片隅に麻雀物語2という出玉の少ないタイプが設置されており、打ってみたところ即大当たり、店員が何故か二箱持ってきたので不思議に思っていたのですが、当たり前のように2連して終わりました。2連セットの裏モノだったのでしょうか。
ピンバック: 獣
小さなホールに打ちに行きました。沖縄のパチンコ事情はあまり分からなく、でも当時の台だとイジられてるかもしれませんし。謎のままこの世から無くなってしまったのが悔やまれますね…。
ピンバック: みさお般若
https://www2s.biglobe.ne.jp/~qwerty/pachi/contents/okinawa4m.jpg
APEX701がほぼ全てを占めているお店(スロットマシンキング)もありました。
https://www2s.biglobe.ne.jp/~qwerty/pachi/contents/okinawa2m.jpg
ピンバック: 獣
ピンバック: みさお般若
ピンバック: Kちゃんの息子
ピンバック: みさお般若
ピンバック: 森川
ピンバック: みさお般若